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GWは海を越えて・・・

大海原を越え、日本から船で中国へ渡り中国の人々に出会う。

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ある日本企業の労働組合連合会による「青春之船」。

私のゴールデンウィークはこの旅の密着取材で過ごしたが、

ここには様々な感動や楽しかったできごとが一杯詰まっていた。

同時に、ふと考えさせられることも・・・

今回の旅。日本からは514名のグループ会社社員と家族が参加。

中国に上陸後、3日間は承徳、北京、桂林、成都、西安の五地域に分かれ、各地で中国の人々と交流する。

そして承徳コースには、当労働組合が一九九五年に建設した河北省寛城県の小学校を訪問し、学生達と運動会などの交流を行う企画が織り込まれていた。私はこのコースに参加し、船の天津港上陸から承徳線の小学校訪問、そして再び中国を離れるまでの4日間を追った。

・・・

まず、3日に船が天津港へ到着すると、天津市の小学生達による鼓笛隊がお出迎え。

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北京で一泊し、翌日からは寛城県の小学校へ。

北京から3時間かけて承徳市。ここで一泊し、さらに2時間かけて小学校へ到着する大変な所である。そうこうしてやっと到着した小学校の前まで来た途端驚いた。

子供たちだけでなく家族や近所の人々、小学校の卒業生まで学校前の沿道に並んで笑顔で迎えてくれたのだ。

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そして実行委員会の方々が企画した運動会では、大人も子供も夢中になって白熱シーンも・・(写真は騎馬戦です)

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最後は、全員でフォークダンスを踊って全種目終了。

「楽しい時間はあっという間に過ぎる」。

まさに、この日にぴったりの言葉です。

バスが学校を去り始めると、学生達はいつまでも手を振って見送ってくれた。中には泣き出す子供もいる。バスの中から団長が力強く「また来るよ」と手を振り返した。

・・・

と、さまざまな楽しい思い出や感動盛りだくさんの「青春の船」ですが、

その一方で参加した人々には、この旅が様々な中国の方の支えによって成功していることを心に刻んでほしいと思った瞬間も・・

船が去ったあと、私は中国側の労働組合の方と一緒に北京への帰路についたが、途中で立ち寄ったレストランで互いを労いあい、中国語のできる日本人・日本語のできる中国人の方の翻訳を介しながら話をすると、様々なエピソードが次から次と出てくる出てくる。

彼らは五一節の休暇を返上し、連日歓迎会を設定して温かく迎えてくれた。

これだけでなく、縁の下の力持ちとなって、西安線の飛行機が大雨の中到着した時はバスを空港のそばまで寄せるよう交渉し、寛城県の小学校訪問時や、五一節による道路渋滞の中の移動でも時間通りに全員が天津港へ到着できるよう、公安に交通整備を依頼してくれた。

みんなの見えないところで、旅が順調・安全に終えられるよう尽力してくれたのである。

彼らの大半は日本語が話せず、青春の船の参加者もほとんどが中国語を話せないため、コミュニケーションを取ることは難しかった。

しかし、青春の船が始まった一九八八年以来「老朋友」と慕ってくれ、友人である日本の労働組合のために尽力してくれた彼らの存在は、青春の船に参加した514人の心に残してもらえればと願って止まない。

そんなゴールデンウィークでした。

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(写真は去り行く船)

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