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転職

します。

10月31日をもって、これまでの『中国日企』編集部を去り、
11月1日より同じく北京市内で日系雑誌の中国語版制作の
業務に参加いたします。

・・・

そんなことを言いつつ、今日は会社の送別会。

やっぱり老板が出てくるとあかんですわ。

白酒一気しまくりで、9時に帰ってきたのに
3時になる今まで倒れてました。
他の子たちもかなりダウン状態でした。

最後の夜に、ごめんね。

明日、寝坊しないで行けるかなあ?

・・・

みなさん、これからも
ここ北京で頑張りますのでよろしくお願いいたします。

P1120373 

まだこれと付き合う日は続くのかな・・・

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転校~野ブタ。をプロデュースはホラーである!

昨日

万里の長城から帰ってきて疲れているはずだったのに、
借りていた『野ブタ。をプロデュース』を一気に読破した。

・・・怖くて眠れなくなった(寝不足)

明るい作品に見えるけど、これはホラーです。

・・・

いや、私にはホラー以上に怖い作品だと思った。
人間関係が、些細なことでガラガラと簡単に崩れ、
いじめや無視のきっかけなんて、あちこちにウヨウヨしてる。
この社会はそんなもんだ・・と。

そんなことを考えて、今日は会社で敏感になる始末。

で、この本を読んでもっと複雑になったのが、
作品の中の重要なポイントとして登場してくる・・

「転校」

崩れた人間関係を立て直す手段として転校を選ぶのか?
いじめなどの苦痛から逃げるために転校を選ぶのか?
でも、転校してもその人自身が変わらなければ
根本的な問題は解決しないのではないか?とか
いろんな言葉が頭の中をグルグル・・・
物語の結末には、そんな後味の悪い怖さが残った。

自分が小さい頃、不可抗力の転校を何度か体験したので、尚更
「転校はそんな風に使うもんじゃない!」と反論も覚えた。

まあ、物語は物語として、
現実問題、学校で社会で苦痛を味わい、
環境を変えれば自分も変わるだろうという発想は、
一番の「逃げ」の手段なのか?といえばそうでもない。

一番の逃げは、そこから逃げ出す勇気もなく、
自殺してしまうことだ。それが私の結論だ。

昨今の日本のテレビでは、遺書を残して自殺する中学生の
ニュースが連日放送されているけど、
どうして「学校を休む」「学校を変える」などの手段を
相談できずに「自殺」の道を選んでしまったのだろうか。

そこに、どうして他人は手を差し伸べられないのだろうか。
子供が自殺を選ぶなんて、相当苦痛だったに違いないのに。

・・・

こういう日に限って、夜誰にも会う用事がなかった。
なぜか孤独感が募ってしまい、本を貸してくれた人に
「野ブタ、怖かった」と携帯メール。

さりげなくメールしたつもりなのに、そんな空気を読んで
くれたのか、その人は電話をかけてきて「どうしたの?」
なぜか内心ほっとした。
ああ、たぶん私は人に相談する勇気は持てるだろう、と。

それにしても、本当に怖かった・・・

明日、あることを迎えるからなおさらセンチだったのかも。

えー・・・

お勧めの一冊です。これも私の結論。

Nobuta

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3度目の長城、その心は・・

10月に入って3度目の長城登山だったのです。
いやあ・・・ありえません!でも爽快でした。

行き先は3回ともバラバラ。

1回目 10月 8日 八達嶺 濃霧 紅葉5分程度だが見えず
2回目 10月14日 司馬台 快晴 紅葉は5分以下


そして3回目 10月29日 慕田峪・・・

雲ひとつない快晴♪
あ、いや、飛行機雲一つしかない快晴♪ でした。

P1120329

人もあまり多くなく、写真もいい感じに収まりました。

そして肝心の紅葉はというと・・

ひとまず合格!
は少し多かったものの、黄色オレンジ
すべての色の葉っぱを見ることができました。

P1120324  P1120365

これで秋の長城に思い残すことはないな。

そりゃ、仮にもなんでも、
3回も登れば思い残すつもりもないか。

慕田峪は、下から登っても最初の階段で
洗礼を受けたあとは、かなり簡単ルートです。
南コースへ行ったけど、北側は結構きつい雰囲気でした。

でも、私は去年の12月にも慕田峪へ来ていて、
このときはその結構きついコースへ・・
ゴンドラで登っていました(接待相手が60代だったので)
去年の写真を見ると、今回見なかった形の長城が
一杯並んでいたので、きっとそうだ。間違いない。

P1020534

(これが去年の写真)

てなわけで、
来年も北京にいたら、たぶんまた行って
反対側に挑戦していると思ひまふ・・

☆今回もビデオカメラを回したので、
紅葉シーズン中に長城3部作目を作ります。

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中国人は酒に強いと言われますが・・

飲みませんね。

今日“も”送別会。3日連続というわけで、
やはり中国は10月が送別シーズンなのだろう・・
(などと個人的な周囲だけみて判断しているていたらく)

しかも今日は、私以外は全員中国人。

中国人に囲まれての送別会ではきっと白酒を飲みすぎて
ヘロヘロになって、明日は起きられないのではないかと
想像する人も少なくないだろうが・・・

飲みませんでした。

今日は若い人たちだけだったので、
ビールの注文は随便(ご自由に)にしたら・・・
飲んだのは、私と男性2名だけ。他女性5名は全員飲まず。

5人も飲まないのであれば、と結局3人でビール瓶2本だけ。

帰りに、一緒に飲んだ唯一の日本在住経験中国人の子がぽつり。
「中国の今の大学生は、日本の大学生でいうことのコンパが
金銭的余裕からしてもあまりないので飲まない人が多い」と。


大学を出たての子たちのこと、
そういう点で当然といえば当然なのだろう。

でも・・・

そう考えると、中国の人たちって接待で結構無理しているのかな?

明日は今月3度目の長城登山で早いので、
寝酒を軽く飲んで寝ます。

結局、自分は随便で飲みます・・・

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防人の詩

みなさんもご存知、さだまさしさんの
「防人の詩(うた)」という歌に、

/~去る人もあれば 来る人もあって
 欠けてゆく月も やがて満ちてくる
 なりわいの・・・・・・・・・・・・中で


というフレーズがあります。
人生の輪廻をうたっている中での歌詞です。

で、今日は何が言いたいのかというと、
カラオケに行ったとかそういう話ではなく(行ったけど)
そんな「なりわい」のお話だったりします。

・・・

今日は、北京在住者&出張者18人で火鍋を
囲んでみたりしました。
肉肉肉々食べ放題、歌歌歌々唄い放題
盛り上がり、弾けました。
参加したみなさま>お疲れ様でした。

はじめてお会いした方がいっぱいいらっしゃいました。
聞くと、北京へ来て1年以内の方も少なくなかったですね。
また、中には長らくの北京生活に間もなく終止符を打つ方もおりました。

北京へ来て1年が過ぎ、いつまでも来たばかりの
赤ちゃんだと思っていたのに、
なんだか中国語の上達ばかり遅いのに滞在時間だけ
伸びて「中国生活の先輩」に日に日に近づいてます。
これ、どことなくむずがゆいですな・・

でもまだ「来たばかりです」って言っているけど(おいっ!)

北京で出会う日本人の大半は、一定期間が来ると
「北京生活」という時間に「終止符」がやってきます。
本巣の日本へ帰ったり、他の都市へ行ったり、
第3国へ行ったりして、北京を去っていくのです。
今月は明日も送別会、明後日も送別会、
来週月曜も送別会です(10月は特にそんな季節なの?)

そしてまた、新しい人が北京へやってきます。

こうして自分の滞在時間を確認すると、
北京へ来てからなんとなく・・・
時の流れを「人」で感じることが多くなりました。

そういえば、「防人」って言うのは、昔で言うことの
都(東京とか)から遠く離れた地(九州とか)に
赴任させられた人が、遠き土地でふと人生について考える
ころから生まれた詩だったはず・・・

日本から遠い所にいるからこんなこと考えるのかいな?

・・・

やばっ☆

今日の日記、「防人の詩」みたいに暗いぞ!

おしえて~くだ~さい~♪
この地に生けとし生けるものの
すべての時間に限りがあるのならば~♪

以上、替え歌です☆

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札幌の夜、歴史が動いた

たった今、家に帰って恐る恐るネットを立ち上げる。

果たして、今日、札幌に新しい歴史は刻まれたのか・・・と。

そして・・・


・・・


□日本ハム 41 中日■ 

日本一!

ッシャーーー!!\(^O^)/

北京の空にも何かを舞わしたいぞ!
やはりさっきの送別会で主役を胴上げするべきだったな・・

2004年に北海道へ日本ハムがやってきてから、
3年目のスピード快挙(と、見てもいいかな)である。

本拠地での快挙は、きっと市民のパワーも手伝ったと思う。

・・・

北海道は今、
まだ本州で回復しつつある景気など知る由もないほど
かなり厳しい不景気の寒風に吹きさらされていると、
北海道に関連するあちこちの方から聞かされている。

どうにもならない現実・・
何が何でも元気付けられるものが欲しい・・
その思いの強さが、日本ハムに向けられたとも言えよう。

中日ファンには悪いが、愛知万博やトヨタの勢いで
好景気な愛知と、中央から最も遠い都道府県にあって
不景気から脱していない北海道では勢い、気迫、ハングリー精神が違う。

追加だけど、この日の日本シリーズの視聴率、
北海道地区だけ73%を記録し、札幌の街中では
気温1度という極寒の中ビールかけをしたという話もある。
かなりありえない・・・

野球技術では劣ったかもしれない日ハムの日本一は、
選手とファンの「気迫」の賜物だったといえよう。

・・・思い起こせば2004年の日ハム北海道移転。

あの年、札幌市民は自分たちの町を本拠地とする
野球チームが来て、新庄ブームも手伝って
盛り上がりに盛り上がった。

この応援振りを知っていた私としては、
日本一を契機に元気と活力を入れたい!と願う札幌市民のパワーが、
ドームをぐわんぐわん沸かせていたのではないかと、見る。

高校野球も駒大苫小牧が全国優勝を・・
今年は逃したもののここ数年、大活躍。
これでも北海道はかなり盛り上がった。

水曜どうでしょうや大泉洋が全国ブームになって、
道民はなぜか保護者のように応援している気がする。

野球でも水曜どうでしょうで大泉洋でもいい。
北海道を元気づけてくれるものに、
今、道民は感謝の気持ちでいっぱいだと思う。

でもね・・
本当に必要なのは、本当に北海道経済が回復することなのです・・

「この日本一をきっかけに、景気も回復させたい!」

それが単なる他力本願的な願いではなく、
自分たちで日ハム以上の底力を出さなければならない、
今回の日本一を、好転を招く機会に繋げてくれれば嬉しい。


え?将来また北海道に戻りたいのかって?

うーん・・・どうでしょう!

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公開PRの場はマーケティングの場に!

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会場の入り口にはいきなり大きな「雪だるま」

この日は北京市内の某ホテルで、北海道の札幌市と西胆振管内(北海道はそれぞれの地域を支庁・管内と呼びます)7市町村が合同で、観光PRイベントを行いました。

P1120230  P1120251

一行はこのあと杭州に向かっており、たぶん本日杭州でもPRを行います。

冬を前にしたこの季節、北海道観光のテーマはもちろん「雪」

札幌雪祭りや、スキーツアー、壮瞥町の雪合戦大会、これら雪とセットで楽しめる温泉の案内など、よくよく見ると本当に北海道は雪にまつわる観光ポイントが多い!

そして、中国人も雪があまり降らない大陸生活の中、「雪」という物体には少なからず憧れを抱いているようです。その点と料金、利便性がマッチングすると、観光客増加につながる可能性も高くなるわけですね。

北海道は現在、国内観光客、特にスキー客の減少にお嘆きの様子。

日本は90年代の不況もあいまって(今も不況だけど)、リッチな娯楽・スキー離れが進行。高い金を払ってわざわざ北海道までスキーをしに行く若者が減ってきたそうです。

それを、中国人観光客でいかに打破できるか・・・

でも、ところで中国人ってスキーするのかな?

なる偏見的な疑問を持ってしまった私。いかんいかん、実際に声を聞いてみようではないか!とさっそく会場に来ていた中国人スキークラブの皆さんを取材。

ごく一部だと思いますが、中国人の愛好家は日本人以上に愛好のものにお熱になる傾向があり、スキー愛好家もとことんスキーにのめり込んでいる雰囲気でした。

スキーの話をするだけで、目を輝かせるかのように話をしてくれました。

で、日本へスキーツアーに行く場合の旅行代金(飛行機・宿泊費・スキー場料金の合計で○千元)を「高いか?」と尋ねると、

「まだ、妥当」

とのこと。専門の人が冷静に見れば妥当なのです。でも、本人たちが実際に参加するかどうかは・・・でした。

・・・

そんなこんなでこうした自治体の観光PR活動。

自分たちが一方的に情報発信するのではなく、会場に来る中国人のお客様から生の声を聞くことで、どんなサービスを提供すれば来てもらえるのか、など小さなマーケティングの場としても使えそうな気がしました。

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北京でバスに酔わない方法、あります?

今朝

北京市東側にある自宅から西側にある人民大学付近へ。
自宅から10分ほど歩いた所にあるバス停から
走っているバスで乗り換えなく目的地へ行くので、
これに乗って1時間ほど走ると・・・

降りた時、バス酔いで気持ち悪かった(--;

そして復路もこんな感じ・・

小さい頃から乗り物には酔い易い体質だったとか、
昨日深夜2時まで飲んで唄っていたとかそういうことは抜きにして、

北京の道、道路はガタガタ、車は割り込み合戦で
車線変更&急ブレーキかけすぎで揺れまくり。


ろくに本も読まず、途中から椅子に座ることも
できたので、ずっと目を閉じていたのに、
気持ち悪くなるのってどうにかならないかな?

北京のバスに長時間乗って、
バス酔いしない方法があったら教えてください m(_ _)m

早く地下鉄がそばにできないかなぁ

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こんな日本人がいるからぁ!

日本にいるときから、私はこれが大嫌い!
・・・タバコである。

ただ吸うだけなら、まだいいけど、
タバコの何が嫌いかっていうと、吸う人のマナーである。
もちろん、全員がそうではないことを願いつつ書いてみます。

・・・

ある日。

日本語のできる中国人Aさんと町をトコトコ歩いていると・・

Aさんが、歩きながらポケットからタバコを出し火をつけた。
この時点で、ちょっとむかっとした。

「Aさん、歩きタバコは止めた方がいい。
大体、その吸殻はどこに捨てるの?」

さりげなく、でもはっきりそういうと、
Aさんは「ちっ」という顔をして、吸殻を・・・
やっぱり路上に投げ捨てた。瞬間、プチ切れた。

「そんなことしたら町が汚れるじゃない!」

するとAさん、

「でも、僕一人が止めたところで、町は変わらないと思う」

「そんなこと言っているから、この町は吸殻だらけじゃない」

「でも、今捨てたのは路上でも排水溝ですよ」

「じゃ、その排水溝の中はどうなっているの?」

「・・・吸殻で一杯だと思います。でも、僕だけ止めても
 たった一つしか減らないじゃないですか」

「そんな、みんながやっているから自分だけは止めようって
思うようにしないと、だめですよ、Aさん!」

「・・・」

ついにふさぎこんでしまった。
そりゃそうだ、彼の言い分は説得力がない屁理屈ばかり。
しかしその瞬間、屁理屈ぶりは最高潮に達した!

「でも、日本人だってやってますよ!」

「関係ない!私はAさんに言っているんです!」

まったく・・・どういう反論だ・・・_| ̄|○

でも、翻せば、3年半日本に住んでいたAさんは、
日本でそういう日本人を見てきたということになる。

なぜ悪いところだけは日本人を見習おうとするのか、
そうでなく都合の悪いときだけ「日本人だって」って
言うのかわからないけど、
事実日本にも、こんなマナー最悪野郎やねーちゃんは
まだまだ一杯いることは間違っていないだろう。

「日本人だってやってますよ」

という中国人の意見なんか、
日本に住む日本人には関係ないかもしれないけど・・・

中国に来てから、とんとマナーという言葉に敏感になった。
日本のマナーもまだまだだろうけど、

バスの窓からタンを「カーッ!ぺっ!」って吐いたり、
公共交通機関の中で大声で携帯でおしゃべりしたり、
タクシーの運転席やエレベーターでタバコを吸うやつらが、

「日本人だってやってますよ」

なんて言ってくることはありませんように・・・

私が帰国したとき、そんな風景見たらがっかりするよ。

余談:

逆に私だったら悪い行いをやって

「中国人だってやってますよ」

とは、死んでも言わないと思うな・・・

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【動画】Vol.40 司馬台リベンジ!!

昨年、北京へ来たばかりの私は、10月15日までしか走っていない司馬台行きの観光バスに、

・・・11月に乗ろうとして断念した。

あれから1年。 今度は間に合う!と思った10月14日(ギリギリ)

今度こそ、紅葉の司馬台が見られると期待して同じバス停留所へ行くと・・・

詳細はこちらをご覧ください。

http://emmybbc.main.jp/

今回は、1年前の「この」動画もご参考ください。

http://emmybbc.wablog.com/25.html

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日本では・・

日本シリーズが始まりましたね。

しょっぱな中日が勝利ですか?

そして、続いて2戦目では日本ハムが勝利。

序盤からいい試合を繰り広げていますね・・・

これぞ、日本の秋の風物詩!

・・・中国って、こういう季節感のあるイベント少ないなあ・・・

ぼやきでした。

・・・

札幌ドームで、日本ハムの胴上げが見たいです。

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近々日本へ帰られる方へ

大阪・東京などの都市部にある旧UFJのATMで、 かつ外国語が対応する機械で、 銀聯カードを使って日本円が引き落とせるそうですね。

しかもレートは、北京市内のホテル並のレート。

例:1元=15円、とすると、1元=14円ちょいくらい。

これが日本の空港だと1元=13元以下になるところ。

実際に自分がやったわけではないので、 まだ阪神版木ですが、最近日本に行かれた方が 実体験で話してくださいました。

また、郵便局でも窓口かATMで引き出せる(しかもレートはまた手数料+α程度)とか。

中国のじれったい銀行で行列作って手作業で両替するよりは、中国の口座に元を入れて日本の銀行で「ぽんっ」と日本円を引き出した方がお得というわけですね。

でも、このサービス、元はといえば中国人が日本観光へ行ってお土産など購入するときにたくさん買い物ができる(そうさせる)ためのシステムなんだそうですよね(当然かな)

とはいえ、いつも日本円への両替には苦労する在中国日本人。

こうなったら・・どんどん銀聯系の銀行に貯金して、 日本円でどんどん引き出すぞ! とはいえ、一人が一日に引き出せる金額は 7万円(5000元くらい)だとか。。。

毎日UFJに通いつめるか?

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マツタケ・・・見た!

「マ」が並ぶのタイトル3連続。
でも、あとの方で少し深刻な展開になります。

お許しを・・・

日付は遡って10月10日。

日本にいた時からお世話になっている市民メディア
「東京視点」のアドバイザーでもあり、
TBSキャスターなども勤める下村健一さんが来北京。
伝媒大学で「メディアリテラシー」の講義を行いました。

会場は、70しかなかったはずの席をあちこちから引っ張って
100人以上の学生が詰め掛け、午後の座談会にも40人以上が
残って議論しあうという盛り上がり方。

中国の学生、初めて「メディアリテラシー」という言葉を聴いた、
という人もいる中での講義にも関わらず、さすがメディア専攻の
学生さんたち、熱心に新しい言葉に耳を傾け質問していました。
講師の下村さんも、これはやりがいがあったと思います。

すべての授業を終え、
一緒に北京へいらした4人の日本人お客さんたちと、
北京市にある「きのこ鍋」の店で打ち上げ。

ここで食べたメニューは、「きのこのしゃぶしゃぶ」
メニューには、いろんなきのこの名前が並び、
唯一同席してくれた中国人の方が店員に聞きながら注文。

すっぽんが入った黒いスープの中に、見たこともない
きのこを茹でて食べる。牛肉のようなきのこ、とか・・・謎。
そして中には、なんとマツタケも… 一皿238元。高っ!

でも、清水の舞台から飛び降りた気分で「一皿」だけ頼みました。
ひさしぶりの香りと食感に満足♪

でも食べながら、みんなの脳裏には前日のニュースが過ぎります。
日本のメディアはおろか、中国のメディアでもにぎわった
「北朝鮮、核実験を実行」。このニュースにこんな発言が・・

Aさん「このマツタケ、どこ産だろう?」
Bさん「北朝鮮産じゃないですか?」
みなさん「・・・・」

リテラシーを学んだばかりなんだけど・・・ね。

そして4人のお客さんは11・12日にそれぞれ帰国。

その3日後・・・

■ヨット転覆で不明の会社員、遺体で発見…神奈川

と、一緒にマツタケを食べたYさんの突然の訃報…

信じられない…

この来北京で初めてお会いし、ひときわ健康的な黒い肌を
見せながら、ヨットが趣味だと笑顔で答えていたYさん。
そんな大好きなヨットで命を落としてしまうなんて…

みんなで鍋を囲んだ写真が、煙もないのに悲しく曇ります。

交通状態もひどい危険な町・北京から無事に帰ったのに、
北京にいるより遥かに安全な日本で起きた悲報。
人の命は、いつ、どこで、消えて行くかわからないです。

長城登ったり、マラソン見たり、マックス見たりして
この3日間、ふさぎこむ時間はなかった自分。
まだ、まだ、生きているうちは精一杯生きろってことかな?

でもそんな胸の片隅で、ただただ東の空に向かって、
ご冥福をお祈りするばかりです。

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マラソン・・・見た!

ちょっと前後しましたが・・

10月15日

北京国際マラソンを"見て"きました。

走らんかい!っていうご指摘もあると思いますが、
見てきただけで、万歩計は2万歩をマークしました

そんな北京です。

スタート地点の広い天安門広場には、応援の人でごったがえしていました。

が、中には観光に来た方もいらっしゃったようです。

で、あまりにも広い北京なので、いろんなコースの沿道に
立てず、結局天安門広場と40キロ地点の鳥の巣の2箇所で観戦。

マラソンに参加しない人は、天安門広場に入ることができず、スタート地点はこんな感じ。寂しすぎる・・

P1120020

そして極めつけは、ゴールのあるオリンピック公園。
警備が停めていて入ることができなかった・・・
ゴールこそ、人が来てなんぼじゃない?
(あとでCCTVのハイライトを見たら一杯いたけど、参加者?)

ここが40キロ地点の北京オリンピック会場(建設中)通称・鳥の巣。

P1120023
(鳥の巣は、近くのビルから全景が見えます。)

そんな鳥の巣前のドリンク置き場でのみ
至近距離の写真を撮っていたのですが、観客はまばら。

日本人は私だけだったので、日本人選手に「頑張れーー!」と
叫んでいたら係員の人に「你是ロ那国人?」・・・
当然、日本人です・・・・ (^へ^)

でもでも、私は外国人には「ファイト!」中国人には「加油!」
って全員に声をかけていたのに、中国人は拍手こそするものの
中国人選手に「加油」って言うだけ。

オリンピックを前に、マラソンの盛り上げ方も
教えてあげた方がいいんじゃないかな?

とはいえ、異国で日系企業が看板を下げて開催するマラソン大会。

参加者数は25000人ほど。この中に、日本人選手もたくさん参加していたので、どこか嬉しく観戦していました。

こうしたところも日中友好?

・・・

余談:実家のある群馬県では、毎年元旦に実業団駅伝をやるので、
両親と必ず近所の国道へ応援に行っていました。
みんなで旗を持ってすごい観衆です・・・人口比は?なのにね。

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マックス・・・見た!

P1120049

日本では大抵の人が知っているアーティスト・MAX
15日の北京マラソンにも参加しつつ、北京市のライブハウスでライブ。
P社のPさんにチケットを買ってもらい、日本人15人くらいで
擁和宮のライブハウスへ行ってきました。

3組の中国人アーティストのあと、オオトリでMAXという流れ。
てっきり3組が終わったら中国人は帰っていくのかな・・・と思いきや、

かなり残っていましたね。

中国語の挨拶・MCも入れたり、
日本でも有名な「Ride on time」を中国語で歌うなど、
かなり中国には力を入れている印象。6曲をあっという間に
歌ったあとは、アンコールの声にもこたえないほど、
かなり中国風のライブでしたが、久しぶりに盛り上がりました。

・・・にしても、中国のお客さん、引くの早いよ。
終わって「謝謝」と言った途端、
バタバターーーーーッて

帰っていくんだもんな。

スポーツの試合観戦もそうだけど、終了後の
余韻っていうものを楽しんで見る気持ちはないのかな?

いろんな意味で、異国で日本アーティストを見ることが新鮮な一日でした。

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【動画】Vol.39 霧の中の・・

前日の日記はちょっとしたヒントです。

10月8日 日本より来客あり。

お客さんが来るときは、私はいつも案内している場所があります。

今回もその定説?に従って案内したのですが・・

http://emmybbc.main.jp/

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司馬台リベンジ

P1110893

昨年、北京へ来たばかりの私は、10月15日までしか走っていない司馬台行きの観光バスに、

・・・11月に乗ろうとして断念した。

あれから1年。
今度は間に合う!と思った10月14日(ギリギリ)

東四十条駅から出ていると聞いたのにいつのまにか
なくなっていて
、切符売り場の適当な意見に振り回され
前門、宣武門とたらいまわしにされた挙句、
ようやく宣武門のバス停で司馬台行きの観光バスを発見!

本当に、こういうの勘弁してくれよ・・北京は広いんだからさ!

切符売り場で司馬台行きのチケットを買うと、以前は50元とか70元と聞いていたのに、95元になっている!

しかし、この切符で普通50元必要な司馬台の入場料が無料になったから、逆にお得だった。

7時半、バスに乗り込む。

しかし、バスは一向に出発しない。満員になったら出発するシステムのようだ。

しかも、走る前にガイドさんが「高速に乗ったら2時間で着くけど、下の道を走ったら4時間かかる。高速使うなら追加で一人5元ずつもらうことになるけど、どっちがいい?」と。

前々から、スケジュールには2時間のことしか書いてなかったぞ!

もちろん、4時間もかかるのは勘弁なので5元くらいなら、と投資。

5元×客40人=200元 どう見てもガイド&運転手のポケットマネーだよ。

それよりも、さっさと出発してくれい!
なんてぼやいていたら、8時10分ごろやっと出発。

到着はやはりスムーズで10時半には到着。

11時に登城開始。

東西に分かれているけど、有名な「東方なんちゃら」という景色は、東側にあるそうなので、迷わず東側へ行くことに・・すると、

司馬台は、これまでのほかの長城に比べて過酷なルートだった。

階段は80度くらいあるのではないか?というくらいの急斜面。

それが、12楼まで続いているのだから、大変大変。

でも、この日は天気が「霧のち晴」で、登りはじめた時から真っ青な空!

吹いてくる心地よい風を受けながら、なんとか12楼の先にある東方なんちゃらを拝むことができました。

バスは司馬台しか行かないので、11時から3時半までたーーーっぷりと司馬台を観光して
3時半に逆戻り。交通状態も順調で、6時には帰ってくることができました。

観光バス、結構便利かもしれない。
出発場所さえしっかりわかれば・・・だけど。

これまでの長城で一番過酷な長城だったけど、
登りきった時の感動もひとしお。

P1110876

紅葉は・・・写真程度ですが、色づく葉っぱは綺麗でした。

月末にまた来ると一番いいかも・・

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来北京一周年のプレゼント☆

ちょうど1年前の10月13日に・・・

私の北京生活が始まった。

そうこうして1年が経った。
めげて半年で帰国するかと思ったりもしたけど、
どうにか1年ここに住むことができた。

そんな1周年を記念して・・と、先方がわかっていたわけではないけれど、
ちょうど雑誌の取材で日ごろお世話になっていた全日空さんから、
15日に開催される北京マラソン前夜祭にお誘いいただくことになった。

会場に居合わせた方々からも「1周年おめでとう!」の
お祝いの言葉をいただいて嬉しかったです。
→居合わせた方々、ありがとうございます☆

そしてなによりのプレゼントは・・・

http://www.ana.co.jp/anafan/cm/#mokomichi

この方にお会いできたこと!
いやあ!10頭身!かっこいい!
お顔もピカーッと光って、やはり違うオーラを感じました。

さらに、元フジテレビアナウンサーの中井美穂さん
元メダリストの有森裕子さんともお会いできました。

中井さんとは、私が昔同じ職場で働いていた時に、
当時お世話になった中井さん同期のディレクターさんの
ツテで、とあるニュースを作った時間接的に関わったことがありました。

思わず、そんな昔話をしてしまいましたが・・
しっかり覚えていてくださって、大感謝です☆

と、このように懐かしい空間を味わいつつ、
北京1周年に素敵なプレゼントをいただいたことに、
改めて感激するKOMAなのでした。

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ちょうど1年

北京へ来たのは、2005年の10月13日。

本日、ちょうど1年を迎えることができました。
紆余曲折を経ていろんなことがあったけど、
時には嬉しいことよりも嫌なことばかりだったこともあったけど、
なんとか帰国せずにこの町にいてしまいました。

「いられるだけ、いよう」と思ってきたけど、

最近は

「いたくなくなるまで、いよう」と思うようになったことくらいかな。

この辺、ちょっと微妙な気分の変化?

そういう中でも一つ気になったことがあった。
この1年間、日本人中国人問わず、
「いつまでいるつもりですか」と聞かれることがあったけど、
私はこういう質問を他の人にしないようにしている。

駐在員と違って、自分で決められることなんだけど、なおさら
なんとなく、暗に「日本へ帰ったら?」って言われているようで、
自分は中国に向いていないんじゃないかな?っていう気になってしまうのです。
暗示にかかりやすい性格なので、この辺よろしく(^^)

というわけで2年目に突入。
2年目1日目にはビックイベントが待っている予感。

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今頃帰ってきやがった

のである。

行きは何の遅延もなかった全日空さんも、
天災には逆らえないようでした。

10月6日 中秋の名月も見えない大雨。

隠岐の旅でも最終日は大雨だった日本。

帰国日の日本、朝から大雨&強風
台風何号だか知らないけど、
15号・16号・17号が三つ巴で
千葉県沖の海域を吹き抜けていたことが災いし・・

17時半出発のはずが、日本の地を離れたのは21時。
中国の地に降り立ったのは23時半(時差-1時間)
結果、3時間半遅れということになり、25時帰宅。

いやあ、船旅並みに長い旅路だった(嘘)

最初は、上野駅で京成線がストップ。
重いカバンを提げて東京駅へと移動。
(なら、新幹線を東京駅まで乗って行けばよかった)

東京駅でJR線が10分の遅延。
成田空港へ着いたのはフライト1時間半前。
(東京駅では、飛行機は定刻どおりに飛ぶと携帯で確認)

あせる。

が、無事に成田でチェックイン・出国審査を終えられる。

搭乗口でも「定刻(ON TIME)」の表示。
そしてみんな、出発20分前に行列を作る。

・・・・が!

その行列が5分後にバラける。
前の飛行機が着陸できなかったとのことで、待機となった。
見ると他の便も揃って遅延、遅延、遅延。。。

いやあ、天災だから仕方ないのはわかりますが。

そういうことって、午後になった時点でわかりませんか?

・・・・わからないか。

ひとまず、空港に行って待機しないとわからないのが現状。

最初から知っていれば、自宅出るのを3時間遅めたし、
東京のどこかでスープカレーのひとつでも食べたのにな。

※待機中、航空券提示すれば
近くのレストランで1500円分の食事ができた。
メニューにスープカレーはあったけど、今イチだった_| ̄|○

日本では、高崎市になった日に榛名湖にも行ったし、
念願の隠岐にも行ってきた。竹島の手前の隠岐。
いやあ・・・まだまだ日本で行っていないところは多いな。

明日はどこ行こう?

追伸:
行きの時にはしっかり付いていた「水曜どうでしょう」シールが
帰ってきた時には・・略称の「水どう」になっていた。
何でこんなにびしょぬれ?中の荷物もびしょびしょ。

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隠岐紀行10 ロハスな打ち上げ

登場口が2つしかない空港って、初めてかもしれない。

なんて感動しつつ、出雲空港から無事に羽田空港へ到着。
湘南新宿ラインで高崎駅へ帰る前に、
今度もどうしても食べたいものがあったので
池袋へ寄ることに(食べ物ばかり)

それは・・・・もちろん、スープカレー♪

池袋にある「心」は、わが出身大学・北海道大学のそばに本店があって、連日学生でにぎわっていた。
ここの「心」は店内の様相も違い、ちょっと落ち着いた雰囲気。女性ビジネスマン向け?

さっそく、大きな食材がゴロゴロ入った定番の「チキンカレー」を注文。

うまい!!

おいしくいただきましたo(^-^)o

そして、店内をふと見回すと、ロハス雑誌「ソトコト」の別冊・「ロハスブック」が置いてあった。

おおお!そうか、スープカレーは「ロハスフード」だったのか!
※スローフードを上回る、自然と健康を追求した食品ということにしておこう。

もっともっとスープカレーを追究して「ロハス」な生活を送ろうではないか!
隠岐の島も、考え方によっては「ロハス」な旅立ったなあ・・では今度は?

なんて新たな決意を胸に秘め、新しい旅路を夢見るのであつた。

それは別に、帰り道で降り立つ予定の、
自動販売機しかない井野駅というわけではないよ(終)

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隠岐紀行9 出雲リベンジ

出雲といえば、

私は2004年の正月にも出雲へ来た。

このときに、残念ながら実現できなかったことが一つ、ある。

それは・・

「出雲そば」を食べること。

・・・それだけ?そう、それだけなのですが、ひとまず食べ物の恨みは忘れないってことで、未だに忘れられなかったのです。(恨みでもないのですが)

2004年1月3日。

出雲大社でおまいりをしたワタクシ、ふと大社の近くにある出雲阿国を祀った神社と海を見にトボトボと散歩。

ひととおり見終わったあとで、「さあ、出雲そばを食べよう!」と張り切って大社近くのそば屋へ行くと・・・

「本日は閉店しました」

・・先に行けばよかった _| ̄|○

と、いうわけで、出雲に来たらなにより先に「出雲そば」を食べることに決めていたのであった。

そんなこだわりがあってかこの旅路、私は3回も出雲そばにありつくことができた。

1度目は、出雲空港からバスで到着した松江駅前のそば屋。
2度目は、隠岐の島で。
3度目は、松江城そばの名物「八雲庵」で。

3段式の割りこそば・出雲そばはこしがあっておいしい!
本当に日本の味だな~・・・・と、涙を流しながらいただきました。

でも・・・

よく考えたら・・・

3回とも、「出雲市内」で食べていない!!!!

_| ̄|○

・・・またリベンジかな?

出雲大社のお参りは2年10ヶ月前と同様に今回もしっかり行いました。

ところで、

この神社、「縁結び」の神社なんだけど・・・

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隠岐紀行8 大根島

そういえば、すでに「隠岐紀行」ではないな・・

ま、今度紹介するのは「島」だからいいか(大雑把)

鳥取県境港市を過ぎて、車はさっさと島根県へ突入。
ここで、湖の中に「ボカン」と構える大きな島・大根島へ車で入る。

大根島は火山島。そのため地底の各所に熔岩洞窟があり、
島の東南端の遅江地区にあるものは「幽鬼洞」と呼ばれ
国の特別天然記念物に指定されているそうな。

でも、これらの溶岩トンネル、案内看板が大雑把で結局1箇所しか
たどり着けなかったぞ!誰かに似て大雑把なんだから・・
と、いうわけでこの大根島での観光はこれにて終了。

すかさず松江市へ向かうことに・・

と、思ったら市町村合併によってこんな県境でも「松江市」なのだとか。
おそるべし市町村合併!

で、なぜ、大根島という名前になったのかというと、本来は
「たこ島」という名前で、ここから変化したらしい。

たこ島→タク島→太根(たく)島→大根(たいこ)島→大根島

だとか・・・

「たこ」でも「大根」でも、なんでこんな名前なんだーーー!

と、未だに疑問に残る島だったのでした。

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隠岐紀行7 妖怪の町

10月5日

天気大雨→ここがみそ。

朝っぱらから船に乗って本州へ戻る我々。
今度のレインボー号はひとまずお客さん多し。

隠岐汽船も頑張れ!

と、いう思いを秘めつつ・・今度は鳥取県の境港市に到着。
境港の方が交通の便がいいから、利用客も多いのかも・・

今度の出雲空港までの帰り道、これまた便利な乗り捨て
レンタカーで一路出雲空港を目指すことになりました。

境港市のレンタカー屋をスタート!
100円ショップで買った「島根県地図」とカーナビを見ながら、
大雨の境港市を進む進む・・・

と、なぜかある場所だけ道路脇に妖怪さんがずらり。

まん丸の街灯はなぜか「目ん玉」ちょっと気持ち悪い・・

そう、ここは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者で有名な水木しげるさんの出身地で、境港市の町おこしも含めてこんな外観を作り出したそうです。

中には鬼太郎ショップや妖怪神社もあって、本当に妖怪一色でした。

でも、雨にたたられているのに車を止める場所もないため、
写真も撮らずに退散。本当に観光名所にするなら、車を停める場所くらいください。

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隠岐紀行6 流されたのはどっち?

島後・島前と2地域を巡った隠岐の旅。

最後に、少しだけ疑問に残っていたことが・・

その昔、隠岐は後鳥羽上皇、後醍醐天皇が島流しにされた島。
「天皇は飾りでいいんじゃ!天皇は政治なんぞやらんでもええ!」
という鎌倉幕府時代に政治力を発揮していたため、
将軍さまに流されてしまったという悲運を持つ 。

でも、後醍醐天皇は1年後に復活して再び戦ったらしい
そんな後醍醐天皇がたった1年間隠岐でご隠居されていた場所が
・・なぜか2箇所あった。
1つは島後の「国分寺」、そしてもうひとつは島前の「黒木御所」

はたしてどっちが正しいのか?
歴史って、やっぱり作られるものなのかな?

隠岐の方、もしくは島流しに詳しい人、わかりますか?

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隠岐紀行5 島前3島物語

10月4日

朝っぱらにホテルを出発。7時54分発の島前は西ノ島行きの
「隠岐汽船」に乗る(隠岐は隠岐汽船しかないようだ・・)

2時間かけて、別府港に到着。

今回は島から島へと渡るので、公共交通機関に頼るのみ。
別府から、名物と言われた「国賀海岸」行きのバスを発見。
しかし、「帰り道は2時間後」という言葉に直行でここだけ行くのは断念。

ここしかいけなくなるのはもったいないもん。

そして、島前3島の観光をこの日1日で終えなければならない我々。
昼過ぎには西ノ島を出て海士島へ移らなければいけない。

すると、西ノ島の観光は観光バスで行く「がけっぷちから見る海」ツアーか、
船で行く「海から見るがけっぷち」の、どちらか一つだけを選ばねばならない。

天候を見て、選んだ・・・

「海から見るがけっぷち」の方を・・・・

10時。菱浦港へバスで移動して、港から小型船に乗船。

さまざまな形をした奇勝な岩々をめぐり、
船からがけっぷちを見上げ、いよいよメインの
コバルトブルーに輝く「明暗の岩屋」に・・・船が入った。

天候が微妙な場所で、中に入れるのは3回に1回だとか・・
なので、中に入れた人は幸せな人生が待っているとか・・

やーだよぉ、まったく・・本当だといいな o(^-^)o 
でもその横で、直径2メートルの越前クラゲさんたちが、
隠岐中の海に流れていた・・いやあ、本当にでかかった。

その感動を引っ張ったまま、今度は船に乗って海士島へ。
ここで海中観光船・潜水艦の形をした「あまんぼう」に乗船。

「れいんぼう」なるどっかの汽船会社をもじっているのかな?

海の中には、かわいい魚がいっぱい泳いでいました。
でも、やっぱり自分でもぐって見る感動にはかなわないかな・・

乗客が2名だけだったというのも・・ちと寂しいぞ10月の隠岐!

こうして島前観光は夕暮れを迎えるのであつた。

・・・あれ?知夫島は?(行けなかった・・リベンジだ)

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隠岐紀行4 希望の炎を絶やさぬよう

10月3日 

この日は天気が晴れだった→ここがミソ

午後5時。

あるものを見るために、福浦港から個人経営の小型船に乗って隠岐の沖へ(苦しい)

そしてある岩の前に到着。


船は静かに停止した・・そして・・夕暮れ。

隠岐の島に、ローソクの灯が点りました。

やっぱり島の地形はおもしろい。

隠岐汽船で島後へ到着た時に見た、
「竹島は隠岐の島五箇に属します」の大きな看板。
着いた夜にNHKニュースで 見た
「隠岐汽船が経営難で行政が資金導入」との文字。

ローソクの灯を絶やさぬように、
いろんな意味で、頑張ってほしいと
心から思う隠岐の島なのでした・・・・

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隠岐紀行3 島後ドライブ記

10月3日

前日の夜、ホテル下の観光案内で「あるもの」を予約。
この日のメインイベントはこれに決定♪

さて、島後のまん丸い島を一周観光することに。
公共交通機関は少ない。
とはいえ、タクシー貸切は高い。

というわけで観光に選んだ足は・・・当然レンタカーである。

3日朝8時半。ホテルのロビーにレンタカー屋のおじさんが来てくれて、
一台の軽自動車を貸してくれました。カーナビ付きなので安心。

さっそく、出発!(すみません私は助手席です)

島後は真ん丸い島が一つだけ「どかん」とおいてある地域である。
よって、車で一周ぐるーりと回るとOK。

それでは、この日廻った観光名所をおさらいしてみよう。

・後醍醐天皇さんがいたといわれる国分寺
・開催していなかったけど、隣のモーモードーム(早い話が牛突き場)
・島で一番古い造りの佐々木さんち
・見やすい展望台を作ってまで観光地化したトカゲ岩
・韓国から流れたごみもあった、綺麗な景勝地・浄土ガ浦
・見逃したトウテイランが咲く断崖絶壁絶景の白島海岸
・そば工房おみでいただく「隠岐そば」で昼食
・肝心な古い船小屋を目の前にして見なかった屋那の松原
・明日行く島前を臨む那久灯台
・行きやすく開発してくれた壇鏡の滝
・水沸かす・・もとい水若酢神社
・島後唯一の温泉施設といわれる五箇温泉
・人の手で彫られた古き怖い福浦トンネル
・あるもの!

・・・とまあ、島中をぐるぐる廻ったわけなのです。

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隠岐紀行2 頑張れ隠岐汽船!

10月2日

出雲空港に降り立ち、
出雲空港→松江駅→七類港とバスを30分ずつくらい乗って到着。

隠岐汽船の高速船「レインボー」で一路隠岐の島は「島後」まで
1時間ちょいをひとっとび。船は西郷どん港へ到着。

いやあ・・早いのなんのって。なにせ海上を飛ぶように(浮かぶように)走るのだから・・それは気持ちがいいものです。

港に着くと、「竹島は島根県隠岐の島町五箇に位置します」の看板や
「竹島を返せ」の看板・・・

これって、北海道の根室って所でも見たような気がするな・・・

本日のお宿は、そんな西郷どん港のすぐそばにある
「ビューポート隠岐」港から直結で行けるほど近い近い。

チェックインを済ませ、室内へ入り、さっそくNHKが
NHK島根なのかNHK鳥取なのかを確認する。

ま、当然NHK島根ですね。

そんなNHK島根放送でニュースを見ていると、
さっき乗ってきた隠岐汽船が経営難で行政資本援助導入云々との情報が・・

山陰中央新報関連記事
http://www.sanin-chuo.co.jp/search.php?query=%B1%A3%B4%F4%B5%A5%C1%A5&andor=AND&action=results

なんと!でも、そういえば乗ってきたレインボーに乗客は少なかったな。

竹島といい、汽船といい、
隠岐に頑張ってもらいたいことは多いかもしれない。

しかし、夕飯を食べに出歩いた夜の町の暗いこと・・
中国にいる人間を半分分けてやりたい!いらないって?

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隠岐気候1 そろそろ日本に帰るべき?

と、思わずにはいられなかった・・・

10月2日
この日から、3泊4日で島根県は隠岐の島へと出発。
隠岐はずーっと前から行きたかった神秘の島。
飛行機のマイレージが貯まり国内線が無料になったので、
贅沢に出雲空港まで飛び、船で隠岐へ行くのであつた。

前日、そんな平日の旅に同行してくれるフリー仲間から
待ち合わせのメール。

「明日は品川駅京急線ホームの新生銀行ATM前で9時ね」

品川駅京急線改札前にはATMが一杯あったことを覚えていたので、
なんの疑いもなくOKの返事を送った私。

翌日。

JRを降りて京急線への乗換口前へ行き、さっそくATMを探す。

・・・が、

新生銀行のATMが・・・ない。

あたりをオロオロウロウロ探すが、どうしても、ない。

慌てて同行人に携帯メールを送ると、

「改札口横のATMだよ」の返事。

いや!ないない!ないってば!本人の姿もない。
さすがにうろたえる私。なんで?どこ?怪奇現象!?

たまりかねて、通話して本人に確認。すると・・

「改札口を通って、1番線ホームにあるATMだよ」

\(゜ロ\)・・は?

カイサツグチヲトオッテ?ホームニアルATM?

そんなところにATMがあるのかつ!?

疑い半分で行くと・・本当に、ホーム上に新生銀行ATMがあった。

「前の日のメールに『京急線ホーム』って書かなかった?」

書いてあったよ・・・_| ̄|○

けどけど、単純に私は、
「電車がやってくる、あの『ホーム』に銀行ATMがある」
なんてことが想定できなかったのだ。
恥ずかしさのあまり「なんでこんな所にATMがあるのだ!?」
と思わず逆ギレ抗議する私だった・・。タチ悪いな。

日本は進歩している。

中国の進歩も目覚しいと言われているが、
やはりまだまだ日本が上である。

中国では、スタッフに「お年寄りにはATMはいらない」
って、言われるくらいだ・・

いつまでも中国にいたら、時代の最先端を行く所から
取り残されてしまうのではないか?
と危惧すら覚えた瞬間であった。

・・・

いやいや、中国のせいだけにしてはいけない!

そもそも、朝家を出た時に利用した、
同じ関東地方の、新宿や渋谷に一本で行ける高崎線の、
我が実家そばの駅のホームへの印象が残っていたのだ。
この駅は、未だに自販機しか置かれてないのだ。
※写真はその駅のホーム。ベンチに座布団のサービスは良いが、
ATMなどは無縁である。

日本にも、こういう所はまだごまんとあるのだ。

だから、

根本的には、文章をちゃんと読まなかった自分が悪かったのだ_| ̄|○

いないと思うけど、タイトル見て本気で私が帰国を考えている
と思った方、いたり・・・しないって?

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群馬にて、榛名湖のほとりに佇む

10月1日から高崎市に吸収合併された
旧・群馬県群馬郡榛名町の榛名湖で一泊。

温泉はしっかりと「人工温泉製造装置によって作られました」と表記。

うむ、正直者でよろしい!
(最近、温泉については正直に表記しなければならなくなったらしい)

で、榛名湖の周辺を散策してみる。

まず挑戦したのは、標高1319メートル、カルデラ湖の中心にそびえる榛名富士。
カルデラ湖というのは、
1.火山が噴火してできた大きな噴火口から、さらに噴火を
繰り返し、噴火口の中心が盛り上がった状態の地形ができる。
2.盛り上がっていない所に雨水がたまり、湖になる。
3.湖の真ん中あたりに、山ができた状態の湖ができる。

という時間をかけてじっくりと熟成された(ハムかいな!)湖のことである。
この榛名富士の頂上、自力で登ることもできるそうだが、
わが両親がそれを許さない(自分も・・)。
「ゴンドラじゃゴンドラ!」という訳で円形の高速ゴンドラで一気に3分で頂上へ。
天気が良かったので景色は良かった。

つづいて、「湖畔の宿」記念公園。
昭和初期、一世を風靡したヒット曲(なのかな?)
「湖畔の宿」(佐藤惣之助作詞:服部良一作曲:高峰三枝子歌)に
歌われた湖は榛名湖であったことが、作詞者が知人に当てた手紙
から判明。平成元年10月17日にこの公園が開園したそうな。

なんだあ、歌った高峰さんが書いた手紙じゃなくて、作詞者のおっさんが
書いた手紙だったのかあ・・・なんてぼやいてみたものの、
昭和50年生まれのワタクシ、この歌の存在をここに来て初めて知りました。

ごめんなさい。

最後に訪れたのは、湖周遊船の「白鳥号」
こんなの大人が乗れるのか!とぼやいてみたものの・・
日曜昼間、船内はお客さんであふれかえるほどでした。

群馬県人、他に娯楽がないのかな・・(失礼、ありますよね)
白鳥は、遠くから見ると本当に湖の上を悠々と泳ぐ白鳥のように見えるから不思議です。
これで、いろんな角度から榛名富士を見ることができました。

こういうことをしながら、榛名湖は暇をもてあますことなく
夕暮れを迎えることができるのでした。

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