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北京の日本人女性は、"元気"!?

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って、言われるのですが、
別に激辛唐辛子まじりの四川料理を食べまくって、
カプサイシンたっぷり取り込んでスリムだから
そう見えるとか、そういうわけでもないと思います。

実際に北京に住んでいる皆さん、どうお感じですか?

ごく一般論でよく言われるのが、

「北京に来る女性は、駐在員などの会社の命令で
来る人よりも、自分の意思で来ている人が多いから、
自分で何かしよう、っていうパワーがあるよね」

つまり、日本で普通にOLをやっていられない、
日本社会風に生きていない女性が集まってくる。

うーん…少なくとも私はそうだったかも…

そして、私の周りを見ても、
該当者がいっぱいいる気もしなくもなく--;
しかも、ご自身で生計を立て、ビジネスをし、
中国語はペラペラで将来の目標などもきちんと
立てている…そんな、尊敬に値する女性がたくさんいます。

それが、北京。

褒めすぎ?

と、いう訳で写真の話に戻りますが、
今日は、そんな在北京日本人女性でもピカ一の元気少女
(別名・濃い女の会発足人)すみさんの本帰国を前に、
「四川省弁公室の四川料理店」で送別会でした。

北京大学に留学されていた友貴さんも同じく帰国。
今日はお二人を主役に、周囲の目憚らず日本語で元気に宴会です。

すみさんは、
北京の大学院で"中国語で"(もちろん?)修士号を取得、
学業の傍ら、司会・キャスターとしても北京の社会に君臨、

五輪では読売新聞の新聞メディアを変えた(!?)
「動画」のリポーターとして、活躍されました。

友貴さんも、
北京大学で2年勉強される傍ら、市内の日中メディア
「CJWEB」で番組制作・キャスターに勤められました。

北京生活、最後の最後まで、120%燃えましたね…

私もすみさんと一緒にプレ五輪(好運北京)の頃から、
卓球、水泳、果ては順義区のマラソン水泳まで観戦に赴いたこと、
妙に面白く思い出されます。

そして数少ないパラリンピック取材仲間として当時を振り返り・・・、
スタンド観戦取材の私と違う「痛い・・・けど納得~!!」な話たくさん。
※ちょっとここにはかけませんが・・・

五輪イヤーに北京を去ることになって、
記念すべき思い出がたくさん作れたのではないかと思います。

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ウェイターさんに3回も頼んで撮影した力作を掲載!

と、いう訳ですみさん、その元気で
「北京歓迎イ尓 (ニイ) 〜」 、「You Shall Return」ってことで・・・

是非、今後ともよろしくです。

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※四川料理名物の 「辣子鶏」。どうやったらこれが
 大きいことを写真で表現できるかと相談したところ、
 ・・・こうなりました。

お店情報:四川省政府 駐北京事務所・川弁餐庁
住所:北京市建国門内 貢院頭条5号
電話:(010) 6512-2277

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地下鉄で・・・

久しぶりに見た。

目の見えない人が、トントン、と肩をたたいて、

「手作りのものを買ってくれ」

と書かれた紙と、手作りの工芸品を突き出してきた。

ちょっとビクッとなったので、反応できなかったら、
その人は他の女性の所へ・・・

パラリンピックでは、あんなに障害者をヒーローに仕立て、
ビルの建設で転落し、下半身不随になった民工を
車椅子バスケなどの選手として出場させたりと、物語を作った中国。

それが終わってからは、どこかに隠していた普通の浮浪者や、
障害者の人たちに対しては、その後の保障をするでもなく、
大会の終了と共に、ぽいっと野放しかい!!?

ちょっと、心に小さな憤りを感じたので、
思わずその姿をカメラでパシャリ(あいにくタイミングをはずす・・・)

すると、その行為を見ていた女性が、私に向かって、

「あなた、何のためにこんなことするの!?記者?」

「そうです、記者です」

「外国人?」

「外国人です。こういう状況を外国に伝えたら、
外国の人は中国の状況にもっと関心を寄せると思います」

と、切り返すと女性は興味を持っていろいろ話してきた。

そして降り際に、こう言った。
「日本の人はみんな、こういう人の商品を買ってあげるんですか?」

え・・・。

返事ができなかった。

日本の地下鉄で、こういう人を見かけないから、
比べ方がわからなかったのだ。

もし、日本にこういう人がいたら、皆さんはどうしますか?

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大人の一人旅 -北京市内ワイン工場見学編-

いつぞや誰かを連れて行こう、
でも、本当にあるのかわからないうちは、一人旅で下見です。

北京市の「玉泉路」から370路バスで北へ2駅の「玉海園」下車。
まだ見当たらないので、バス停にいたバイクの運ちゃんに聞くと、
「ちょっと遠いよ、3元でいいよ」→乗っていけ、ってことか。

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というわけで、バイクに激しく揺られること3分で無事到着しました、

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ドラゴンシールのブランドでもお馴染みのワインメーカー・
北京龍徽醸酒有限公司の工場です。意外とあっさり着きました。

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工場は入れませんが、博物館は入れるので、入口へ。
30元(450円くらい)を払って中に入ると、他に客なし。
一人だった私に、ガイドが一人、マンツーマンでのワイン講義、
贅沢だけど…中国語なので、後でネットなどで補足するつもりで
メモ帳片手に説明を聞いていきました。

1階は、工場の歴史から始まって、龍徽ブランドの製品陳列や、
ワインができるまでの工程がボードや模型で掲載。
レイアウトもおしゃれで、展示品も充実していました。

そして地下1階に下りると、ワインセラー独特の香りがぷーん…。
5リットルのワインが入る大樽がずらーっ!こんなにたくさん!

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以前はここで、棚に並んだワインを好き勝手取り出して、
真ん中のテーブルで試飲できたそうですが、今はすべて展示品です。

そして最後に、御土産屋。
ちょっと値段が張るかな…というくらいのワインが一杯あって、
日本の山梨か北海道を思い出すような博物館でした。

ここのワイン工場は、1910年(清朝末期)にフランス人の宣教師が
郊外にある教会内にワインの醸造所をつくったのが最初だそうです。
当初は頤和園付近に工場があったとのこと。

「西太后が飲んでいたのですか」冗談半分に尋ねると、ガイドさんも笑顔で
「対(はい)」ほんまかいな…

最初は販売目的ではなかったのですが、1956年から企業化して、
改めてワインというものが市場に出回ることになったそうです。

一人で行ったので、試飲用にボトルを開けてはもらえなかったけど、
「赤霞珠」という品種のおいしいワインを2杯試飲させてもらいました。
1瓶300元のワインとのことで、購入は諦めました。

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でも、さすが高級品!あっさり味でおいしい!
でも、私、昼間から飲んで2杯でベロベロでした…
夜で友達がいたら、もっとグイグイ飲んで…寝てしまったんだろうな(--;

・・・

紹介:龍徽葡萄酒博物館
住所:北京市海淀区玉泉路2号 龍徽葡萄酒廠内
(地下鉄「玉泉路駅」から北へバスで2駅『玉海園』か『田村』で下車、
バイクの運ちゃんに捕まったら、乗った方が楽。タクシーなら5分ほど)
見学時間:朝8時~夕方5時まで(国慶節は3日間お休みです)

※龍徽葡萄酒公式サイト→http://www.dragonseal.com/index1.asp(中国語)

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初!鼎泰豊で贅沢飲茶☆in新光天地

友人の本帰国を前に、お食事がてら思い出話をすることに。

彼女から、

「一度、鼎泰豊で食事をしたいと思ってたんです!」

というリクエスト。
私も行ったことがなかったので、ついに!行ってきました。

鼎泰豊(Ding Tai Feng)
東京は新宿にもある高級飲茶店です。

この店、いつも混んでいて、
食事時に行こうものならウェイティング席にお客がびっしり・・・

という情景を何度となく目にしていたので、
6時半に、しかも予約を取って行きました。

一時期の大ブームは去ったのか、
ひとまず6時半の時点ではまだ空席あり。

それが7時~9時くらいは、やはりお待ちのお客様が出ていました。

女二人、注文したのは控えめに、4品。

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小龍包(スープ付)噛むと中からスープがピュッ!
小さいので、一口でパクッと食べたほうがいいでしょう。

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そして、肉まん。野菜たっぷり…肉は?
ま、ヘルシーで餡厚で、よし。

ジャージャー麺も頼んだけど、これは33元にしては小さい。

そして、デザートに頼んだのは…

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杏仁豆腐カキ氷!!

氷山に乗った杏仁豆腐は、
食感もぷるんと歯ごたえあって、さっぱりした味わい。

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こんな杏仁豆腐、食べたことない!!
と、感激しながらいただきました。

杏仁豆腐といえば、日本人カメラマン・Cafe Il Soleマスターの
手作り杏仁豆腐が北京ではピカ一ですが、
鼎泰豊はまた違う味があります。

6時半に入って、ウェイティング客もよそに
9時半までお喋りしてました。

食べ物とお喋りは女のエネルギーです。
(久しぶりに女性ぶってみる)

友人は、日本に帰ってから就職活動。
北京でたっぷり得たパワーが、会社の皆さんに響きますように。

・・・
お店情報: 鼎泰豊 新光天地店
住所:朝陽区建国路87号華貿中心 新光天地6階
TEL:6533-1536
営業時間:10:00 ~ 21:30(土日は22:00まで)
座席140席、個室1部屋(最大12名)
URL:www.dintaifung.com.cn

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『「日中対話2008」~日中若者対話~』―中国国際放送でスタジオ見学

9月23日。

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NHKでアナウンサー&ディレクターを勤めている後輩が、来燕。
CRI(中国国際放送)との同時生放送特番の立会いです。

という訳で、後輩と2年ぶりの再会を果たしつつ、
CRIまで番組見学に行ってきました。

『「日中対話2008」~日中若者対話~』

日本のNHKでは10時15分、北京のCRIでは9時15分からの生放送。
生で45分間はあっという間なので、無駄のないように、
日本人スタッフも中国人スタッフも綿密に打ち合わせです。

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この同時生放送番組、今までも
テーマを決めて不定期に放送してきました。

今回のテーマは「日中若者対話」
私も06年のスタート時から取材させて頂いて来た
「京論壇」のメンバーを日中のスタジオに招き、
学生たちがお互いに同じテーマで討論した時に
感じたこと、意義などを語ってもらいました。

「京論壇」とは、
日本の東京大学と中国の北京大学、それぞれの「京」と
語り合う「場」としての「論壇」を合わせたもの。

【京論壇】http://jingforum.org/jp/index.html

ちなみに去年の京論壇を取材したエントリー
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2007/09/post_ce6f.html

両国の最高学府である学生たちが中国と東京
それぞれの舞台でお互いの社会見学も兼ねて
各テーマについて討論を行うもの(しかも討論は英語)

大人顔負けの豊富な知識、ディスカッション能力、
幅広い視野をもって討論する優秀な学生たち、
生放送でも上手にまとめて思いを語ってくれました。

ひとつ気になったのは、東大生の方の中国の学生への印象。

「中国の学生は、色んな視点の情報を集めている」

私は春先の某事件が起きたころ、ごく普通の学生が、
ごく普通の中国視点の主張をまくしたてた後で、
「CCTV4を見ればすべてわかる!」といわれたことがある。

多角的に、海外の情報を入手できるのは、
英語や他の言語が堪能なえりすぐられた学生くらいに、
まだ限られている…

いいところを見てくれるのは嬉しいけど、
これが中国の全容だと思わないでいてくれるかな。

と、思っているとその後で、東京サイトのパネリスト・
アジア平和貢献センターの西原春夫氏が補足。

「そういう学生は、ほんの少しだけど、
彼らが牽引力となって今後の日中関係を良い方向に
導くことに貢献してほしい」

私の思いを言葉にしてくださいました。

45分間、非常に内容の濃い番組だったと思います。

この番組は、今でもインターネット放送で聞くことができます。
【中日若者対話】http://japanese.cri.cn/other/08jpn-chi/wlduqf4.htm

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ラグビーで結ばれた絆-岩田天晴君の命を救おう

全国のラグビー仲間が、そしてそこから広がった輪が呼びかけています。

一人の小さな子供の命を救うべく・・・

岩田天晴君を救う会
Title_tensei_02_2
http://www.tensei-aid.com/

こちらは、日本ラグビー・フットボール協会のサイト
http://www.rugby-japan.jp/news/2008/id4811.html

日本ラグビー・フットボール協会をはじめ、
多くの有名大学ラグビーチームやプロチーム、
元ラグビー選手や評論家が次々と自身のブログに掲載しています。

・・・

京都大学ラグビー部OBの岩田天植さんのご子息・天晴君(13)が、
今年2月に体調を崩し、病院で診断を受けたところ、
「拡張型心筋症」という原因不明の病気であることが発覚。

心臓移植以外に助かる途がない中、現在の日本では
15歳未満の臓器提供が法的に禁止されているため、
アメリカの病院に受け入れてもらい現地のドナーを探すことになります。

このプロジェクトの目標金額は、1億3850万円。

10月末までにこの金額を集めたい-
ラグビー・ネットワークを中心に、今、皆さんに協力を求めています。

・・・

折しも、私がこの話を北京在住仲間のラグビー部
メンバーから聞いたのは17日。この日は、先日のエントリーでも書いた
パラフォトの貴重な仲間が亡くなった日でした。

個人的に、私の心に、何か惹かれるものを感じました。
ひょっとすると、亡くなったTさんの分まで、
天晴君は生きていくべき、なんじゃないか、
そして、私も微力でもいいから何かすべきじゃないかと思ったのです。

ささやかながら、私も少し募金させていただきました。
本当にささやかで恐縮ですが・・・

でも、たくさんの方の大小なる「ささやか」が集まり、
支援金は、7千万円を超えたようです。
目標まで、現在50%・・・もう一息!!です。

ドナー移植については話を聞くたびに心がいたみ、
日本の法律に対して、
「何とかならないのか!」ともどかしくもなりますが、
今できうる範囲で皆さんが動いている。

その大きなうねりから、ラグビーの絆、人の絆の強さを感じています。
お知り合いの方・グループへの輪をお広げ戴ければ幸いです。

http://www.tensei-aid.com/wiki.cgi?page=FrontPage

がんばれ!天晴君!!

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誕生日と・・・

今夜22日は、バースデーパーティーがありました。

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リンゴ社区の中にある、洋風のスポーツバー系羊肉串屋(?)

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おしゃれな店内にどどんと積み上げられた羊肉串、
その奥には和菓子職人手作りのバースデーケーキ・・・σ(^◇^;)。。。

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で、最初からケーキを2つも3つも食べて、
肝心の食事があまり入らなくなったのですが

・・・楽しい時間を過ごしました。
誕生日パーティー、毎月あってもいいくらい。

で、そんな誕生と申し合わせたように、
私の元に一つの終焉の話がやってきました。

パラリンピックで関わった方が、
閉幕式のあった17日に亡くなりました。
闘病生活を送りながらも、日本でパラリンピックの
写真展運営を担当され、亡くなる寸前まで精一杯生きました。

そして、パラリンピックが終わるのを見届けるかのように・・・
それまで必死に生きたんだということを思うと、
人の"生命力"ってすごいな、とつくづく感じたのです。

人が"誕生する"というのは、長い人生の始まりです。
そして、最後に死ぬまでの数十年か百数年。
どのくらい、"生きた"時間を大事に使うことができるのか、
自分は、この世の中にどれだけ勝負を挑めるか、
とっても考えさせられた1週間でした。

現状が辛ければ、逃げてもいい。でも生きてほしい。
自殺する人には、同情したくない。
子供を殺す親にも、どんな事情があれ、認めたくない。

ここに誕生したからには、精一杯生きること。
そして、生きてもらうこと。

私の誕生日は4月なのであと半年ありますが、
誕生日には、これからも"生きていく"と気持ちを引き締めて、
新しい一年を迎えたいと思います。

今日の主賓、おめでとうございました。

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【障害者スポーツ】東京銀座の数寄屋橋で募金活動

実は、パラリンピックの選手は、
メダルを取っても報奨金が出ていません。
経済的には、オリンピック選手よりも厳しい選手たちが、です。

そんな彼らの支援を行うと共に、
日本国内のパラリンピックへの意識も高まれば、
そんな思いもあり、街頭募金活動を行います。

パラフォトも、写真で協力します。

日時:9月21日午後3時から3時30分。
場所:東京は銀座の数寄屋橋。
登場人物:舛添要一厚生労働大臣、
パラリンピックのメダリスト選手達(国枝選手など)

オリンピックは、文部科学省、日本オリンピック委員会(JOC) 。
パラリンピックは厚生労働省、日本障害者スポーツ協会
(日本パラリンピック委員会は同協会の内部組織)が管轄となります。

管轄違うと、組織も違い、宣伝や広報の媒体数、
スポーツというものの捉え方も違います。
未だ日本ではパラリンピック・障害者スポーツは
「福祉=リハビリの一環」から抜けきっていないのでしょう。

もう少し、スポーツとして認めてもらい、
選手たちの強化をしなければ、
世界の中で日本のレベルは一向に上がらないかも・・・

頑張れ!!

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「障害者スポーツを伝える」ということ

そもそも、そんなに経験も力量も腕前もあるわけじゃないし、
こんな固いことに、読み手だってコメントのしようもない。

喋るといつもくだらない、何の利益にもならない
ことばかり言っている奴が急に偉そうなこと言ったって、
「何言ってんだよ、お前」と言われるのがオチだし。

連日パラリンピックのことを書いてきたけど、
そこら辺の運動会のこと書いた方が、
読み手にとってはわかりやすいだろうし。

そんな中、まあよくいろいろ書いてきたものだと
我ながら呆れもするわけだけど・・・

もう少し語ります。(天邪鬼)

障害者スポーツを「伝える」ということについて。

・・・

「障害者スポーツ」は、本当に触れ合う機会が
なければ理解するのは難しいと実感した。

触れ合うきっかけとしては、
1.身近に障害者スポーツの選手がいる。
2.身近に障害者スポーツを見る機会がある。
3.実際に障害者スポーツを体験してみる。
4.テレビや新聞、ネットなどの媒体で見る。

の手段がある。

開催地・北京。

大会期間中、地下鉄10号線とオリンピック支線は
人でごったがえしたが、観客のほとんどは中国人だった。

会場が見たい、8月の五輪が見られなかったから、
ボランティアだから、ラーラー隊だから・・・

何はともあれ、触れる機会を得た中国人。
きっと、少なからず中国人の意識は変わる。
そしてこれからも変わっていくことと思う。

翻って日本。

北京に住んでいる日本の友人たちは見る機会を得た。
かなりの人が観戦に行ったと思う。

ブロガー仲間がたくさんレポートしていた。
私も連日、パラフォトとブログに更新した。

ところでしかし、それを見てくれる
日本在住の日本人はどれだけいるだろうか。

マスコミではアテネに比べて、報道量も少ない。
この原因の一つは、メダルの数が半減したこともある。

メダルが半減すれば、報道量も半減、
いや、今回はそれ以下だったかも。

でも、メダルの数が減った背景には、
以下があることを忘れたくない。

1.日本人選手のレベル向上度合い以上に、
  世界のレベルが上がった。
2.アテネで日本が量産した種目において
  ルールや障害クラス分けが変わり不利になったこと。

そして、

3.それらの条件に選手達が独力で立ち向かい、
  日本政府や企業、周囲のバックアップが足りなかったこと。

数寄屋橋の街頭募金活動にも見えるが、
障害者スポーツ選手の経済環境や協力度は、
日本の経済不況と共に厳しくなっている。

注目度はどんどん下がり、ここでどうしようもない
ライターが書いた記事なんて、どれだけの人が読むだろうという話だ。

情報発信は難しい。

直接不利な環境を伝えても駄目だし、
感動を演出する伝え方も駄目、
押し付けがましく「読んで」と言うのも駄目、

自然と見てくれる内容にすることが一番だが、
でも、視聴率目当ての演出をするのも引ける。

こんな葛藤と闘いながら書き続ける記事。
これを作るために、寝ずに考え、調べ、
話を聞き、職人のように丁寧に仕上げていく。

はかどらなくて、休日を返上していると、
「何やってんだろう、自分」と思うこともある。

それでも私は「伝える」

やめてはいけない、と思うから。

少しでも関心を持つ人が増えて、
会場に足を運ぶ人が増えて、選手達を見て、
この人たちをバックアップする力になりたい。

そして、この時気づいた。

5.障害者スポーツを人に伝える。

という行為も、障害者スポーツに触れる手段であることに。

パラリンピックは終わったけど、
来年には東京でアジアパラユースがあり、
国内でも障害者スポーツの大会は定期的に開催される。

見る機会は国内にもたくさんある。

次にあなたが障害者スポーツに触れる時、
更にいろんな人に伝え、力になってほしいとつとに願う。

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写真:パラリンピックのマスコット「福牛楽楽」と2ショット

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さよなら聖火・・・閉幕式

長かった

本当に長かった

この2ヶ月、いや、自分にとってはこの4年という思いが
走馬灯のようにぐるぐると駆け巡った鳥の巣のスタンドに、
この日私は座ることができました。

「E-BBC」の動画の第1回は、2004年8月
「横浜中華街で中国人に聞く、北京五輪」

日本なのに中国語しか通じない人が多くて、戸惑いを覚えた。

その1年後に北京へすむようになったときは、
先輩に更地の会場を案内してもらった。

私の北京生活=五輪 というわけではなかったが、
要所要所で、なぜか「五輪」という言葉は私をかすめた。

そして2008年に入り、いよいよ本番が迫ったとき、
あの頃の未来に自分が立ったとき、まさかこうして
仕事として五輪に関わることなど、考えていただろうか。

・・・・

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なんて思いを抱きつつ、
閉会式の会場へは、MPC(メディアプレスセンター)から
これまで競技観戦で散々味わった地下鉄や入口の行列を回避して入場。

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客席へ行くと、座席にお土産が置いてありました。
中はプログラムと、懐中電灯、風呂敷?、リストバンドなど。

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観客も閉会式を演出するアイテムになります。
これは、オリンピックの開会式に参加した人も、同じ経験をしました。

・・・・

そして20時。

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豪快な花火で始まった閉会式。

テーマは「未来への手紙」

やはり、人海戦術?数による舞台展開は中国でないとできません。

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黄色い部分は、人です。

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プログラムがどんどん進行していきます。
客席にも、ポストガールがきて、お土産に入っていたはがきを回収。

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おなじみの空中芸も登場。雲になって人が飛んでいきます。

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そして最後は、千手観音に囲まれた少女による聖火消火。

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静かに炎は消えていきました。

・・・・

長い4年間が、本当にこれで終了です。
もう、この聖火台に炎はつきません。

最後に残ったのは、聖火に代わる十七夜の月の明かりでした。

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パラリンピックのフィナーレ競技:マラソン(車椅子・肢体損傷・視覚障害)

9月17日。朝7時半。

いよいよ、北京パラリンピックも最終競技。
オリンピックでもメインイベントである、マラソン。

スタート地点も、オリンピックと同じく天安門広場。
ここを、すべてのクラスの出場選手が一斉にスタートします。

・車椅子(T52、T54、男女)
・肢体障害(主に腕:T46、男)
・視覚障害(T11、T12、男)

私は、最初から鳥の巣で待機。
入場するまでに、地下鉄北土城駅の行列がひどすぎ。
天安門に行かなくて正解でした。

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会場では、中継をテレビ観戦できればよかったのに、
ちっとも映らず、子供の演技などの表演…うーん。

と、言っている間に、会場に車椅子ランナーが飛び込んできました!!

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日本人選手・笹原広喜選手は1位と同タイムの2位!!悔しい!! 
1時間23分17秒でした。

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続いて、8位内に、4人の日本人選手の名前。
更には、T52クラスで高田選手と上与那原選手が、2・3フィニッシュ。

車椅子マラソンでメダルを3つ獲得しました。

その後しばらくして、今度は肢体障害と視覚障害クラスがゴール。

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高橋勇市選手と伴走の川嶋伸次さん。

日本人選手は、視覚障害クラスで3名がゴール。
一番最初にゴールを決めた高橋選手が16位で一番上。
でも、今回は弱視と全盲の選手が同じ土俵で戦うことになって、
3人とも全盲の日本チームは、検討しました。

メダルには届かなかったものの、50代の新野選手をはじめ、
暗闇の42.195キロを突っ走ったことには、本当に感動しました。

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その感動、42.195キロもの距離を共に走った伴走ランナーが
盛り上げてくれます。会場もこれには「うぉおおお!」と大歓声。

伴走者という存在については、9月9日の陸上競技でも書いたけど、
選手との信頼関係と呼吸、息が合い、かつガイドさん自身の
体力とフォローできうるだけの才覚が求められるのではないかな・・・

と、考えると、伴走者のことがもっと知りたくなりました。

プレスセンターで、フリーライターの星野恭子さんにお会いしました。
彼女は、伴走者を追いかけていて、本も書いています。

『伴走者たち』http://books.yahoo.co.jp/book_detail/32058741

日本に帰ったら、探して読んでみます。

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五輪の様子を発信:メディア・プレス・センター(MPC)

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パラフォトさんの仕事をフォローする目的で、
メディア・プレス・センター(MPC)への入構証をいただきました。

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会場周辺のごちゃごちゃとは打って変わって、
人が少なく、静かな空間が広がっています。

「文字記者工作間」
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ここで、大会の記録を入手して、原稿を書きます。
大会記録が即座に出てくるので便利です。

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地下1階は食堂。マックとレストランです。
やはり記者のみなさんはここで食事を取っています。
そりゃ、会場は人が多い上に食べるものがほとんどないですから・・・

私も食事をさせていただきました。

ついでに、ここでスタッフ同士が打ち合わせなども行います。

16日に訪問したのですが、パラフォトの皆さんは、
翌日のマラソンで取材するポイントを打ち合わせしていました。

ちょっと静かな気持ちで打ち合わせをしたり原稿を書きたい時の
ホスピタリティは完璧でした。

悲しいかな・・・オリンピックと同じスペースが供給されているのに
記者の数が少ないので、がらんとした印象も少々残りました。

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試合会場へは、場内を走るトロッコのような車で移動できました。
らっくちーん♪

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惜しかった・・・・車椅子バスケ女子、メダルに一歩届かず

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15日。

車椅子バスケット女子の3位決定戦と決勝戦。

前日、準決勝でドイツに負けた日本は、
3位決定戦でオーストラリアと対戦。

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体の大きさが違いますだ・・・
高さ・速さ・パワー、オージーな皆様にはかないません。

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フリースローの確度が良かったです。

それでも、大和撫子の底力(?)
第4ピリオドでは、2点差まで差を縮める
検討を見せてくれた場面もあったのですが、

最後の最後でリードを広げられ、
53-47で惜しくも銅メダルに一歩届かず。

でも、接戦に接戦を重ねた試合は、始終目が離せず、
思う存分スカッと楽しませてもらいました。

今回のパラリンピック・チーム競技で、
準決勝まで勝ち抜いたのは車椅子バスケ・女子のみ。

オリンピックに続き、女子が大活躍ですぞ。

ありがとう、日本チーム。

・・・

一緒に観に行ったりんずちゃんが、
実習で車椅子バスケを経験したので、
試合を見ながら解説もしてもらいました。

脊髄障害の度合い・可動の程度によって、
車椅子の作り方が違うそうです。

バスケットなどスポーツ用の車椅子は、
大きな2輪の他に、更に小さな車輪がついていますが、
前に2つ、後ろに1つの3輪の人と、

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前後2つずつの4輪ついている人がいるそうです。

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そして、脊髄のどこまでが動くのか、によって、
背もたれの高さも違うそうです。

運動量の大きい人は、背もたれがほとんどありません。
なので、慣れない場合は後ろにひっくり返るのだとか。

こういう所を観ても、また車椅子バスケはじめ、
ラグビー、テニス、フェンシング、卓球・・・
車椅子競技の奥深さも感じます。

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時間狂わせな・・・え、まさか水泳でも!!?

15時半にテニス会場を後にし、
オリンピック専用バスで水立方前のバス停へ。

まだ1時間もある、と油断していたら、
なんと観客の入口が一番南にしかないので、歩くこと15分。

バス停から相当歩いて、やっと入場。しかも行列。
午前中に一度入ったんだから、2回も安全検査する必要ないのに…

と、歩かされたイライラと貴重な時間が削られた不満を
抱きつつも、会場へ入って席を確保。
11日はスタート側だったので、今度はゴール側。後ろ側だけど、まだいいかな。

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近くには、女子50メートル自由形で決勝に残った
生長奈緒美選手の応援団がいました。

そして、17時。50メートル自由形で
河合純一選手(S11=視覚障害の一番重いクラス)が銀メダル!!

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女子50メートル自由形(S11)の秋山選手と生長選手は残念。

男子150メートル個人メドレー(SM4=肢体障害)では、
11日に金メダルを取った鈴木孝幸選手が見事銅メダル!!

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最後の自由形で一気に3位を抜き去る姿、迫力ありました~。

それからも、エントリーの度に、日本人選手が出てくる出てくる…
かなり盛り上がりました。

時間どおりに進むスケジュール。
19時に入ってから、ちょっと間が空き、
19時59分の山田拓郎選手まで時間が空いた時…

会社から電話が。トラブル発生。

「会場出られる?今から、お客さんの所にメールを送れる?」

「…出られます」

19時半で、なくなく退散。

よくわからないけど、1日通して時間狂わせな、3競技観戦だったのでした。

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時間狂わせな・・・車椅子テニス

11時にフェンシングを見終わって、パラフォトさんを撮影取材。

その後、13時までにテニス会場へ行こうと目論見る。
同じオリンピック公園の敷地内にあるのだから、
時間には余裕がある・・・と思った私が甘かった。

フェンシング会場で会ったY新聞のYさんに場所を確認すると…

「今日の予定は、今から地下鉄で森林公園駅まで行って、
歩いてテニス会場まで行って、ダブルスをちょっと見たら
4時には水泳会場に戻って5時から水泳を見るつもりです」

「それは、不可能!」

聞くと、森林公園駅からテニス会場までの距離は半端ではなく、
そんなルートでは、1時間で水立方まで戻ってくることはできない。
テニス会場入口でタクシーを拾って直接来てもぎりぎり、とのこと。

北京の広さは半端じゃないから、それに従うことにしよう。

とはいえ、行きはまだ時間があったので、
冒険的に地下鉄で「森林公園駅」まで行ってみることに…

すると、

「テニスコートへ行きたいんですけど」

「間に残奥村(パラリンピックの選手村)があるので通れません

…遠さではなく、物理的な意味で、不可能だった!!

「じゃ、どうすればいいんですか?」

「北土城へ戻って、オリンピック専用バスに乗ってください」

も、戻るの~!? 時既に、12時20分。

13時には間に合わない!と即座に判断(こういうのは早い)
して、ひとまず北土城へ引き返す。

でも、バスに乗るのはかなり面倒。混んでいるし本数がない。
駅前でタクシーを待ち、前の人が降りるタイミングで強引に乗車。

「網球場(テニス会場)」
「あぁ?」

「網球(Wang3、Qiu3)」の発音が通じませんでした…とほほ。

とはいえ、地図を見せながら何度も繰り返すと公園内のこと、
運ちゃんはあっさり理解してくれて、タクシーが飛ぶ飛ぶ。

17元もかかる距離だったのかと絶句しながらも、
到着した時はちょうど13時でした。

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…が、入口からコート内まで行くのに10分かかったので、
席に着いたら13時15分。(入口の安全検査はすんなり)

ところが!

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…試合が始まっていませんでした。

Yさんがさっき言っていたっけ。

「テニスはだらだらと始まるし、時間通りに進まない」

案の定、四肢障害クラスの男子決勝は予定より45分遅れで終了。

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続いて、女子決勝が始まると…ほぼ男子ダブルスの開始時間。

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ラケットさばき、車椅子さばきの鮮やかなこと!

しかし、拮抗する好ゲームの中、申し訳ないが・・・

これでは、男子ダブルスの開始時間が17時過ぎになってしまう。

国枝が…斎田が…
でも、水泳のメダル候補・河合純一の出番はエントリー1番。
17時ぴったりで、水泳はすべてのエントリーが予定どおりに進む。

ここで、心の中で天秤にかける。
「テニスと水泳、どっちを取るか」

…やっぱり…

水泳を取りました。国枝達は17時までに始まらないと判断して、
15時半には、会場を後にしたのでした。とほほ…

この後、一緒に見ていたXiaomiさんによると、
試合開始はやはり17時半ごろ。終わったのは19時過ぎだったそうです。

もうちょっと、的確な時間を表記しようよ~テニス~。

日本人選手は見られませんでしたが、
選手たちの車椅子さばき、ラケットさばきの鮮やかさには
目を見張る2時間ちょっとの観戦でした。

私もあれだけコントロールが良ければ楽しいだろうにな…

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時間狂わせな・・・車椅子フェンシング

9月14日。朝。

この日は、午前:車椅子フェンシング→午後:車椅子テニス
→夕方:水泳、というハードスケジュール。

的確に日本選手を見るために、
北京残奥会のホームページで、競技スケジュールを確認。
http://paralympic.beijing2008.cn/

フェンシングの久川選手は、朝10時から試合を2試合。
11時に2試合という流れ。

テニスは3時半からダブルス・国枝&斎田の3位決定戦。

水泳は、メダル候補の河合純一、鈴木孝幸をはじめ
5時のスタートからそろって決勝に日本人が登場する。

会場はすべてオリンピック公園内。

いける!!

と、甘く予測する私。

・・・

まずは、朝10時をめがけて、国際会議中心へ。

会場は、2日前のボッチャと一緒です。

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場内に、8コートほどのコートが設けられているけど、
久川選手の試合は常に奥の方。
ついつい、手前のイケメン欧州陣を撮影してしまう。

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(なんだか今回のパラネタはイケメンの話ばかり・・・)

車椅子を固定させ、試合前にお互いのサーベルが届くか確認。

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そして、試合開始。3分以内に得点を稼いだ方、
もしくは5点先取した方が勝ちとなります。
打ち合うごとに時計が止まるので、5点先取で勝つパターンばかりでした。

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10時から試合を見た久川選手は、11時のも含め3試合で1勝2敗。
あれ?予選って5試合じゃ・・・?

と、思っていると、会場で会ったY新聞のYさんが、

「ねえねえ、久川選手、9時半の時点でもう2試合消化したって
いうけど、見てた?」

は・・・?ミテマセンデシタ・・・

どうやら、予定の時間はかなり前後している様子。
これでは、選手たちがなによりかわいそうだ・・・

とはいえ、日本の久川選手。
5試合消化して、2勝3敗、ひとまず午後の試合にも残ったとのこと。

なにはともあれ、良かった良かった。

というわけで、即効でテニスコートへ!!

そしてこの後、スッタモンダは更に続くのであった・・・

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迫力満点!! ウィルチェア(車椅子)ラグビー

ラグビーも、車椅子競技があった・・・

パラリンピックで初めて知りました(すみません)

というわけで、行ってきました。
9月13日の、日米戦。アメリカは優勝候補です。
※9月17日の情報にて、本当に優勝しました。

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さすがラグビー!というか・・・最初からすごい迫力を見せてくれました。
まずは選手入場。派手なロックに合わせて車椅子の連帯が
ものすごいスピードで入ってきます。

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そして、メンチを切ります。

練習から試合中まで、派手にぶつかっていきます。
ぶつかる時の音が、これまた大きくて派手。
車椅子にマイクがついているんじゃないかと思うくらい。

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試合は、通常のラグビーである15人制と違って4人制。
コートも若干狭く、
ボールはオリーブ型ではなくバレーボールみたいな白いボール。
得点は、ゴールエリアでのトライのみ、それも1ゴールにつき1点。

それでも、得点までのプレイたるもの、絶対経験者の集まりです。

この日は、やはり金メダルのアメリカ。残念ながら負けてしまいましたが、

16日に決まった総合成績は、7位と上々でした。

しかし激しいのなんのって・・・
改めて、パラリンピックが「スポーツ」であることを実感しました。

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「悔しい」の言葉の裏

「悔しい~。本当に悔しいよ!」

9月13日。
パラリンピックのレセプションパーティーで長富宮飯店へ。
世界中のお偉いさんが集まる会場には、
競技を終えた日本選手団のメンバーも挨拶に参加していた。

そんな中、視覚障害者柔道66キロ級で銀メダルを獲得した
藤本聰選手に感想を求めた時の第一声が、これだった。

9月7日。アルジェリアの選手と対戦した決勝戦で、
一瞬の隙から足を払われ金メダルの4個目獲得が叶わなかった藤本。

しかし、その「悔しい」には、試合に負けただけではない、
別の意味での悔しさもこめられていた。

柔道を続けていること、パラリンピックに出場することに対し、
周囲から理解を得ることの難しさを感じた場面もあったのだ。

「北京に出発する時は、みんな、僕が金(メダル)を取って
当たり前、という感じであっさり。なんだか悔しかった」

金メダルを取り続ける苦労の日々を知るのは、本当に本人のみか。
藤本は、憤慨した。

周囲の理解や協力が得られにくい中、練習をし大会に参加する
選手たちの日々の苦難は、その練習量以上の負担になっている。

「言葉じゃなくて結果で悔しさを示したかった。なのに勝てなかった。
そんな思いも募って、決勝で負けた時は畳の上で号泣してしまった」

オリンピックよりも注目度が低いパラリンピック。
自分が金メダルを取って世間の注目を集めることで、
視覚障害者柔道の認知度を広められれば、と願っていた藤本。

檜舞台で金メダルを取りたかった…藤本の「悔しい」には、
障害者スポーツの置かれている環境がまだまだ厳しいことを表していた。

「とは言っても、負けは負け。勝負だから」

悔しい思いを吐露したものの、すっきりした表情で潔く認めた藤本。
いろんな「悔しい」はあったのかもしれないが、それはそれ、勝負は勝負。
スポーツマン、かつ格闘家らしい思い切りもある。

ロンドンのことは、まだ考えられないと言うが、
まずは11月の全日本視覚障害者柔道大会に向けて気持ちを新たにするという。

試合当日。実は藤本の地元徳島では、職場と練習を続けてきた道場で、
関係者が集まってテレビ中継を見守っていた。

やはり皆は、藤本を応援している。

銀メダルは確かに悔しい。
しかし今回、日本チームで決勝まで勝ち進んだのは藤本ただ一人である。
それだけでも、胸を張って帰れる殊勲章だ。

帰国後は、彼が祝賀会で迎えられることを楽しみにしている。

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「悔しい!」を隠せない藤本聰選手・・・?

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「増える写真展」北京会場を訪問

先日、このブログにも書いたパラフォト企画「増える写真展」
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2008/09/post-5c64.html

北京会場は長富宮飯店の「ジャパンブース」にあります。

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ここは日本の「ホテルニューオータニ」が作ったホテルで、
オリンピックの時にも、日本チーム応援団ブースが設けられた場所。

さっそく行ってみたところ・・・オリンピックの時より遥かに狭い。

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それはそれで、やはり注目度が違うので仕方がないけれど、
「増える写真展」も、ちょっと写真が少ないような・・・

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壁一面に写真がびっしり!! うわあ、すごい!!

・・・とは、ほど遠いようなイメージの展示スペース。
この日は、7枚しか飾っていなかった。

不思議に思ってジャパンブースの人に、勇気を出して
「写真が少ないのですが」

と、尋ねてみるとその人いわく。

「そうなんですよね。スペースが少ないので、
実は毎日新しいものに張り替えているんですよ」

・・・これじゃ、増える写真展じゃなくて
"差し替える写真展"じゃないか!?

多少重ねてでもいいから、壁のスペースに写真が
どんどん増えていくような演出を施した方が、
見た目にも楽しいと思うのですが、係員の皆様いかがでしょうか。

・・・

ということも含めて、実は今、パラフォト&北京在住の
某企業社長さんが新たに写真展を企画中。

日程が決まり次第、またここでお知らせします。

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「溝」を埋めたスポーツ:ボッチャ観戦

9月12日。

この日は、パラリンピック「ボッチャ」の最終決勝戦。

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オリンピックセンター敷地内の会議場(!?)は、
フェンシングの会場にもなります。

この「ボッチャ」というスポーツ。
パラリンピックでは、脳性まひの障害者が参加している、
唯一の知的障害者参加型競技なのだとか。

リハビリも兼ねて、選手人口が増えているようです。

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個人戦と団体戦があるのですが、私が見たのは団体戦。

3人一組になって、白いボールを軸に、
赤いボールと青いボールを投げあいます。

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そして、白いボールにより近い方が、
相手の一番近いボールよりも内側にいくつあるかで、
「どちらに何点」というカウントが出されます。

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この写真の場合、赤のチームに2点、となります。

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そして、これを6回繰り返し、合計得点で勝負が決まります。

決勝に残ったのは、イギリスとポルトガル。
ヨーロッパ発祥のスポーツなので、どちらも強い。

的確に、白いボールの周辺に落としていきます。
相手ボールを弾き飛ばす技術まで。

それにしても、ヨーロッパ勢はおしゃれでイケメン。

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決まった時の「YEAHHHHH!」という叫び声もまるでベッカム。

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初出場だった日本チームは、早々と退散してしまいましたが、
勉強として、強いチームを視察。向上心に脱帽です。

結果は、8-4でイギリスが金メダル。
銀メダルはポルトガル、銅メダルはスペインと、
やはりヨーロッパの強さを見せられました。

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でも、その前のクラスでは韓国チームが金メダル。
アジア勢もこれから伸びてくるのでは!?

ところでこの「ボッチャ」
カーリングにも似ているのですが、
腕の動き・集中力・投球スキル、健常者も練習に練習を
重ねないと、太刀打ちできないでしょう。

「健常者も障害者も、一緒になって同等に楽しめるスポーツ」

と、長いことボッチャを取材してきたパラフォトさん。

これから開発されるスポーツも、このようなスポーツが増えれば
もっと健常者と障害者の溝が埋まるのかな?

などと考えながらも、選手達の投球スキルの素晴らしさに
思わず見とれてしまう、ボッチャの決勝戦でした。

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世界記録続出!!水立方に原因か?

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金メダルが一杯!?

いえいえ、

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実は、水立方だったりします。

今日は、パラリンピックの水泳競技を観戦。
国家遊泳中心、通称「水立方」です。

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日本人選手はこの日、50m平泳ぎ(SB3)で、
鈴木孝幸選手がお見事!世界新記録(予選)で金メダル。
(SB3=肢体欠損クラスで重い方から3番目の平泳ぎ種目)

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飛び込みも豪快。
座り込んだ状態から、足でスタート台を蹴って飛び込みました。

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そしてゴール。金メダルは確実と見て、気になるのはタイムですが・・・

予選→48秒49 決勝→49秒06 

決勝の方がわずかに遅れたものの、
2位と1秒近くの差を広げての見事な勝利。

日の丸に感動しました。

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喜びの鈴木選手。
競泳陣は、イケメンが多いですね。

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オーストラリアの選手。貴公子みたい・・・(やば)

それにしても、この日は驚きの3時間でした。

なぜなら、決勝が行われた13種目のうち、
予選で世界新を出した鈴木選手も含めると10種目で世界記録更新。

今回、水泳競技で行われる決勝の数は140種目。
試合5日目の9月11日までに決勝を終えた75種目のうち、
なんと47種目で世界記録が塗り替えられていたのです。
 
【参照:パラリンピック公式サイトより】
http://results.beijing2008.cn/WRMP/CHI/Schedule/index.shtml

実は、8月に開催されたオリンピックでも、
世界記録が続出しているのだ。この背景に、一部では
「水立方」の設計が原因にあると言う人もいたりします。

水立方のプール設計の特徴として、プールが深い。
水深が3メートルあるが、公式大会で使用されるプールは、
まだまだ2メートル前後のものが主流。
水深が浅いプールの場合、選手が起こしたプールの底へ
向かう波の跳ね返りが早く、余波が選手の動きに影響を
与えるので、逆に水深が深いプールの場合、
選手の泳ぎに与える影響も低減させそうです。

第二に、プールの幅が広い。
大会用プールは普通8本のコースがあるけど、
水立方は8コースの両側に1コースずつ増設されていました。
これにより、水面の波を和らげる役割を持つという。

水立方・・・なかなかやるな。

と、ここまで水立方の設計について書いたものの、
競泳はアテネパラリンピックでも、世界記録は量産してます。

と、考えるとやはり、
新記録を生み出す一番の原因は"選手自身"なのですね。

国際大会の中でも最高峰のパラリンピックに、
ベストの状態を持ってくる選手は多く、
その分、大会に向け、日頃と違う意気込みや熱意、
そして4年間の努力が、決勝という舞台に集められてくる。

今回は、スピード製の水着「レーザーレーサー」も
話題になったが、プール設計や水着では計り知れない、
選手達の日々の練習が、世界新記録に繋がったのでしょう。

大会を重ねるごとに、
飛躍的に競泳選手の実力が上がっている。

水泳種目も残り半分を切った。
このあと、どのくらい「破世界記録」の文字を
見ることができるか注目したいものです。

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この方向からは初めて見たかも・・・

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伴走者

パラリンピック、競技3日目。

鳥の巣で、陸上競技を観戦。

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雨がだんだん激しくなる中、決勝ではワールドレコードが続出。

決勝ごとに、満員に埋め尽くされた会場からは大歓声。
聖火台の見える位置に座っていたので、
気がつくと、通路にまで人が一杯・・・あの、出られないんですけど^^;

陸上は、障害部位ごとに、かなり細かくクラス分けされている。
以下、クラス(障害内容)で記載しながら書いてみることに。。。

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T44(義足)女子200メートルでは、
決勝に残った中西真谷選手が4位に入賞。
中西選手の前を走っていた選手が転倒したため
繰上げ4位になったのだが、バランスを崩しやすい中、
1位から4位までが28秒台でゴールインする速さで
駆け抜けるのだから、勝負の明暗は計り知れない。

T53/54(車椅子)でも転倒が目立った。
日本人選手の土田和歌子選手は、5000メートルで
11人の選手のうち6人が転倒するハプニングに巻き込まれ、
病院に搬送され全治3週間と診断された。

期待のマラソンはどうなるだろうか・・・

と、雨が激しくなってきたとき、
T53/54(車椅子)400メートルの決勝が始まった。

「ああ、転倒しなければいいけど・・・」
と、思わず心配してしまう中、選手たちは雨にも負けずに飛ばす飛ばす。
転ばずに、このスピード、しかも自分のコースをはみ出ることなく走りぬく。
日本人選手の松永選手は52秒台をマーク。

すごい!の一言に尽きる・・・

そして、私が見ていて感動したのは、T11(視覚障害)の競技。
100mと5000m、極端に距離に違いのある2種目の決勝戦。

どちらも、選手の横には「GUIDE」のゼッケンをつけた
ガイドランナー(伴走者)がいる。
この二人が、手首に誘導紐をつけて、走りぬくのだ。
そのリズム、速さ、ともにぴったり。

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100mの速さ、5000mの距離、ともに一糸乱れぬ二人三脚のように、
綺麗にそばに寄り添う伴走者。きっと、2人でかなり練習してきたのだろう。
選手の努力には、こうした伴走者の援護と、
伴走者がついて来たくなるような選手の熱さ・努力があったんだろうな。

表彰台にも、2人であがった。でも、メダルは選手だけ。
伴走者にも、ぜひメダルをあげたい気分になった。

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車椅子の人も上がれる表彰台です。

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相当やられています。

誰、とは言いませんが・・・

今朝、変な夢を見ました。

ある人と、北京のとあるカフェバーのカウンターで
隣り合わせに座った瞬間、
その人は涙を流して私にこう言いました。

「僕の銅メダルが・・・
嫁さんが寝返り打ったら下敷きになって割れちゃった」

夢の中では、その人はなぜかレスリングで銅メダルを
取ったメダリストになっていました。

で、そのメダルを寝るときも大事にそばに置いていた
らしいのですが、それで隣に寝ていた奥さんが
寝返りを打った時に何故か割れてしまったらしいです。

北京仲間の大半が知っている友人なので、

誰、とは言いませんが・・・

この2ヶ月で、相当五輪脳になっているらしいです、自分。

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帰任者が増えるたび・・・

今日は朝から雨・・・

パラリンピックの陸上競技も、試合中に大雨に変わり、
車椅子400メートルの決勝は見ていて辛そうだった。

そして試合が終わり、地下鉄に乗って
8号線→10号線→5号線と乗換えて王府井へ。

途中、雨水にすってんと滑りながらもたどり着いたのは、
中旬に帰任される某姐さんの家。

こないだまで、ホームパーティーをしたとは思えない乱雑さ・・
ま、引越しの前なんてどこもこんな状態ですね。

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しかし、北京の家は日本に比べて遥かに広い。
姐さんも、東京ではここまで広い家に住めないこと、
そもそも荷物を全部運ぶのは大変、ということで・・・

「こことここにある物は、全部持ってけ~!」

と、北京にこれからも住むであろう元気な仲間を呼んで
太っ腹大判振る舞い出血大サービスを実施。
それにお呼ばれされたのでした。

しかし、いつも政治や事件について語り合う、というか語ってくれる
仲間達のこと。出血サービスには「引越し荷造り手伝い」という
労働も付いてきていることを理解していたのは1人だけで、
他のメンバーはやっぱり冷蔵庫整理(ビールを空けまくる)をしながら、
間もなく姐さんが帰るであろう、日本の霞ヶ関の心配をしてました。

首相が退陣しても、株価が下がらない日本って・・・みたいな。

思えば、在住仲間が帰る度に、我が家には荷物が増えてきます。
そして、その道具を使う時には「これは○○さんの思い出が・・・」
などと考えてしまう・・・ことはあまりありませんが、まあ、あります。

そして、その「モノたち」は、やがて自分の家に同化していって、
やがて去るときには他の人にバトンタッチしていく。

皆さんの思い出が、最近どんどん我が家に積もってくるようです。

リサイクルショップなどがない&タクシー利用が多く
モノを運搬しやすい北京ならではの、リサイクル方法です。

でも、あまり荷物が増え過ぎると、
いつか自分が北京を去る時に、どのように放出するかを考える
必要があるので、上手に加減しながらいただくことにいたします。

あ、また語り合う場所として、その時は皆さんに
我が家に来てもらえばいいのか(笑)

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静!ゴールボールはお静かに。

パラリンピック競技2日目。
今日は、オリンピックにはない種目・ゴールボールを観戦。

会場の北京理工大学は、9月から学校が始まっているので、
敷地内を歩くと、普通の大学キャンパスという感じ。

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でも、体育館だけは宇宙船みたいだ。
遠くの北京電視台のタワーが司令塔!?

日本チームの出番は夜9時とあって、
昼間は通常の仕事をして、ゆっくりと出発。

ゆっくりしすぎて、着いたら8時10分。

ゲートはガラガラ。
昨日の柔道に来ていた人を分けたいくらいだ。

まだ、前の試合が行われているはずだから、その試合を見て、
どんなスポーツなのかを確認してから日本戦に望もう。

ところが会場の入口に行くと、ボランティアさんが
「この競技は音を立ててはいけないので、
試合中は、出入りすることができません」

なんと!前の試合が見られない!?
8時前に着いていれば・・・と地団太を踏むも、
ここは致し方ない。外でビールでも飲んで待つことに。

実際、この空き時間を利用しても、
しなければならないことはたくさんあるのだ。
原稿も書かなければいけないし、そのための
下調べもしなければいけないし、そのための
・・・試合を見なければ話にならないじゃないか!!

なんて堂々巡りを頭の中ではべらせていると、
20分過ぎに門が開いた。

「ハーフタイムの3分間だけ開放します」

よし!後半戦が見られる!!

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おお!白熱!

中に入ると、席は余裕。
パラフォトの記者さんが来ると聞いていたので、
記者席の横を陣取ると、後ろには一個連隊の
「文明拉拉隊」の皆さん。なぜ、迷彩服なんだろう・・・

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8時から行われていたのは男子イランVSブラジル。
接戦の末にイランが勝利。

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続いて、女子日本VSスウェーデン戦。
ブラジルの応援団が日本語で「ニッポン、チャチャチャ」

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お!嬉しい。思わず一緒に声を合わせてチャチャチャ。

すると後ろの「文明拉拉隊」の皆さん。
「加油!瑞典!」「加油!瑞典!」→スウェーデン。

少人数でチャチャチャしているのに、
大人数で対抗しなくてもいいんじゃないの(^^;

試合開始。ボランティアがプラカードで
「お静かに」を意味する「静」「QueitPlease」と伝える。
それは、試合中に鈴の音を必要とするからだ。

ゴールボールは、視覚障害者から生まれたスポーツ。
3人制で、コート一杯に広がったゴールめがけて、
鈴の入ったゴムボールを投げる。
相手はそれを全身で阻止し、お返しにスロー。

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時間内でひたすら投げあい、ゴールを奪った数で
勝負が決まる。一見地味だが、始終ハラハラする。

フライングディスク経験者的に言うと、
「ガッツ」というスポーツに似ている。
#説明になっていないですね・・・

でも、欧米系のスウェーデンと、アジア系の日本。
どう見ても、ゴールで3人横になった時は日本が不利。

しかも、パワーが違う。
スウェーデン選手は回転スローで威力がある。

惜しくも4点取られてしまったが、
後半で3人の隙間を突いて1点を返した!

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聞くと、これが大会初得点なのだとか。

惜しくもこの後、時間切れとなってゲームセット。

残念ながら、4-1で負けてしまったけど、
明日は金メダル候補のカナダチームとの対戦。

いや、今日の1点は明日に繋がるいい得点。
まだまだこれから、頑張れニッポン!

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シッティングバレーで出会った"応援団"

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「お~ぉお、お~ぉお」

独特な応援コールがタイムアウトの間、会場に響く。

バレーボールの日本代表を応援する
「ニッポン、チャチャチャ」のごとく耳に残りやすい。
近くにいた中国人も思わず口ずさんでいた。

そんな応援で試合を盛り上げる人たちに、
シッティングバレーの会場で出会った。

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選手の家族や友人で構成された一団を、
ひときわ大きな声で引っ張っていた立役者が、
「房州達磨」の坂本哲也(焔壱飛=ほむらいっと)さん。
タイムアウトの度に席を立ち、元気いっぱいに声を張り上げる。

実はこの応援コールも、「房州達磨」が作った
シッティングバレー公式サポートソングから採用されたもの。

日本応援団が「お~ぉお、お~ぉお」を口ずさむと、
周囲でもなぜか反応がいい気がした。

この応援コールは、選手たちの間にも知られているようだ。

女子チームの選手たちも試合終了後、
「ありがとうございました!」と客席に挨拶すると同時に、
観客の声援に「お~ぉお、お~ぉお」と応えていた。

残念ながら初戦のこの日は男女共に完敗したが、
応援団は「お~ぉお、お~ぉお」の応援を続ける。

選手たちにとっては、次の試合につながる元気の素となるだろう。

P1140948

応援団の皆さん。

『房州達磨』 オフィシャルサイト
http://www.boushuudaruma.com/


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開幕式の外野席

Shasin3

華々しく開催されたパラリンピック。

会場の鳥の巣で、会場内の皆さんが楽しんでいる頃、
チケットが手に入らなかった私は、会場に近い所で、
他にも訪れているであろう観客達と一緒に見ることに。

9月6日午後7時。

まずは開幕式の会場へ走る「オリンピック支線(8号線)」との
乗り換えがある地下鉄10号線の北土城駅へ。

すると、出口を出た時点で、足止め。
会場となる鳥の巣が豆粒ほどに見えるほどの遠さに、
ここで見ることは断念して、更に近くの駅へ移動。

今度は、地下鉄5号線の「恵新西街北口」駅で下車。
普段はここからバスで2駅ほど行けば、
「北辰橋西」というバス停で、五輪会場の目の前に着く所。

しかし、今回バスがなかなか来なかったので
(五輪期間中の車は通行規制が厳しいそうです)
15分ほど歩いて、会場に近づいていくことにしました。

会場へ近づくにつれて「立ち入り禁止」の看板と
おびただしい数の警備員。

あえなく、会場から東へ500メートルほどの所にある
「北京五州皇冠飯店」近くで見ることに。

8時が近づくにつれて、増えてくる人の数・・・

近くでカメラを構える二人組の男性は、
「花火を撮影したくて来ました」とのこと。
見ると、皆カメラを構えて、花火の出番を
今か今かと待ち構えていました。

そして、開幕式の開始を知らせる花火が上がると、
「おお!」という歓声と共に一気にシャッターを押す音。

皆さんと一緒に、ホテル越しに見える花火を収めました。

その後花火の出番がなかったので、
人だかりの中にテレビつき携帯電話を持っている方に
見せていただくと、入場行進が始まったようです。

この調子では、全部の選手が行進を終えるまで
花火は見られないだろうと判断。
1時間かけて我が家に帰ると、テレビでは、
まだ入場行進のシーンを流していました。

4000人の参加人数が物語っています。

花火を見た場所はかなりの人だかりでしたが、
身体障害者の姿はありませんでした。

でも、花火を見るだけでも「始まった」という
気持ちが一層強くなりました。

これから11日間、どんな展開が待っているか、楽しみです。

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追加販売も・・・いよいよ開幕、パラリンピック!

街のレイアウトは、すっかり秋・・・

ではなく、すっかりパラリンピックです。

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ビルにかかっている広告も、車椅子バスケなど。

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そして選手団も、取材団も、新たに北京入り。

・・・

と、そんな折、ほぼすべての競技で売り切れと
言われたパラリンピックのチケットが、
追加販売されることになりました。

ワタクシ、12競技ほどネットで買ったものの、
一番見たい7日の水泳が売り切れだったのです。

ここはリベンジ!と気合を入れて、行ってきました。

9月5日

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朝9時から市内13箇所の会場にある
チケット販売所で売られるとのことだったので、
自宅の近所にある「工人体育館(柔道会場)」へ。

すると・・・8時半前にして、行列が!!

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私の前に、15人は並んでいました。

それでも、あとからどんどん列ができてきて、
私もいつの間にか前の方・・・?

そして、8時50分。
チケット販売の注意書きを持ったお姉さんが登場。

で、確認。

「水泳チケットはありますか?」

「ありません」

・・・帰りました。

パラリンピックも、かなり人気がある証拠ですね。
9月1日の時点で、すでに120万枚のチケットが売れたそうです。

http://paralympic.beijing2008.cn/tickets/paralympic-tickets/n214587381.shtml

期待高まるパラリンピック、いよいよ6日、始まります!

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毎日増える!? 『北京パラリンピック・増える写真展』

今日は、
日本、そして北京の皆様にお知らせです。

北京パラリンピック期間中に面白い写真展が開催されます。

その名も『北京パラリンピック・増える写真展』

Nhk1

この写真は、以下のサイトよりいただきました。
http://tsunoi.info/shashinten/nhk1.jpg

これは現地からインターネットを使って配信した
写真データをプリントし、パラリンピック期間中に
日々刻々と起きるニュースを随時伝える報道写真展です。

Webサイトでも、配信画像を見ることができます。

【パラフォトサイト】http://paraphoto.org

近くにお住まいの方は、毎日訪れてみても面白いのでは??

以下、日本全国&北京での開催場所です。

北京市内(1箇所)

1)北京長富宮ホテル(中国・北京市朝陽区建国門)
7~16日/ 主催:東京2009アジアユース
パラゲームズ組織委員会事務局(東京都庁)

日本国内(10箇所)

1)モデル会場:NHKアーカイブス
(埼玉県川口市上青木 3-12-63)
4~23日/主催:パラフォト
会場アクセス:http://www.nhk.or.jp/archives/kawaguchi/access/index.html

2)ニッポン応援ストリート
(新宿駅東口の新宿MORE4番街通り)
1日から開催期間中/
主催:東京オリンピック・パラリンピック招致委員会

3)人権教育啓発推進センター
(東京都芝大門2-10-12)8~30日/主催:同センター

4)BAR-jyairo(宮崎県延岡市古城町2-8-3)
10~26日/主催:制作費0円ホームページのTORIMIND

5)横浜ラポール(神奈川県横浜市港北区鳥山町1752)
10~30日/主催:横浜ラポール

6)明石市役所2階ロビー(兵庫県明石市中崎1-5-1)
開催期間中/主催:同市役所

7)茗渓学園コモンスペース(茨城県つくば市稲荷前1-1)
開催期間中/主催:同学園中学校高等学校

8)イオン旭川西ショッピングセンター3階
(北海道旭川市7 条通13丁目60-8)
19~24日/ 主催:増える写真展in 旭川

9)スカップ軽井沢
(長野県北佐久郡軽井沢町大字発地1157-6)
6~30日/ 主催:社団法人軽井沢町開発公社

10)ビッグウェーブ 九州福祉保健大学
(宮崎県延岡市伊形町4990-2)
9~30日/ 主催:青木工業

(以下、報道資料です)

『北京パラリンピック・増える写真展』にあたって
現地からインターネットを使って配信した写真データを
離れた場所でプリントし、パラリンピックで
日々刻々と起きているニュースを伝える報道写真展です。

『北京パラリンピック・増える写真展』

2008年9月4日(木)→ 23日(祝)9:30~18:00
Webサイトにて、現地から写真とニュースを日々配信
http://paraphoto.org

主催者:
NPO法人 国際障害者スポーツ写真連絡協議会(パラフォト)

会場提供/映像提供:
NHKアーカイブス
会場アクセス:http://www.nhk.or.jp/archives/kawaguchi/access/index.html

後援:
財団法人 日本障害者スポーツ協会日本パラリンピック委員会
日本パラリンピアンズ協会

協力:
早稲田大学川口芸術学校
有限会社カワシマラボ

増える写真展は、2000年シドニー大会の際に神奈川県
横浜市で第一回目を開催し、その後、2002年
ソルトレーク大会( 1会場)、2004年アテネ大会(3会場)、
2006年 トリノ大会(9会場)と会場数を増やしながら、
2006年トリノ大会よりJPC共催のイベントとなり現在に至っています。

日本各地で、地元の有志による写真展を企画・開催してもらい、
中国北京市で行われるパラリンピックの躍動感溢れる写真により、
多くの人々に伝えるチャレンジをしております。

今回の2008年北京パラリンピック大会では、参加者が中心となって
行う参加型報道写真展として内容を充実させ、
さらに多くの会場、多くの人たちにその機会を提供し、
パラリンピック報道の一端を担うことによって、
より深く障害者スポーツを知り、伝え合うことで理解を深めて
もらいたいと考えています。モデル会場として、NHKアーカイブズ
(埼玉県川口市)始め数カ所に開催。
パラリンピックには、スポーツエンターテインメントとして魅力があると、
私たちは確信しています。障害者の社会参画促進の啓蒙を促し、
福祉を理解するきっかけとして、是非とも、増える写真展
の開催にご協力をお願い申し上げます。

「ポスター」
http://tsunoi.info/shashinten/poster1.pdf

「増える写真展についての挨拶」
http://tsunoi.info/shashinten/aisatsu.pdf

『NPO法人「国際障害者スポーツ写真連絡協議会」とは』

2000年任意団体活動を開始、2001年、内閣府に非営利特定活動法人
(事務局・横浜)。障害者スポーツへの理解を深めるため、
スポーツカメラマンやライターなどジャーナリスト、
学生ボランティアなど様々な人材で運営。パラリンピックなど障害者
スポーツ大会を中心にインターネットで写真や情報を提供 中。

増える写真展は2000年シドニー大会横浜市で初開催。以後、
02年ソルトレーク大会(1会場)、04年アテネ大会(3会場)、
06年トリノ大会(9会場)で開催。トリノ大会からはJPC共催のイベント。

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【動画】地下鉄10号線の車椅子事情

パラリンピックを控えた北京の街中

【ダイジョブ・ドットコム】
http://www.daijob.com/china/chinabiz/videorepo.shtml

に、地下鉄10号線・5号線のバリアフリー事情をお伝えしました。

P1110957_2

ひとことで言うと、「まだまだ」です。

選手の皆さんは、車移動になるので地下鉄の心配は
入りませんが、やはりお客さんでいらっしゃる
車椅子の方、目の不自由な方、足の不自由な方には
地下鉄はお勧めできません。

以下、え!(((( ;゜Д゜))) と思ったこと。
1.エレベーターに乗るときは、
  駅に電話をかけなければ動かない。

→介護者がいればまだいいけど、
 時間のない場合、手や口も不自由な方は困るな。

2.無駄な、数段だけの階段が多すぎる。
  ほとんどの階段には、昇降機もスロープもない。

→しかも、五輪会場への乗り換えの『北土城』駅でも。
 飾りだけでつけてる階段が多いのには困るな。

3.車椅子専用スペースにはまず、普通の乗客がいる。
→まあ、人が多い国なので、どいていただきましょう。

4.雨が入らないようにする工夫がないので、
  雨が降った日には入口に仕切り板が出てくる。

→思い切り、致命傷です。

確かにエレベーターの設置や、車椅子スペースの確保など
少しは車椅子を意識した作りができていると思ったのも事実。

P1110978

30年前にできた1号線・2号線でさえ、ホームに車椅子乗り込み用のマーク。

P1110973

でも、全般的に乗る駅→降りる駅のバリアフリーを
事前確認しないと順調に移動できないのであれば、
タクシーを利用した方がいいかもしれませんね。

こないだ、タクシーの運転手さんに聞きました。

「もし、障害者が乗って来たらどうしますか?」

その運転手さん、言いました。

「もちろん、手助けします。
車椅子は後部座席に乗せられるようにします」

障害者へのサービス、タクシーさんの間でも
意識向上していると信じたいです。

で、こないだ街中をタクシーに乗って走っていると、

信号待ちで車椅子対応型のタクシーと並びました。

こんなすばらしいものもできたんだ~。

Chuzuche Photo by LiuTong

でも、どうやったら乗れるのかな?

Chuzuche

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私が『神様』だったころ

それは私が本当の『神様』だったのではなく―

日本テレビ『24時間テレビ』が公開放送を行う
日本武道館で番組観覧に訪れる身体障害者の方を接待する
ボランティアチーム『神様部隊』のことなんです。
※今は『車椅子対応』とか障害別で分けているみたいです。

高校~大学の3年間、この番組でボランティアを勤めた私は、
1年目でこういう業務もあることを知ると、
2年目の受付で「神様部隊で仕事がしたい」と申し出ました。

エゴかもしれないけど、幼心に「障害者に何かがしたい」
「障害者の知り合いが欲しい」そんな思いがあったのです。

でも、私は未だにそうだろうけど、
「人の心を掴んで適切に対応する」
なんて能力に欠けて、空回りするところがあります。

実際に、車椅子を押しても、下手糞でそれを阻まれたり、
話し相手になろうとして、上手に聞き取れずに会話できなかったり、
戸惑いが顔に出て、向こうが逆に気を遣ってくれたり・・・

「自分、何ができたんだろう」

という疑問を残したまま、
大学生活の忙しさにボランティアは3年で終了。

「健常者と障害者の間には深い溝がある」

夜中に話をした車椅子の男性が、ぽつりと漏らした言葉は、
未だに私の心に残ったまま、あれから10年。

「あの頃の溝は、少しでも埋まっているのだろうか」

そんな思いで、今、ここ北京でパラリンピックを迎えます。

・・・

でも、中国に暮らしてから「溝」に対する思いが少し変わりました。

日本と中国にある「溝」なんて、永遠の話題ですから。
健常者同士で「溝」があることも、社会では当たり前。

要は、そんな「溝」をハード(設備)やソフト(心)で
埋めるのも大事だけど、「溝」があることを自覚した上で、
上手にその「溝」と付き合うこと、どこかで割り切ること、
そして、相手を理解することも大事なんじゃないかと。

すると、少しだけ「溝」への抵抗感がなくなりました。
溝を意識する気持ちが、余計に深めていたんだろうな。

・・・

先週から、日本からNPO「パラフォト」の方々が、
次々と北京入りしてきています。

パラフォト http://www.paraphoto.org/

このNPOのスタッフは、パラリンピックの選手たちを取材し、
写真と記事をサイトで紹介する活動を2002年から行っています。

「少しでも、障害者のことを社会に伝えたい―」

スタッフの方々の熱意は、きっと私に似たものがある。

・・・なんておこがましいかもしれないけど、
大会期間中は、一緒に一つでも多く会場に行って、
試合や選手の皆さんを伝えることにしました。

開催地・北京在住者としてのパラリンピック報告します。

9月の熱い夏もご注目ください。

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秋空

9月1日。

タクシーに乗ると、運転手のおばちゃんが、
「今日はいい天気ね~」とつぶやいた。

見ると真っ青な空が広がっている。

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「9月、10月は天気がいいですよね。
秋は長城の紅葉が綺麗だから登りたいですね」

と、応えて、ふと気がついた。

「そうか、季節はもう秋なんだ」

オリンピックやパラリンピックですっかり忘れた季節感。
こんな会話でふと思い出すことができた。

パラリンピックが終わったら、
また長城に行く計画を立てようかな。

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真夜中のサヨナラ

「明日で帰ることになりました」

帰宅した直後にかかってきた電話。

「え!?噂では来週って聞いていたのに」

「いえ、明日なんです」

五輪~その後の忙しさから、
8月下旬を最後に全然会えていなかった。

「そうか・・・また、東京で会えるよね。元気でね」

と、電話を切った。

でも・・・

電話の最後に聞いた
「今から行きつけだった店へ挨拶へ行く」という言葉。

時既に、12時半だけど・・・

こういう展開、結構好きなB型ペガサス(こら)。

行ってしまいました。
案の定、店に入るといつものカウンターにいた!

最後は1人でしんみりしたかったのかもしれないけど、
そんな時間を奪ってしまった申し訳なさを感じつつも、
旅立ち前に話ができて、ちょっと嬉しかったのでした。

2年10ヶ月前に初めて北京へ来て、
最初に参加した日本人の集まりで会っただけに、
私には長い、長い付き合いに感じた。

飲み会やったり、旅に出たり、研究会に参加したり。

今度はそんな経験を、東京で共有できればいいですね。

・・・

五輪が終わって、パラリンピックを待たない
特派員の記者さんを中心に、先週は送別会ラッシュ。

1週間で送別会5回は、北京へ来て新記録です。

記者をしている某姐さんの送別会では、
これまた私が北京へ来たばかりの頃から
何でもかんでも話をしてきた仲間達と焼き鳥。

そして、カメラマンさんがカメラバックに何かを詰めてきます。

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登場したのは、なんとビックリ「出前杏仁豆腐」

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普段はある喫茶店でしか食べられない代物。

おいしくいただきました。

でも、あと何回こんな経験ができるのかな~と、
最近ほろ苦いものも噛み締めるようになりました。

・・・

ま、いっか。

自分がいつ帰るにしても、今を楽しもう。

で、元北京在住仲間がどんどん東京に集合しているようなので。

帰った後でも、また馬鹿話を肴に杯を交わせると嬉しいな。

と、いう訳で上記のJさんFさん、東京でまた!再見!!

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