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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ6:根深いカースト?乞食の少女と家庭のカレー

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ダメーク・ストゥーバ。
日本では見たことないが、仏教のシンボルだって。

仏教の聖地・サールナートも近いので観光したり、
ヒンドゥー教の教堂が大学の構内にあったり、と
宗教のメッカでもあるバラナシ。

このあたりもすべて制覇し、バラナシの旅は終了。
夕方からアグラー行きの列車に乗る。

その前に、ガンガー・フジ・ホテルが
1000ルピー(2000円)でサービスするアーユルヴェーダを経験。

アーユルヴェーダの講師も務めるホテルオーナーのラージさんが
自らブレンドした油を用いて、おばあさんが丹念にマッサージ。
でも、おへその中に油をたらしたり、軽い柔軟体操をさせたり、
で、最後にはおばあさん、「頭、首、背中、胃、脚、ノー・プロブレム」と診断。
ただのマッサージではないようでした。

2時にラージェスさんが迎えに来て、駅まで送ってくれるとのこと。
その前に、ラージさんから、
「お昼は我が家の家庭料理をご馳走しますよ」とお誘いをいただいた。

前の晩も、プージャーを見た後、宿のレストランで夕飯をいただき、
親身にしていただいたラージさんの最後のご好意をいただく。
日本の話に花を咲かせて盛り上がったので、またお喋りしたい。

というわけで、
1階のフロント?前のテーブルへ行くと、おお!これぞ、The India!!

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ターリーと呼ばれるインド式カレーがてんこ盛り!

4種類のカレーに、チャパティと呼ばれるパン。
そしてライスをたっぷり乗せてくれて、満足満腹。

カレーの横に、コップに注いだ水を置いてくれたのだが、
これは飲み水だけではなく、手を洗うための水
使い古したペットボトルから注いだので、手洗い用の比重が高そう。
インドの皆さん、上手に手をスプーンのようにして食事をしてました。

私も挑戦してみたかったけど、やはり断念・・・
鶏肉のカレーを前に、チキンな性格が出てしまいました。

食事をしていた場所が、フロント前だったので、
食べながらも欧米のバックパッカー達が
大きなリュックをかついでどんどん入ってくる

みんな、手にガイドブックの定番「Lonely Planet」を持って、
ここの部屋はいくらですか?と尋ねている。
カレーをほおばりながら応対するラージさん。さすがインドだ・・・

バックパッカー達は、こうして安宿を廻り、
部屋の質と値段を確認して、その日泊まる場所を決める。

彼らに比べると、いくらこうした宿に泊まり、
電車で都市間移動をしているとはいえ、プチ贅沢な旅かもしれない。

バックパッカー以上、一般ツアー未満。である。

そんな贅沢の一つ、チャーターした車のドライバーである
ラージェスさんが、2時にホテルの前に来てくれた。
最後のお出迎え。車は牛を越え犬を越え、スイスイと駅に到着。

さらば、ガンジス!さらば、ガンガー・フジ!さらば、バラナシ!

また来たい。率直にそう思った。

今度来るときは、ガンジス河でバラフライ!だけでなく、
個人メドレーでもやってみたい
。やめろって?

・・・

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2時半には着いたのに、列車が来るのは4時過ぎ。

その間、お店もない駅で待つことになった。

荷物もあるので、手前のホームで立っていると、
5歳くらいの小さな少女がやってきた。
少女は、「あー、あー」と言いながら小さな脚を私に見せてきて、

「Give me money」

小さな脚のくるぶし辺りが、ちょっと擦り切れて血が出ている。
それを見せて「これ痛そうでしょ、ね、お金ちょうだい」と言っているのだ。

またか・・・インドに来てから、かなり遭遇しているのが乞食である。

北京に住んでいても、大使館前の通りなどを
マクドナルドのコップを持った乞食風の子供にしつこく金をせびられた。
そんな経験は腐るほどあるので、かわし方には慣れたつもりだ。

だがここで、中国とインドの乞食でちょっと違うのは、
中国の場合、地方出身など住んでいた地域や親の仕事などの
経済的格差に起因することが多いこと。
なので、本人の努力次第では一代で富を築くこともでき、
チャイナ・ドリームという夢を描くことも実力でできる。

しかし、インドの乞食はカースト制度に起因することなのだ。
すでに廃止されているはずの制度だが、生まれた時から
決まっている自身の位を、簡単に覆すことはできない。
いくら頑張っても職業や経済力を変えることはできないのだ。

それが、カーストの運命なのか・・・

そして、乞食はその枠外の「不可触民(アウトカースト)」
インド人口の1億がこの身分にあるというが、
それだけの人が、乞食だったり身分の低い仕事に就いている。

※ちなみに、外国人女性もアウトカーストにあたるので、
外国人女性は、インド人にレイプされようと殺されようと
関係ないよ・・・と、旅の前に教えられ、引きつったものである。

カースト。。。
家庭でおいしいカレーをなんの苦労もなく食べられる子どももいれば、
自分で日銭を稼がないと食べていけない子どももいる。

理解しないとは言わないが、かといって、お金をあげたらきりがない。
切ないしかわいそうにも見えるのだが、無視を決め込むしかない。

少女は、いくら私が白を切っても、何度も何度も何度も脚を見せてくる。
5歳、いや、3歳くらいなのか・・・言葉が足りない。

持っていた飴をあげると、その飴をしゃぶって喜んでくれたけど、
しゃぶりながらも、「Money,money」
私のそばから離れようとしない。

なんだか気になって、少女を黙って見ていることにした。
少女はちょっと微笑んで、でも、お金以外の言葉を発せず、
私のそばで階段の手すりに登ったり、しきりに脚を見せて痛そうにしたり。

それでも、黙って見ている私。
少女はたまりかねて、他の人の所へ行って、同じことを始めた。

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あまり、人の多いところにいるもの疲れたので、
2階に登ってみると、すんなりとくつろげるスペースを発見した。

眺めもいいし、静かだ。
本を読みながら、列車が来るのを待つことに。

そして5時前。30分ほど遅れて列車がホームに入ってきた。
停車時間中に、自分が乗る車両を見つけて乗り込まなければならない。

「B1」と書かれた車両を探してみると・・・・ない

行き先も、ヒンディー語のみでわからない。
ホームにいた係員にチケットを見せて、B1の車両を尋ねると、
「6両後ろだ」との回答。急いで6両分走ると・・・やはり、ない。

焦る私。再び戻って、違う係員に同じ質問をすると、
「6両前だ」

・・・おーい、いい加減なこと教えるなーーー!!

果たして6両前に行くと、そこまで係員が来てくれて
しっかりここだよ、と指し示してくれた。

ギリギリセーフ!!
乗り込んだとほぼ同時に、列車は動き出した。。。。
ああ、寿命が縮んだ。インドで過ごす間に何年寿命が縮むだろう。

バラナシにいる間に寿命が来なくて良かった(汗)

それにしても、車両番号くらいはっきり示してほしいものだ。
「A1」「B1」「C2」がまったくもって順番になっていない。
これでは間違っても仕方ないだろう。

こんな間違い回答をしても、
インド人は「ノー・プロブレム」、で、中国人も「没問題」

乗り遅れたら、中国人は「没方法(方法がない)」で、
インド人は「ノー・プロブレム」

インド人の方が、いささか楽観的である。

列車に乗り込むと、またまた隣のベットは
あの2人組のお姉ちゃんだった。

「列車の入るホームがどこかわからなくて、大変でした」

The India!! 
やっぱりここは、インドなんですね・・・

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呑気に列車の写真など撮っている場合ではなかった。

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