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高崎商業高校☆甲子園春のセンバツ出場!!

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母校の高崎商業高校が、
3年ぶりの甲子園出場を果たしました!!

インドから帰ってくる飛行機の中で読んだ
新聞で発見した私は、機内で思わず大喜び。

群馬に帰ってまったりしている時に、
様子を見に行ってみると、既に垂れ幕が・・・
やっぱり、スポーツ強豪校。他のスポーツも全国大会に出てます。

あれ?こんな時計台あったっけ?
というほど久しぶりに訪れたのですが、他は
あまり代わり映えしませんでした。そりゃ、たった数年ですから。

そんな高崎商業高校の近くに、こんなかわいらしい
お店が出来ていたのか・・・と、いうわけで行って来ました。

『りんでんばーむ』というお店です。

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パスタセットもおいしかったですが、
デザートセットを人数分頼むと、
ででーーんとまとめて持ってきてくれました。

これには姉の子ども(4歳)も大喜び。

母がセレクトし、姉家族と5人で訪れたお店なのですが、
多めの人数で行って、これを見せたかったそうです(汗)

お店紹介:『りんでんばーむ』
住所:高崎市新保町69-1
電話:027-350-1535

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高崎駅の入口にも、こんな垂れ幕。
高崎市あげての大喜びですが、関係者以外の反応は・・・?

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日本で春節!?-その3- 鎌倉で初梅鑑賞&湘南のカレー屋『珊瑚礁』

鎌倉は、落ち着きたい時に訪れる憩いの街です。

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一足お先に、梅の花でも咲いていないかな~・・・
と、やってきたのは『建長寺』です。

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咲いてる咲いてる。

梅もキンモクセイも得体のしれない花もいっぱい咲いてます。

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建長寺の一番奥・半僧坊へ到着。

・・・と、同行した寄り道のスペシャリストが、
「もうちょっと、寄り道しない?」
ということで、天狗さんの後ろ側をお散歩することに。

予定時間では、1時ごろに瑞泉寺へ行くつもりなんだけど、
この時点で時既に1時。

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鎌倉の海が見えます。
三方向を山に囲まれ、一方向に海がある鎌倉。
山があって海がある景色は、神奈川県の海沿い都市の特徴?

三方向を海に囲まれ、一方向に山があるインド
ある意味似ているなあ(似てないって!!)

山道をてくてく。

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花を見つけると、自然と足が止まって撮影。

ああ、花に出会う度に予定時間に遅れる。
花がないことを祈りつつ、これから先を急ぐ・・・

ものの、すぐに登場する鮮やかな魅力的な花達。

「うわ!また花が出てきたーー!!」

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でも、そうこうするうちに何とか瑞泉寺に到着。
ここでも・・・花が一杯咲いていました(汗)

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椿、ですね。

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鎌倉からやっと解放された我々。
続いては、江ノ島電鉄に乗って湘南へ

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そう!なんといっても海に沈む夕日!!
ここは七里ガ浜駅近くの海岸です。

そして、七里ガ浜といえば・・・

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『珊瑚礁』というカレー屋!
ここは、夜7時以降になるとウェイティング状態になるので、
早めにくるのが味噌!・・・でなくカレーをおいしく食べるコツです。

とはいえ、5時に来たのは早すぎたかな・・・?
店内はまだガラガラでした。

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この味に、数年ぶりの再会。
インドのカレーもおいしかったけど、日本のカレーもおいしいですね。
え?中国のカレーは?って・・・

今日のエントリーは、息抜き専門。
満足、満足の鎌倉なのでした。

お店紹介 『珊瑚礁』
住所:鎌倉市七里ガ浜1-3-22
    (国道134号線沿い・七里ガ浜駅下車徒歩3分)
電話:0467-31-5500
営業時間:11時半~22時

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日本で春節!?-その2- 横浜中華街でも新年快楽!

新正月は四川省、そして旧正月は日本。
かなりバタバタだったので、気分だけでも旧正月・春節気分を。

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と、いうわけで、昼から夜まで横浜中華街に
新年気分を味わいに行きました。

旧正月といえば、爆竹と花火。
北京では、かなりな銃撃戦が繰り広げられているかと思いますが、

いくら中華街といえども、ここは日本。
爆竹なんてできないだろうな~と思っていたら、

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専用のハコに入れて危険が無いように鳴らしていました。
中国では「紙が散らかる」のがポイントらしいのですが、それは無し。 

それでも、爆音の炸裂音は、中国の正月気分に。

で、爆竹のそばには龍舞。
何チームかが中華街のお店を一軒一軒まわっていました。

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お店というお店に入って、柱を噛み砕いて行きます。迫力あります。
マチュアカメラ愛好家さんや観光客が沢山取り囲んでいました。

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横浜中華街唯一のお寺「関帝廟」でも、
線香を上げる人で行列ができていました。

そんな訳で、旧正月をちょこっと堪能してきました。

ある意味、初めての経験でした。

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日本で春節!?-その1- 池袋『大宝』で新年快楽!

1年前に続いて第2弾。
里帰りに、懐かしの元北京組を集めて
日本の中国・池袋北口で春節を!

今回は、池袋「大宝」に行きました。

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集まったメンバーは、
昨年から2年連続のだーれんさん 、みんみんさんに加え、
ここ1年の帰国組である福島さんじゃんすさん
りんずちゃん、天天ちゃんという面子。

日本にいながら中国語で点菜(注文)をし、
みんなで久々に中国トーク。
店員さんも中国語が聞こえて嬉しかったのか、
私たちに話しかけてきて、すごく楽しかったです。

すると、テレビまでが「CCTV」の年末番組「春節聯歓晩会」を流していました・・・
どうやって放映しているんだろう。ロケフリ?※写真がなく、残念!

店内だけは、中国ワールドが展開されていました。

メニューも中国のレストランでお目見えするものばかり。
ただし、値段は日本プライスでしかも高めに設定。
在日本中華料理の水準だ・・

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昨年訪れた「知音食堂」はかなり中国アンダーグラウンドでしたが、
「大宝」は、地上派??本場のローカル中華屋という感じ。

爆竹や花火を武器にした銃撃戦はさすがにないけど、
大晦日気分を味わいました。

皆様、日本へ帰っても請多関照!!

お店紹介:『大宝』
住所 東京都豊島区西池袋1-44-10花鳥風月ビル1,2F
電話 03-3971-5668
営業時間 11:30~24:00


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その日の昼は、ホテルメトロポリタン最上階25階のバーで
インド帰りにも関わらず、紅茶を一杯。
富士山は見えなかったけど、180度に広がるパノラマを堪能。

やっぱり日本は綺麗だね。

あれ?去年も同じことやっていたような・・・

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インドでわしも考えた

ガンジス河の朝日

ガンジス河に昇る朝日と
暗闇で死者を弔うプージャーの祈り

"タージマハル"という巨大なお墓で組んだ座禅

栄枯盛衰を語る遺跡の数々

インドの至る所にある様々な宗教の寺院で祈る無数の人々

原色のバザールで生活を共にする人と、
牛と、犬の洪水

宿命のカースト

夜行列車のホームで寝食し席を争って待つ人々の
その行きつく処への想い

生と死を、そして人生をわかりやすく見せてくれる国

インド、そのものが生きている

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ14:ただいまニッポン!まずやりたいことは・・・

いよいよ今日は帰国、という1月24日。
朝5時。モーニングコールでお目覚め。

6時半、ホテル⇔空港のシャトルバスが出発。
空港でちょこっと「タイにも行ってきたんですよーーー」
とアピールするためのお土産を少し購入。

父親には、「タイガーバーム」という肩こりの塗り薬。
これ、父が25年前に香港へ社内旅行で行った時のお土産でした。
#懐かしんでもらいました。

定刻どおりに、8時半にフライト。

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6時間の空の旅を無事に過ごし、
時差2時間を合わせて16時・・・終に成田空港へ到着。

成田空港で日本語を聞くと、私の外国語頭は瞬時に日本語に戻り、
「日本に帰って来たんだ~」という感慨を覚えます。

これは、北京から帰ってくるときも同じです。
だから英語も中国語もすぐに忘れるのか・・・

長かった・・・夢のようなアラビアンナイトは、ここで終わりました。
この1週間、非日常的な時間を過ごしたと同時に
旅先で一緒に過ごした人との、不思議な空間が余韻に残りました。

異国を訪れる時はいつも、心の中に違う自分が生まれます。
それは、いつにも増して「親兄弟がいないこの土地で死んでたまるか」
という、生への執着。北京でも常に意識していたことだけど、
今回は、そんな生死について深く考えさせられるインドへ行ったからこそ、
「生きている」ことを改めて認識し、
自分が生きていることへの感謝を禁じえませんでした。

やっぱり、「インドでわしも考えた」

・・・ということを想いながら、
インドで一番できなかった「あったかい湯船でゆっくり風呂に浸かる」
ことがしたくなって、冬物の荷物を置かせてもらった家の近くにあるスーパー銭湯へ。

ゆっくり風呂に浸かって、本当の本当に、日本に帰ってきたのでした。

嗚呼、風呂文化ニッポンに、万歳!

そんな活力を取り戻して、もう一言。

「我再一遍想去印度!(もう一回、またインドに行きたい!)」

あれ?これ、英語でなんて言うんだっけ???

(終わり)

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ13:もう慣れてるから・・・タクシートラブル

朝8時。
出発前に、最後のメインバザールを見物。

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牛さんたちに別れを告げて、タクシーは一路空港へ。

流れる景色の中に、空港と街中を結ぶ線路が・・・

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今度来るときには、もっと便利な街になっているんだろうな。
半年以内に来てもだめだろうけど(汗)

痛い思い出で始まったインド・マハトマガンジー空港。

出国審査のカウンターへ行くと、
「これこれ、この書類を書いて出してください」
と、出国カードを渡される。

チェックインの時、何も渡されなかったよ~。
後ろの方に、紙と記入する場所があったとは言うが、
そんなの気づかなかった。

「はぁい、じゃ、あっちで書いてきます」

と踵を返したところ、係員さん「ここで書いていいよ」
・・・確かに行列が全然できてない。

1時間かかった入国の時とまったく違う。

空港は、結構小さくて、登場口は全部で10くらい?

そして11時。
今度は無事定刻どおりに飛行機が離陸。

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アラビア諸国を思わせる石の家々を眼下に流し、
インドの土地を後にしたのでした。

さらば、インド!

ラジェンダさん、ラージさん、皆さん、

また来るからね~~!!

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ミャンマー上空あたりで見たから、これは「イラワジ河」かな?
私にはどれも「地球」という回答しかできないけど、
「地球は一つ」ですから、まあ、いいか。

続いて訪れたのは、これまた痛い思いをしたタイ・バンコク。
到着は、これまた無事に定刻どおりの17時半。

スワンナプーム空港は11月のテロなど忘れたかのように、平和。

ここから、今夜予約したホテルまでは
ワン・メーターで行けると聞いて、順番待ちをしていたタクシーに。

タクシーの天井を見ると、ブッダの写真やイラストが一杯!
「わ!あなたは仏教徒ですか?」
と尋ねると運転手さん、「Yes!」と元気に返事。

テンション高い運転手さん、そのまま走り続け・・・
目印だったはずの「セブンイレブン」を遠慮なく通過!!

「おいおいおい、今、過ぎたよ!」

「ノー・プロブレーム!」と、走り続ける。

いや過ぎたって!

こいつ、ぼったくりか!!

とっさに「Turn!」と何度も主張するが、延々と走る走る。
何度も何度も「Turn!」と言ってやっと引き返してもらうが、

「Go ahead!」

と言っているのに、無視。
だんだん、運転手の態度が変わってくる。

たまりかねて、携帯電話で宿泊する予定のホテルへ。
「Hello,This is todays guest.
Please tell taxi driver to go to your hotel the road,is OK?」
(本当はPlease tell to taxi driver how go to your hotel かも)

「OK」

ドライバーに電話に出てもらい、道を教えてもらう。
かれこれ、そんなことを2回繰り返し、やっとホテルに到着。

ワン・メーター(35バーツ)と言われたのに、メーターは123バーツ!
道を知らなかったとはいえ、「わざとか?」というほど延々走り続けた行為に
不可解を覚えたので、100バーツ以上は払わないと頑として誓う。

100バーツだけ払って、さっさとフロントへ。

すると、今度はドライバーが血相を変えて、
「メーターは123バーツだ!23バーツ足りない!」と抗議に駆けてきた!?

「なに言ってんだよ!You mistake!我不想交銭100バーツ以上!」

あれ?英語では何て言えばいいんだ・・・・?

ともあれ、中国に住んでいるとタクシーとのトラブルは腐るほど経験している。
#ドライバーにとび蹴りくらったこともあったし。
何しろ今は、こういうのにもっと慣れているホテルの従業員の前。
全然怖くはなかった。

果たしてフロントのおばちゃんがタイ語で、
「あんた、いい加減にしなさいよ!」みたいなことを言ってくれたので、
ドライバーは自分の車を力まかせに「バーンッ☆」と叩いただけで
すんなり諦めて退散。 

こいつ、本当に仏教徒か・・・ブッダが聞いたら呆れるぜ。

何はともあれ、無事にタイで腰を落ち着けられる。

チェックインも終わって、バンコク市内見物へ・・・と、
フロントのおばちゃんに街中までの行き方を尋ねると、
「ここからは、地下鉄の端っこでもタクシーで45分以上かかるよ。
街中のカオサン通りまでは・・・1時間以上かな」

時間がかかることより、渋滞状況とタクシーに抵抗を感じたワタクシ。
即座に「街へ行くのはやめよう、疲れるだけ」と判断。

ホテル周辺で夕飯を食べ、スーパーでお土産を買い、
ホテルでオイルマッサージを頼んで充実した夜を過ごしたのでした。

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タイヤタイ・・・タイの屋台。

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タイスキと、タイ風オムレツ?

インドで色々スリルを味わったから、
最後の夜くらい、落ち着いた方が正解だったかもしれませんよね、ね!

タイは、インド・デリーよりも常夏の国なのか、
宗教の違いか、お姉ちゃん達の服装もノースリーブ。

あまりの暑さに、ホテルの部屋では蚊がブンブン飛んでいて、
ちと寝不足だった、最初で最後のタイの夜を過ごしましたとさ。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ12:インド最後の”アラビアン・ナイト”

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北京市郊外の世界遺産・フマユーン廟へ。

郊外とはいえ、アグラーのファティープル・スィクリートほど
遠い訳ではなく、車で40分くらい。

「中はとても広いから、1時間くらい見たほうがいい」とドライバー。
では、1時間くらい・・と、いうことで、入場。

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いきなり、野良犬が登場!街中の犬と違ってどことなく活発で、
おっかなびっくり!建物の入口を門番のように見張っている
お犬様・・・お願いだから、穏便に、穏便に。

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フマユーン廟は、ムガル帝国2代目皇帝のフマユーンが作った、
インドの首都においてムガル帝国を知る唯一というほどの建物です。

他のものは、大体アグラーなどの違う都市にあるから。

どこの建物の中も、棺がモニュメントとして置かれていました。

なんでだ・・・

そんなフマユーン廟に、修学旅行らしきインド人学生の団体が、
「わぁーーーーっ!!」とおおはしゃぎしながら登場。
子供というのはどこも元気だなぁ・・などと思っていると、
一人の子が「一緒に写真を撮ってもいいですか?」と来た。

「OK」と応えて、ならばこちらも・・・と、カメラを渡すと、

クラス中の子供達が大集合!こんな写真ができました。

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・・・
見物を終えて、街中へ。
都心部をぐるりと廻ってから、デリー現地の人もお勧めの
最大土産屋「セントラル・コテージ・インダストリーズ・エンポリウム」へ。

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7階までの建物が、すべてお土産屋という豪快さ!
大体がインドチックな、、、伝統的なものばかりで、
「これは、日本人は喜ぶかな・・・微妙」という印象もあったけど、
「ガネーシャ」という神様の置物や、アロマキャンドルなど、
小さくて、持ち運びしやすいものをたくさん購入。

買い物の仕組みは、初めて見たやりかたで「??」
レジでお金を支払うと、商品はそのままお預け。
レシートだけ渡され、最後に1階の「商品受け取り所」で
買ったものをすべて受け取るというシステム。

さくっと買って、さっさと帰りたい人には不便かも。

買い物を終えると、あっという間に夜に。

インド門のライトアップを見たかったけど、
ラールキラー同様に共和国記念日(Republic Day)のため、
26日までは近くへいけないとのこと(涙)
ドライバーさんが、走りながら見える所を2回ほど通ってくれました。

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連続シャッターで、このくらいの写真が取れました。
※もちろん、この写真は門の部分だけを切り抜いています。

そ、し、て・・・

「ここまで観光できたんですけど、旅行中に一度、
地下鉄に乗ってみたかったので、帰りは地下鉄で帰ります。
コンノートプレイスで下ろしてください。」

ホテルのあるメインバザールと、
コンノートプレイスが、地下鉄1駅
で行けることを
あらかじめ調べていたので、冒険したかったのである。

するとドライバーは、
「OK.乗ったらメインバザール駅で待ってるよ

あ、いや・・・ホテルまで歩いて帰れますよ。

「いやいや、あの辺りはスリも多いし危険だから、
車でホテルまで帰った方が安全です。安全、第一ね」

とのこと。

そこまで護衛してくれる旅、初めてです・・・

何よりも安全第一ってガイドさんの方が言うとは、
ほんとうにサービスがすごい!
というか、インドってやっぱり危ない国なの???

ひとまず、危ないことは避けよう、と、
駅での迎え時間を7時半と決めて下車。

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コンノートプレイス。円形のショッピングモールで、
パルテノン神殿のような柱には電飾がピカピカ。

これまで行ってきた、バラナシやアグラーが
懐かしくなるほどのギャップ。都会の様相をした人々
同じインドとは思えない。

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地下鉄は、日本の技術が導入されているそうです。
乗ってみると、清潔で安全柵などもついていました。

ガンジス河周辺の人たちが見たら
卒倒するんじゃないかな・・・(いやいや)

という訳で、あっさりとメインバザールの駅に到着。
ものすごい人ごみと、本当のごみと、犬がうじゃうじゃ。

入口でハラハラウロウロしながら運転手を待っていると、
目の前に、それは颯爽とやってきた!! 
「Hey!Ride on!」 
・・・まるで、スーパーマンのようでした。

安全無事に、インド最後の夜を過ごす「Please Yes Cottage」へ。
オーナーのラジェンダさんが、「夕飯でもいかがですか」と
誘ってくださったので、ラジェンダさんとの会食を楽しみたい。
と、思った私も「同意!(じゃなくて Agree!)」

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一緒に近くのレストラン、「グリーン・チリ」へ。
アフガ二・チキンに、本場インドカレー(ナン付)をご馳走になって、
お腹はすぐに一杯になってしまいました。

ラジェンダさんが経営する「シゲタトラベル」の由来ともなった
Sさんは(バレてるって・・・)、実は私の古い知り合いというご縁。

その日本人と興した会社は、インドにありながら、
日本人への心地よいサービスを提供してくれる旅行会社、
今や有名なガイドブックには必ず登場するほどになった。

設立当初、2人はどんな思いで会社を興し、
インドで千夜を過ごしながら、会社のことを考えたのだろうか・・・

王様とお姫様のロマン漂う国で見たインド。イスラム。ガンジス。
すべての思い出を走馬灯のように駆け巡らせながら、
最後のアラビアン・ナイトが更けていきました。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ11:突然のサイクルリキシャと中国学生

数日振りのデリー駅。

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列車を下りた所(もちろんホーム)で待っていてくれたドライバーさんと、
シゲタトラベルのある「Cottage Yes Please」へ。

久しぶりに、オーナーのラジェンダさんと再会。
「楽しかったですか?」

いやあ、もう、スリルとスッタモンダの連続で、、、
バラナシもアグラーもドライバーさんが手厚く守ってくださって、
ここまで安心安全に帰ってくることができました。

そして、この日はインド滞在最終日。今日の目的は・・・
初日に、飛行機が降りられず観光できなかった、この街。

デリーを観光しなければならないのである!!

この日行きたいところを、ドライバーさんに告げる。
・ラール・キラー
・ジャマー・マスジット
・フマユーン廟
・コンノート・プレイス
・インド最大のお土産屋
 (セントラル・コテージ・インダストリーズ・エンポリウム)
・アップ・キ・パサンド
 (インド一の高級紅茶店)

で、まずはお昼時だったので、先にメインバザールにあると
ガイドブックで紹介されていた日本語のできるインド人経営の
日本風カフェ「クラブ・インディア」へ。

シゲタトラベルから、にぎやかなメインバザールを通り、
牛を掻き分けながら10分ほど歩くと・・・ありましたありました!

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珈琲ばかり飲んでいたので、ためしに紅茶を注文。

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・・・お湯にティーバックを突っ込んだ状態で、15ルピー。
そりゃないよ!!!

とりあえず、おいしく料理はいただいたので、満足。
シゲタトラベルに戻り、車に乗って最後の観光スタート!

先に向かったのは、「ジャマー・マスジット」
駐車場があるそうだ。。。

が、先に「地球の歩き方」を読むと、
12時45分~13時45分までは休憩で入れない。
今はまさにその時間。

「ねえ、今は13時45分まで入れないって聞いているんですけど・・」
と言ってみるが、ドライバーさんはすまし顔で
「大丈夫。ノー・プロブレム」

あれ?大丈夫なの?

ならば大丈夫なのだろう。
現地の人の言葉を信用して、ひとまず現地へ・・・

行くと・・・

「今はお昼休みだから、入れないよ。ノー!」

やっぱり駄目じゃん!!

ドライバーさん、愛想笑いもせずに「駄目なの?」
だから駄目だって、私、今言いましたよ!!

ま、よくあることなので、ノー・プロブレムにしておきます。

というわけで、先にラール・キラーへ。

ドライバーさんは、ちょっと離れた公共駐車場へ移動。
そこで、なぜかドライバーさんは先に下りて、どこかへ消えた。

・・・ん?ん?ん?

で、下りてみると、そこには一人のサイクルリキシャが!

「ラール・キラーには駐車場がないから、
これに乗って行って下さい。では、1時間後にここで」

おーーーーー!そういう話ですか。

で、しっかり100ルピーという金額まで決まっているじゃありませんか。

またも狐につままれたような気分になって、
でも、遠いみたいなので「没方法」、とばかりにリキシャへ。

ラール・キラーは見学するのにどのくらい時間がかかるだろう。
などと考えていると、リキシャの運転手さんが話しかけてきた。
「○○○・・・今はクローズ

ん?はい。マスジットは今はクローズですが。

「22日~26日まで、クローズ」

え?いや、午後になったら開くって言ってましたよ!

何を言っているんだよう。何がクローズなんだよ。
ちょっと不可解な説明に、頭の中がちょっと混乱。

そして、ラール・キラーへ到着。
運転手さんが、「じゃ、入口の写真を撮ったら戻っておいで」

いやいや、見学したいんですけど!

まったくもって、なんで写真しか撮らせないんだよう・・
と、訝しげに門の前まで歩いていくと・・・

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ラール・キラーがクローズしていた・・・(汗)

どうやら、インドでは1月26日が共和国記念日(Republic Day)で、
この日に備えて、今日1月22日~26日までは
ここの広場で式典の練習か何かが行われるらしい。

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中国の春節も今年は1月26日が元旦。同じ日なので
インドでも旧暦を採用しているのかと思ったら、違うんですね・・・

ドライバーさんたちも、今日知った話だったそうです。

こういうのもまた、インドですから。ノー・プロブレム!!

と、傍らにアジア風の女の子が困った顔をして、
「Today,we cannot see?」と尋ねてきた。

そうみたいね・・と、応えながら、

「Where are you from?」何気に聞いてみると、
「China」

おー!チャイナですか!!

この瞬間、私の外国語頭は中国語にスイッチ!

・・・できずに、英語交じりのシドロモドロ中国語
「あー、I am sorry、じゃなくて対不起
我一直在印度、所以・・・没出来漢語~(中国語が出てきませ~ん)」

とはいえ、少しずつ話していくと、目茶目茶なまでも
中国語が次から次と頭の中に復活してきた
ので、会話になった。

彼女は、春休みを利用して一人旅に来た女子大生。
夕べ着いたばかりで、これから1ヶ月の予定でインドを廻るそう。

で、そのスタートに選んだラールキラーが閉まっていて、
出鼻を挫かれた格好になったわけか。。。

出鼻を挫かれたのは、初日に飛行機が降りられなかった
私も同じこと。インドはこのくらいが、インドなのかも。

なんて話をして、別れた。
「一路平安!Have a nice trip!」

で、決して平安な旅になっていない私も、
再びリキシャに乗って走り始めた。

マスジットの開門まで、まだ時間がある。。。
と、思ったリキシャの運ちゃんが、不思議な所へ。

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こ、この商店街はなんだーーーー!!?

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どうやら、ジャマー・マスジットの仲見世通りにあたるらしいが、
(浅草寺の仲見世みたいなものか)なんでこんな所を通すんだ。
運ちゃんはこれを本人なりのサービスだと思っている・・・らしい。

人人人、看板看板看板、商店商店・・しかも渋滞。
リキシャの運ちゃんもぶつかりながら進んでいく。
ぶつかるのも、当然のことらしいが、怖い。

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子供達の通学リキシャ。可愛かった。

そうこうしているうちに、マスジットが開門したので、見学へ。
入場料無料。ただし、カメラの持ち込み200ルピー
・・・そのまんま入場料やんけ!

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思う存分、撮影させていただきました。

リキシャの運ちゃん、一生懸命走ってくれたけど
非常に効率が悪かったし、要らぬ所まで廻ったな・・・

しかも駐車場で車に戻り、100ルピーを払うと、
「たくさん走ったんだから、もっとくれよ」と来た。

こっちは、効率悪いサービスに苛立ったのに筋違いもいいところ。

「Your work is too loose!」

一言反論してみたら、あっさりと引っ込んでくれた。

「もらえるかわからないけど、言ってみよう。」
という気持ちだったのかもしれない。

最初に決めた値段でも、交渉したものでも、
終わった後で高めに言うのが、インドのお決まりみたいだ。

で、それに対してどのように対応するかは、旅行者次第。
旅行者は考えて、お互い折り合いをつけるように交渉する。

商品を買う時と同じように、こうしたサービスでも、
人と、人のぶつかりあいの結果で値段が決まっていく。

これも、インドである。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ10:世界の車窓から~インド鉄道編

1月22日。朝6時。

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太陽が目覚める前に着いた、アグラー駅

ちょっと遅れたものの、時間どおりに電車は出発。
特急ならば2時間で到着するものの、
今回選んだものは、各駅停車。3時間半はかかります。

ま、気長に行きましょ、長い人生。

なんていいながらも、ここはインドですから
そんなこと言わなくても、気長に・・・遅れていく訳です。

夜行列車じゃないので、今回はシート。
壊れていても、ノー・プロブレムです。

ひとまず、窓の風景をご案内。

テレッテッテッテテーレテ~♪
『世界の車窓から』 今日は、インド鉄道からお送りします。

窓が黄ばんでいたので、
どことなくノスタルジーに仕上がっております。

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駅。

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ホームも、生活の場所になっています。

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線路と至近距離で、街が展開されています。

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学校も、線路沿いにありました。

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牛と、犬と、人が一緒に暮らしています。

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今日は、いい天気になりそうですね。

・・・

そういえば、3年前の今頃は、こんな車窓を眺めていました。

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中国は、黒龍江省のハルピンです。
http://emmybbc.main.jp/30haerbin1.html

気温差、50度はあるでしょうか・・・

・・・

そして、列車は30分以上遅れてデリー駅へ到着。

ま、これもインドですから・・・

ノー・プロブレム!

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ9:アグラーで演出写真&演説映像

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車とリキシャを乗り継いで、やっとたどり着いた
『ファティープル・スィクリート』

その昔、ムガル帝国の5代目皇帝が、
14年間だけ住んだというお屋敷とムスクは、
あまり使われなかったためか綺麗に保存されていた。

そんな廃墟でやったことは・・・

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演出写真(汗)

タージマハルに続いて、モデル仕事
・・・でなくて、お馬鹿キャラ全開です。

写真を撮ってくれる人に、自分で決めた構図を教えて、
「こんな風に、ここから構えてね、はい、1.2.3!」

カシャリ☆

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かつては、こうやってお妃様が
この風景を眺めていたんだろうな。

と、思うと、ここに佇む自分が、
悠久の歴史へ旅立ったトラベラーになった気分である。

ムスクの前に行くと、勝手に帽子を被らせてくる兄ちゃんがいた。
「中に入る人は、この帽子を被ってください」

はいはい。ふむ、お妃の愛用していたベットか。
・・それだけか。さっと見終わって、退散すると。

「帽子代、10ルピー」

おーーーい。なんちゅう商売じゃ。
でも、まあ癪になるのもなんなので、
「では、一枚撮らせてください。笑って~」

カシャリ☆

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お疲れ様でした。

・・・

再び車は、アグラーの街中へ。

タージマハルの時から、運転手の兄ちゃんはしきりに
「マルベル、マルベル」と繰り返す。
「アグラーのお土産はマルベル(大理石:正しくはマーブルだが
ヒンディー訛りでマルベルになるらしい)だよ」

と、何故かマルベル屋に連れて行く。

そして、お店からは暇を持て余していたかのように、
数人の男性がわっと出てきた。

彼らが早口で、マルベルの説明をしだす。

ちょ、ちょっと待って!ここは丁寧に・・

「To tell the truth,I don't need Marble. I want to buy Postcard,tea,,,,」
(実を言うと、私は大理石は欲しくない、ポストカードと紅茶が欲しい)

運転手に告げると、
「こう言っているからさ、先にそのお土産屋に行くよ」
とマルベル屋の兄ちゃんたちに告げて、車を別の店に走らせてくれた。

そして着いたのが、
「The BUDDHA The Teashop」というお店。

紅茶だけでなく、仏教の置物やポストカード、
マグネット、Tシャツなどが揃っている総合お土産センターだった。

オーナーのおじさんは日本語ペラペラで、しかも
「強引には買わせません。信用大事ですから」

インド人もびっくり!・・・いや、日本人がびっくり!
日本人の心を突いているこの人!

申し訳ないけど、お土産は最後のデリーで
買おうと思っていたので、ここではアグラーにまつわる
タージマハルの絵葉書と、マグネットを買って終了。

そして車に戻って、運転手さんに
「お土産はもういいです。大理石は要らない」
繰り返すと、運転手さんも「ノー・プロブレム」

と言って、
夕飯に希望していたピザハットへ連れて行ってくれた。

この運転手さんも、日本人のこと理解している!

後で聞いた話だけど、ガイドや車をセレクトしてくれた
シゲタトラベルのラジェンダさんは
信頼関係のある人としか契約していないそうだ。

ラジェンダさんとの信頼関係が崩れると、
日本人相手の仕事がなくなる。

なるほどな・・・

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ピザハットは、日本で食べる味と同じ。
パン生地の中にソーセージが入ったものをオーダー。
中国のピザハット以上だった。
でも、ビール(1本150ルピー)が一番高い気がした・・・

・・・

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ホテルに帰ると、テレビではオバマ大統領の就任式の中継が

あ、そうか・・今日、アメリカ時間では1月20日。

本当なら、就任式を見に行こうと思っていたんだけど、
気温差30度のインドに来てしまったんだなあ。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ8:ガイドはいらんかいね~?

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わ!象さん発見!これ、象のタクシーだそうです。
値段はいくらかわかりませんでした・・・

午後。

車はアグラー郊外の
「ファティープル・スィクリート」を目指して走り出した。

目的地まで、およそ1時間。
初めて見る、インド郊外の風景を窓からじっくり見学。

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崩れかかった家。

壁に文字一杯の商店。

野菜や果物の屋台に、

ニワトリ小屋。

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・・・うん。

北京の郊外と、結構似たりよったり。

いくらオリンピックで建て直しが進んだとはいえ、
地下鉄の13号線に乗って一番北辺りの駅で下りれば、
このような風景にすぐ出会えるのです。

インドのデリー空港で下りて、メインバザールへ行くまでも、
こういう風景にさして驚きを覚えない自分に気づいたけど、

やばい・・・これでは旅の感動が足りない!

よし、盛り上がるぞーー!おーーー!

「わぁ!ヒンディー語だ!!ヒンディーの看板が並んでる!」

地平線だ!地平線が広がっている!」

「犬だ!牛だ!ニワトリだ!」

テンションを上げながら、運転手さんと談笑。

この日の運転手さんは、英語があまり得意ではないと
言っていたけど、私より日常で使っていることはわかる。
私に、色々と話しかけてくれた。

Married(結婚しているのかい)?

「Oh Nohh!」

この手の質問は、常に聞かれる・・・
中国なんて、もっと盛んに聞いてくる(汗)

・・・

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ファティープル・スィクリートが近づいてくると、
運転手さんがこう切り出した。

「この車は、駐車場までしかいけないから、
その先2キロほどの入場口まではリキシャを使ってください」

値段交渉はするまでもなく、一律往復で100ルピー。

「リキシャに乗る所、入場口、至る所にガイドがいて
しつこいから
、必要なければ無視して行くように。
ガイドは『タダ』というけど、あとで結局請求されます。」

ふむ。きっと『地球の歩き方』でも熟読していれば、
片隅に載っていそうなアドバイスだが。。。

私は普段、ガイドブックを熟読しない。
そんな奴にとっては、直接現地の人に聞く話が、
語学の訓練にもなって結構ためになってくるのだ。

でも、読んでおいた方が、観光地では歴史的背景を
楽しみながら観光できるから、その分私は損している・・・

果たして、車は駐車場に到着。
たくさんのリキシャが集まってくるが、
運転手さんがセレクトしてくれたリキシャと100ルピーで交渉した。

そして、リキシャを選び抜く前から
わらわらとやってきたのが話の通り、ガイドと称する奴ら。

不要!・・・じゃなくて、No need!

ガイドのお申し込みを丁重にお断りし
(振り払って、とも言う)リキシャに乗り込む。

すると、なぜかリキシャ運転手の横にもう一人男性が

そして、
「タダで案内するよ。ガイドして欲しくない?」

わあああああ!乗り込んでまで、交渉するかぁ!?

リキシャが走りながらも、延々と宣伝をするガイド。

しかし私はだんまりを決め込む。
不要・・・じゃなくて、No needだってば~。

中国でもわんさかいるガイドも、結構しつこい。
私は中国での百戦錬磨で身に着けた
ガイドを振り払う?とっておきの言葉を思い出した。

「你会説日語マ?」
えーとつまり、
「Can you speak Japanese?」

これでたいていのガイドは、
「我不会説日語・・・(日本語はできないな~)」
と言って、去っていく。結構効果あるみたい。

以前、日本からの友人を連れて故宮へ行った時、
この方法を使ったことがあった。

「你会説日語マ?
他是為旅遊来北京的、所以他不会説漢語」
(日本語はできますか?彼は旅行で北京へ来たので、
中国語ができないんです)

すると、ガイドさん、

「Oh!我不会説日語・・・

你給他翻訳」(あんたが翻訳してあげてよ)

あいよ~。私が中国語をしゃべりすぎた!

何はともあれ、ガイドは要らない。
という先入観が私の中に植え付けられたのも、中国。

インドでも、然り。英語でガイドされても疲れるし、
限られた時間は自分で有効に使いたい。

そのうちガイドさんも、要らないといい続ける私に
「No need?」

「No need」 と応えると、
道の途中であっさりとリキシャを降りていった。

あらら、山道の途中で降りるの?あなた・・・
まあ、そこで次のターゲットとなるリキシャを待つんだろうか。

・・・

乞食に地下鉄の中で手を引っ張られても「ぎょっ」っていう反応もしないこと。
売り込みも、ガイドも、ちょっと返事をしようものなら、
こっちはコミュニケーションを楽しんでいるつもりでも、
向こうにとっては、金の弦。「その気があると思われる」

街角や観光地で、北京生活の先輩から教えられた。
そして、経験を積んだ今、私の心にも張られた防護膜。

コミュニケーションは楽しみたいが、
相手と自分の温度差が違うことを嗅ぎ取ってしまう限り、
どうしても、防護膜を張ってしまわざるを得ない。

この辺、日本から来た人の方が、
こういう人たちと楽しくコミュニケーションをとるんだろうな。

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リキシャのおっちゃんと。彼は優しかった。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ7:憧れのタージマハル!そこは巨大な「お墓」

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30分遅れで出発した列車は、1時間遅れでアグラーに到着した。

列車での14時間は、にぎやかな上に席が決まっているのに
勝手に色んな人が人の席に座ったりベットを取ったり。

そのほかにも、なにかと大変なことが一杯だったが・・・
なにせここはインドですから。

何はともあれ、アグラー駅に到着すると、
お迎えを頼んでいたガイドさんが、車両から出た所で待っていてくれた
チケットがなくてもホームに入れるのも、インドですから。

まず先に、宿へ案内してもらいチェックイン。
『タージ・ステイ・ホテル』
ガイドブックにもないホテルだが、
室内は綺麗で、中国の三ツ星ホテルくらいだ。

シャワーのお湯が、10分ほど待って温まり、
15分ほどで出尽くしてしまうのも、中国の古いホテルと一緒。

中国に住んでいる私はまだ驚かないが、
ずーっと日本に住んでいる人はどう思うだろう。

さて、さっそく荷物を置いて、
パンジャビー・ドレスに着替え、出発!

ここでなぜパンジャビー・ドレスに着替えたのかというと、
そう、あのタージマハルのためである!!

演出、です(汗)

タージマハルは、午後になると人が増えるので、
午前中に行った方がいい、とガイドさん。
という訳で、いの一番にタージマハルを目指すことにした。

入口で、この旅の入場料でダントツ一番の高額
750ルピー(1500円)を払い、中に入る・・・

が、まずノート・筆記具・食べ物・薬などは持ち込み禁止!
という話を聞いたので、車の中に残して、入場。

カメラはOK、というあたりが観光地っぽい。

そして、決めてみました!
タージマハルで座禅!!

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え、宗教が違う?
いやいや、ここはインドですし、墓場の前ですから。
死者を弔ったのです(完全、宗教がわかっていない)

そう。ここへ来る前は知らなかったのだけど(無知・・)
タージマハルは、かつてインド亜大陸を支配した
ムガル帝国(1526 - 1858年)の第5代皇帝であるシャー・ジャハーンが、
愛妃ムムターズ・マハルの廟墓として、1653年頃完成したものである。

そして、河を挟んで対岸には自分用の黒いタージを
建設する予定だったのだが、途中で自分の息子に
政権を奪われ幽閉され
、願い叶わず亡くなったのだとか。

というわけで、あるのは白いタージマハルだけ。

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大理石でできた建物に、思わずうっとり・・・

と、ここでドライバーさんがしきりに話す言葉を思い出した。
「アグラーは、マルベル(大理石:マーブルのヒンディー訛り?)
お土産にするといいよ」

そんなの・・重いし高いし、喜ばれないよ。
と、心の中でぼそり。

隣のアグラーフォート(古城)から、遠くにタージマハルが見える。

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そうか。この河の反対側に黒いタージができる予定だったんだ。
夢は散ったけど、王様は奥さんのお墓の片隅に眠っている。
その眠りは、永遠になっているのだろうか・・・

そんな景色を眺めても、本当にここは・・・

タージマハルしか、売りがないのか。

いやいや、悠久の歴史に漂う美を感じるのであった。

しかし、そんな観光地に現れた子供達。
元気に「Give me money」と連呼する。

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どうやって、250ルピーの入場料を払ったんだろう。
民工・・・工事しているおっちゃんたちの子供達だろうか。

タージマハルでも、観光に来ていた女の子達と撮影したけど、
彼女達はどうみても身分の高い服を着ていた。

同じ年頃の子供達にも、生まれながらにしてある身分と
それぞれの生活様式。それもまた永遠に続くのか・・・

インドでは、やっぱり考えさせられることが多い。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ6:根深いカースト?乞食の少女と家庭のカレー

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ダメーク・ストゥーバ。
日本では見たことないが、仏教のシンボルだって。

仏教の聖地・サールナートも近いので観光したり、
ヒンドゥー教の教堂が大学の構内にあったり、と
宗教のメッカでもあるバラナシ。

このあたりもすべて制覇し、バラナシの旅は終了。
夕方からアグラー行きの列車に乗る。

その前に、ガンガー・フジ・ホテルが
1000ルピー(2000円)でサービスするアーユルヴェーダを経験。

アーユルヴェーダの講師も務めるホテルオーナーのラージさんが
自らブレンドした油を用いて、おばあさんが丹念にマッサージ。
でも、おへその中に油をたらしたり、軽い柔軟体操をさせたり、
で、最後にはおばあさん、「頭、首、背中、胃、脚、ノー・プロブレム」と診断。
ただのマッサージではないようでした。

2時にラージェスさんが迎えに来て、駅まで送ってくれるとのこと。
その前に、ラージさんから、
「お昼は我が家の家庭料理をご馳走しますよ」とお誘いをいただいた。

前の晩も、プージャーを見た後、宿のレストランで夕飯をいただき、
親身にしていただいたラージさんの最後のご好意をいただく。
日本の話に花を咲かせて盛り上がったので、またお喋りしたい。

というわけで、
1階のフロント?前のテーブルへ行くと、おお!これぞ、The India!!

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ターリーと呼ばれるインド式カレーがてんこ盛り!

4種類のカレーに、チャパティと呼ばれるパン。
そしてライスをたっぷり乗せてくれて、満足満腹。

カレーの横に、コップに注いだ水を置いてくれたのだが、
これは飲み水だけではなく、手を洗うための水
使い古したペットボトルから注いだので、手洗い用の比重が高そう。
インドの皆さん、上手に手をスプーンのようにして食事をしてました。

私も挑戦してみたかったけど、やはり断念・・・
鶏肉のカレーを前に、チキンな性格が出てしまいました。

食事をしていた場所が、フロント前だったので、
食べながらも欧米のバックパッカー達が
大きなリュックをかついでどんどん入ってくる

みんな、手にガイドブックの定番「Lonely Planet」を持って、
ここの部屋はいくらですか?と尋ねている。
カレーをほおばりながら応対するラージさん。さすがインドだ・・・

バックパッカー達は、こうして安宿を廻り、
部屋の質と値段を確認して、その日泊まる場所を決める。

彼らに比べると、いくらこうした宿に泊まり、
電車で都市間移動をしているとはいえ、プチ贅沢な旅かもしれない。

バックパッカー以上、一般ツアー未満。である。

そんな贅沢の一つ、チャーターした車のドライバーである
ラージェスさんが、2時にホテルの前に来てくれた。
最後のお出迎え。車は牛を越え犬を越え、スイスイと駅に到着。

さらば、ガンジス!さらば、ガンガー・フジ!さらば、バラナシ!

また来たい。率直にそう思った。

今度来るときは、ガンジス河でバラフライ!だけでなく、
個人メドレーでもやってみたい
。やめろって?

・・・

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2時半には着いたのに、列車が来るのは4時過ぎ。

その間、お店もない駅で待つことになった。

荷物もあるので、手前のホームで立っていると、
5歳くらいの小さな少女がやってきた。
少女は、「あー、あー」と言いながら小さな脚を私に見せてきて、

「Give me money」

小さな脚のくるぶし辺りが、ちょっと擦り切れて血が出ている。
それを見せて「これ痛そうでしょ、ね、お金ちょうだい」と言っているのだ。

またか・・・インドに来てから、かなり遭遇しているのが乞食である。

北京に住んでいても、大使館前の通りなどを
マクドナルドのコップを持った乞食風の子供にしつこく金をせびられた。
そんな経験は腐るほどあるので、かわし方には慣れたつもりだ。

だがここで、中国とインドの乞食でちょっと違うのは、
中国の場合、地方出身など住んでいた地域や親の仕事などの
経済的格差に起因することが多いこと。
なので、本人の努力次第では一代で富を築くこともでき、
チャイナ・ドリームという夢を描くことも実力でできる。

しかし、インドの乞食はカースト制度に起因することなのだ。
すでに廃止されているはずの制度だが、生まれた時から
決まっている自身の位を、簡単に覆すことはできない。
いくら頑張っても職業や経済力を変えることはできないのだ。

それが、カーストの運命なのか・・・

そして、乞食はその枠外の「不可触民(アウトカースト)」
インド人口の1億がこの身分にあるというが、
それだけの人が、乞食だったり身分の低い仕事に就いている。

※ちなみに、外国人女性もアウトカーストにあたるので、
外国人女性は、インド人にレイプされようと殺されようと
関係ないよ・・・と、旅の前に教えられ、引きつったものである。

カースト。。。
家庭でおいしいカレーをなんの苦労もなく食べられる子どももいれば、
自分で日銭を稼がないと食べていけない子どももいる。

理解しないとは言わないが、かといって、お金をあげたらきりがない。
切ないしかわいそうにも見えるのだが、無視を決め込むしかない。

少女は、いくら私が白を切っても、何度も何度も何度も脚を見せてくる。
5歳、いや、3歳くらいなのか・・・言葉が足りない。

持っていた飴をあげると、その飴をしゃぶって喜んでくれたけど、
しゃぶりながらも、「Money,money」
私のそばから離れようとしない。

なんだか気になって、少女を黙って見ていることにした。
少女はちょっと微笑んで、でも、お金以外の言葉を発せず、
私のそばで階段の手すりに登ったり、しきりに脚を見せて痛そうにしたり。

それでも、黙って見ている私。
少女はたまりかねて、他の人の所へ行って、同じことを始めた。

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あまり、人の多いところにいるもの疲れたので、
2階に登ってみると、すんなりとくつろげるスペースを発見した。

眺めもいいし、静かだ。
本を読みながら、列車が来るのを待つことに。

そして5時前。30分ほど遅れて列車がホームに入ってきた。
停車時間中に、自分が乗る車両を見つけて乗り込まなければならない。

「B1」と書かれた車両を探してみると・・・・ない

行き先も、ヒンディー語のみでわからない。
ホームにいた係員にチケットを見せて、B1の車両を尋ねると、
「6両後ろだ」との回答。急いで6両分走ると・・・やはり、ない。

焦る私。再び戻って、違う係員に同じ質問をすると、
「6両前だ」

・・・おーい、いい加減なこと教えるなーーー!!

果たして6両前に行くと、そこまで係員が来てくれて
しっかりここだよ、と指し示してくれた。

ギリギリセーフ!!
乗り込んだとほぼ同時に、列車は動き出した。。。。
ああ、寿命が縮んだ。インドで過ごす間に何年寿命が縮むだろう。

バラナシにいる間に寿命が来なくて良かった(汗)

それにしても、車両番号くらいはっきり示してほしいものだ。
「A1」「B1」「C2」がまったくもって順番になっていない。
これでは間違っても仕方ないだろう。

こんな間違い回答をしても、
インド人は「ノー・プロブレム」、で、中国人も「没問題」

乗り遅れたら、中国人は「没方法(方法がない)」で、
インド人は「ノー・プロブレム」

インド人の方が、いささか楽観的である。

列車に乗り込むと、またまた隣のベットは
あの2人組のお姉ちゃんだった。

「列車の入るホームがどこかわからなくて、大変でした」

The India!! 
やっぱりここは、インドなんですね・・・

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呑気に列車の写真など撮っている場合ではなかった。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ5:ガンジス河で、星達と眠り太陽と目覚め・・・

夜6時。

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ガンジス河の「Kadar Ghat」から、小型のボートに乗り込んだ。
(Ghat:ガート、沐浴場)

ここから、死者を弔う儀式である「プージャー」を観覧するのだ。

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と、船が出帆する直前に小さな男の子が乗り込んできた。
男の子は慣れた手つきで花が散りばめられた小さな器に火をつけ、

「これは、灯籠です。一つ10ルピーです」
などと言いながら、2つ置いていったではないか。

気がつくと、20ルピーを払っていた私も私だが・・・

船漕ぎのお兄さん・アジェは、男の子の出現が当たり前のことのように、
「適当な時に、河に流してください」と説明した。

狐につままれたようだが、
なんだか、さだまさしの「灯籠流し」が頭に流れてきた。
どこかほのぼのした気分で、一つ、また一つ、と流してみた。

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きょーーねんのあーーなたのおーーもいでがーーー♪

この河には、たくさんの遺体が流れている。
それは同時に、たくさんの魂が流れていることなのだ。
炎とともに、天高く成仏して行ってください・・・

船漕ぎのお兄さんも、一種のツアーガイド。
1978年に大洪水が起き、ガートのてっぺんまで水かさが増え
把握できないたくさんの遺体がガンジス河を流れたことや、
1キロあるという川幅を教えてくれた。将来の目標は、というと・・・

マッチョになること。

・・・船、毎日漕いでいるから十分マッチョですよ、あなた。

1時間後に、船はプージャーの見える
ダシャー・シュワメード・ガートに到着。
外国の観光客を乗せた船がたくさん、ひしめきあっていた。
見える場所で船を寄せて、そのまま観覧席に。

川沿い側のお客さんも加えてにぎやかな中、始まった。

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死者を弔う祈りの儀式。明るい炎と派手な音楽。
なんだか、幻想的な風景に包まれたようだった。

・・・

船が元のガートに戻ると、待っていたラージェスさんが
シルクのお土産屋へ案内。

ここで登場したのが、日本語の堪能なミントゥー君。

「なんで日本語がそんなに上手なんですか?」
「いやあ・・・日本語は趣味で勉強しました

趣味でここまで上手に話せるんですか!?
というほど、流暢に話す彼は、昨年長澤まさみ主演のドラマ
「ガンジス河でバタフライ」がロケに来たとき、コーディネーターを務めたそうな。

ロケ現場の写真を見せてもらうと、水泳部出身としては
「私も、バタフライしなければ!」という思いに駆られたのだが、
冬&夜、加えてガンジスの水はコレラも赤痢も負けるほど
・・・と言われれば、中国に帰って発病した時に
なんの保障もできない、と思いためらったものである。

日本に帰ってから、映画を探したけど見つからなかったので、
原作本を買って中国で読むことにした。

・・・

そして、翌朝はこれまた6時。

ホテルの前に、ラージェスさんが迎えにきてくれていた。

暗闇の中、懐中電灯を照らしながら、ホテル前の通りを歩く。

通りのあちこちには、野良犬が眠っていて踏んづけようなら噛まれる。
※噛まれると、狂犬病の恐れもあって病院行きになり面倒なのだ。
このほかに、牛の○○○も散乱しているので、注意が必要なのである。

ま、踏んづけたら「ウン(運)がついた」ってことで、いいけど。

車は再び、昨夜と同じ「Kedar Ghart」へ。
そして、昨夜と同じアジェが船を漕ぎ出すと同時に、
昨夜と同じ男の子が、灯籠を売りにやってきた。

別れ行く月夜に、灯籠を・・・今度は一つ流した。

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月が見えたってことは、朝日も見えるかな?
と、期待して船は再びプージャーを見たガートへ。

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日が昇る前から、川沿いには沐浴をする人がいっぱい。
冬のバラナシは、ひとまず10度くらいまで下がると言うが、
寒くないのだろうか・・・ちなみに私はパーカーを羽織っている。

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「Do you feel cold!?(寒くないんですか!?)」
思わず沐浴するお兄ちゃんに聞いてしまったが、
愚問のようだった・・・

お兄ちゃん、余裕で手を振っている。

なんてものを見ているうちに、朝7時。

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待ちに待った朝日が、昇ってきた!!
下の方は霧が立ち込めていたのだろうか、
かなり高い所からのご対面だったが、見られただけで満足である。

星達と眠り、太陽と目覚める。
ゴダイゴの『ナマステ』という歌がまさに合う・・・

飛び込まなくても、ガンジス河と共存できた気分だった。

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・・・

船で移動していると、何度となく現れた
「バザールでゴザール」のお土産船。

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お兄さん、どこでその日本語を習ったんですか・・・

ガンジス河の水を汲んで帰れる小さな容器と絵葉書セット。
値切り交渉して150ルピーのところを100ルピーで購入しました。

今、ガンジスの水は北京の家に飾っています。はい。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ4:ガンジス河の祈り

ガンジス

それは、生と死が共存するところ・・・

太陽と目覚めて星たちと眠り、
優しい顔と、漆黒の運命が行きかう河(まち)


旅のメインイベントはここにあり!
と、決めていた私にとって待ちに待った場所である。

果たして、ガンジス河には幾人の魂が流れている
のだろうかと、胸をドキドキさせながら、
バラナシの旅先案内人・ラージェスさんが運転する車で
街中を走っていく。

・・・・と、途端に私の目に飛び込んできたのは
「シーナ・ワールド」ではないか!!

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狭い道には、人人人人牛牛牛牛犬犬犬犬・・・
そこへバイクと車と三輪車
が文字通り所狭しと蠢いている。

ガンジスには、死を求めた無数の人が、
死ぬことを待つために流れ着くと言うが、
それにしても多すぎる!

牛も犬も、自分の意思でやってきたかのような集まりようだし。

と、いうわけで、車は広めの道路で停め、
ホテルまでは歩いていくことになった。

細い路地をくねくねくねくね・・・
商店という商店をうねり歩いて、
一度では覚えられないような道を歩くと、
やっと辿り着いたのが、今夜お世話になるホテル。

『ガンガー・フジ・ホテル』

オーナーのラージさんは、日本でアーユルヴェーダの
教室を開いており、日本語堪能。

ガンガー+日本の富士山を足してこのホテル名になったんですな。

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泊まった4階の部屋からの眺めは最高。
遠くに、ガンジス河が見えました。

・・・

せっかくガンジス河の街へきたのだから、
ちょっとインド人風に街を歩いてみたくなったワタクシ。
※と、いうか暑いと思ってパーカー以外は、すべて半そで
&ノースリーブしか持っていなかったところ、宗教上
「女性は腕を隠した方がいい」と指摘されたので気にした。

ラージさんに教えてもらい、従業員のお兄ちゃんに、
ホテル近くの布屋さんに案内してもらう。

そう、この布屋さんでは、インドの定番スタイルである
パンジャビー・ドレスをオーダーメイド並に作ってくれるのだ。

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布屋に入ると、私の他に日本人のお姉ちゃんが2人先に来店。
あ・・・このお姉ちゃんたち、さっきホテルで一緒にチェックインした。
ちなみに、デリー→バラナシの夜行でベットが隣だった・・

こんにちはー。と、軽く挨拶をしてから、お店の親父さんに、
「パンジャビー・ドレスを見せてください」というつもりで、

「Please give me see neige(那個) Punjabi dress?」

・・・・、あ!!

またやってしまった・・中国語混じりの英語。

すると、お姉ちゃん達が「ほぉおおお」という顔をして、
「すごいですねー」

え((^^;;;; 那個、入ってますが・・・

「いやあ・・・実は普段、北京に住んでいるので、
私の英語には中国語が無意識に入っちゃうんですよ

自慢にならないように、たじたじと応える。
いや、ひょっとすると北京に住んでいるということも自慢なのかな?

日本人らしい謙虚な表現を使うのって、難しい・・・(汗)

店主の親父さんは、「OK!ノー・プロブレム」
と、私にいろんなデザインのドレスを見せてくれた。

先にオーダーしていたお姉ちゃんに
(お姉ちゃんとはいえ、大学生の卒業旅行というくらいの若さ)

1.まずは、店内にある商品を見せてもらい、
2.気に入った商品を、自分の体に合わせて調節してくれる。

という流れを聞いて、私もそれに従い
日本でも中国でも着られそうなデザインのものをセレクト。

ちょっと大きめだったので、全体的に細く縫い直してもらう。
10分くらいで、完成。

その間、値段交渉に。
・パンジャビー・ドレス 300ルピー
・チュニック(ズボン) 200ルピー
・スカーフ 350ルピー
・親父さんの笑顔 0ルピー

一共・・・じゃなくて全部で850ルピーのところを、笑顔で
800ルピーにまけてもらいました。1600円です。

仕上がりは、満足です。

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店の前で
・・・

さっそくパンジャビー・ドレスを着て
歩いて10分ほどの所にあるというガンジス河へ。

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目の前に飛び込んできたのは、原色の人人人人・・・

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おっと、中国にもいるぞ、こんな子ども。

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そして、河沿い全体が「家」であるかのように、
沐浴する人洗濯する人散髪する人洗髪する人、
本当に、人生のすべてをここに置いている人たちで
あふれかえっていたのである。

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階段には、犬と牛とヤギもいて、
それが当たり前の風景のようにそこにあって、

すべてが
永遠につながっているような気がした。

インドの子ども

近所にいた、インドの子供達と。


・・・

やっぱり、インドでわしも考えた(シーナさん風に)

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ3:インド鉄道に揺られて

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ニューデリーからバラナシへ向かう列車「2560」は、A1クラスの寝台車。
イメージでは、もっと贅沢な列車で鍵つきの個室を利用して・・・
が、ラジェンダ氏によると、そういうチケットは「取れない」という。

まあ、海外ではよくあることです。
チケットを貰うまで「ない」というお断りがないのも、
ノー・プロブレムです。

駅に改札口がなく、誰でもホームまでは行くことができるのも、
ノー・プロブレム

ホームに、寝泊りしていそうな人や乞食がいても、
ノー・プロブレム

列車が遅れても、飛行機が次の日についても、
ノー・プロブレム

インド人の口癖か?というほど、
旅の道中、一番多く聞いた言葉である。

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ともあれ、乗った寝台の作りは中国の火車程度の作り。
3段の「硬臥」が2段になった感じか。

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ベットの下に、チェーンを括り付ける部分があるので、
荷物とベットをつなげる。
こうしないと、寝ている間に盗まれる可能性もあるとか。

ホームには、果物屋台、カレー屋台、チェーンと鍵を売り歩く人、
などなどが所狭しと市場のように並んでいる。

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インドカレー

カレー&チャパティ(1セット10ルピー)と
果物(重さ次第だが、20ルピー)を買い込んで、乗車。

その傍らには、座り込んだ多数の人々。
座席を予約したのか、それとも立乗りか・・・
そんな人たちでごったがえしていた。

席は予約制で、コンピューターによって予約した席順と
予約した人たちの名前がプリントされ、入口に張られる。

で、それ以外の人たちは・・

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入口からはみ出るほどの人に押し込まれて、立って行く。

みたい・・・

しかも、予約している人でもちょっと遅れて駅に入ろうものなら、
他の人が勝手に座っていて、いざこざに発展しているそうだ。
ひょっとすると、予約したにも関わらず立っている人も・・・

ホームで見ていて、ちょっと怖くなった。

そんなの、私も中国では大連行きの硬座でおっちゃんに
怒鳴ったことがあるけど、通路からはみ出すほどの乗り込み方は、怖い。
さすがの13億大国・中国でも見たことないぞ!

始発駅だったので、ほぼ定刻どおりに列車は動き始めた。

18時45分。出発!!

と同時に、車内販売のチャイ(1杯5ルピー)を購入。

お弁当に、チャイ。
「チャーイチャイチャイチャイ・・・」と、チャイ売りの兄ちゃん。

車内に食堂車はないが、販売人は次から次とやってくる。
この辺も、どことなく中国の火車に似ている。

毛布などはついていないのかと思っていたが、
しばらくすると服務員が布団とシーツ、枕を配布にやってきた。

出発と同時に外は真っ暗。
窓の景色も見えず、することもないのでおしゃべりと、
バラナシの予習を兼ねた読書で、早寝を決め込んだ。

・・・

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おお、今朝も霧が深いぞぉ!!

目が覚めると、バラナシだった。

ちょっと遅れたが、いい感じの時刻に到着。

駅で、バラナシ観光を2日間お世話になる
ラージェスさんと合流して、この日泊まるホテルへと向かった。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ2:シゲタトラベルで国内旅行を按配・・・

デリー。
14時間遅れだけど、なんとか降り立つことができた。

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旅立ち前に、以前1ヶ月放浪したことのある人から、
「インドは疲れて終わるだけだ」

と、言われていたが、入る前から疲れた・・・

なんて言ってはいられない!
お楽しみはこれからなのです!

長い行列にじれったい入国審査を終えていよいよ外へ。

事前にバンコクで遅延を伝えていたので、
空港に迎えに来ていたドライバーさんとは、
落ち合う場所を確認ずみ。出口ですんなり見つけることができた。

でもって、その彼・・・
20度の気温にセーターを着ているんですけど・・・

「暑くないんですか?」

「いいや、暑くないよ」

夏の間は50度近く上がるインドで、
冬の20度は寒い域らしい。

最高気温氷点下7度の北京から来た私には、
想像もできない世界である。世界は広いな・・・

とはいえ、街中の風景は、
中国のちょっとした田舎町と同じ、ちょっと汚れた道路、
崩れかかった建物や馬車、屋台の並びが延々と続いていた。

失礼な話、お正月に訪れた四川省のような、
崩れた建物がそのまま放置されたような家にも
人が住んでいた。いや、中国もそうだ。
地震が起きなくても、北京市郊外の家は結構崩れていた。

そのためか、どことなく見慣れた感があった。

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1時間も走り続けただろうか。
車はメイン・バザールに入り、「Cottage Yes Please」に到着。
入口と面しているロビーに行くと、シゲタトラベルのオーナー
ラジェンダ・バトラ氏が迎えてくれた。

インドへ旅立つ前に、インターネットのメールでやりとりし、
デリー→バラナシ→アグラーの国内列車の切符手配と、
三都市分のホテル予約、それと市内観光の車をお願いしていた。
まずはバラナシ行きの列車が出る前に打ち合わせを・・・

飛行機がバンコクへ戻ってしまったことにまずは驚きを見せ、
用意してくれた鉄道のチケットと、諸々の細かい説明。

そして、両替。特別サービスか、1ルピーを2円で両替してくれた。
1万円で、5000ルピー。これで足りるかな・・・

ラジェンダさんが名づけた「シゲタトラベル」は、
私とも縁のある方のお名前を取ったものなのだが、
この話は、無事にバラナシ・アグラーから帰ってきてからにして、

まず、バラナシ行きの夜行列車は、6時。

時間は3時間ほどあった。
せっかくなので、バザールの様子を見たく、
先に、ホテル周辺のメイン・バザールを見学することに。

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ニューデリー駅からまっすぐ伸びる有名な市場、メイン・バザール

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人に野良犬野良牛車バイク自転車が、同じ道路を行き交う。
人の働いている横で、牛さんがごみを食べている。

そして、映画館にDVDショップにラッシー屋台が並ぶ。

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ここばかりは、中国のどの町にも当てはまらない、まさにThe・インド!!

就是印度! 

っと、英語を話しているのに、どうしてもまだ中国語が出てくる。

ためしに、ラッシー屋台で一杯のラッシーを作ってもらった。
プレーン・ラッシー、10ルピー。
手作り感あふれるおいしいラッシーだった。

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ホテルからニューデリーは、歩いても行けるが
荷物があるので、オートリキシャがいいとのこと。
手ほどきにラジェンダさんが交渉してくれ、
ニューデリー駅まで20ルピーでまとまった。

記念すべき初・リキシャ。
一緒に写真を撮ってくれるか、と頼むと、
にこりともせず、首を傾げながら「Yes」

このジェスチャー、会話ブックに載っていた!

インド人、笑わないで首を傾げることが
「Yes」とは、わかりづらい・・・

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でも、なんだかんだとニューデリー駅はごちゃごちゃ。
暇をもてあましているのか、何かと口を出してくる人がいっぱい。

「改札はあっちだよ」
「ほら、カバンのファスナーが開いてるよ」
「どこに行くんだい」

ああ、うるさーーい!!

こういった奴らを振り払って
夜行列車のホームへと向かうことから、
インドの旅は始まったのであった。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ1:リベンジデリー・・・旧正月にインドへ行く人への備忘録

デリー行き機内

コルカタ?!


「この飛行機、コルカタ行きになります」

眼下にデリーの町が広がっているのを見届け、
目をつぶって降りる時を待っていた私の腕を、
隣の人が肘で突付いた。

「・・・へ?」

目を開いて、機内のモニターを見ると、
確かに飛行機の向きは今走ってきた方角を向き、
「コルカタ」を最終地に示していた。

デリーはじめ、インドは12月下旬から1月下旬にかけて、
霧の濃い日が多く、飛行機が遅延したり上陸できないこともある。

・・・と、
『地球の歩き方』に書かれているのをその時発見した。

まあ、ひとまずコルカタには下りるのですね。ならば、
「コルカタで降りて、デリーへ戻るんだろうな」
「インドで、行ける都市がもう一つ増えた」
くらいに悠長に構えて、後でまた考えればいいのかな。

と、思った私が甘かった・・・

2時間かけて戻ったコルカタでは、機内で1時間待機。

アナウンスも、なし。

でもインド人はゆっくり構えて呑気におしゃべり。
「ま、動けないものは仕方ない・・でも、できれば
コルカタ観光もしたいなぁ」などと考えるワタクシ一人。

そんな時間が流れに流れ、午前2時半。

やっと流れたアナウンスは、
乗客全員がショックと動揺を隠せなかった。

「飛行機は、バンコクへ戻ります」

途端に、

機内のインド人、日本人、タイ人、欧米人?が一斉総立ち!!

ではなく、キャビンアテンダントに問い合わせの嵐。

キャビンさんも、「I donot know」

緊急事態すぎて、ひとまず「戻る」こと以外は、
まだわからないというのだ。

翻せば、わかっていることは、
「振り出しに戻る」ということだけということ。

ひぃぃん・・・無情にも飛行機は東へ向かって飛び出した。

朝焼けを見届けながら、
バンコクに再上陸。このとき翌朝5時。

なんだか見たくない、受け入れたくない景色の、
バンコク・スワンナプーム空港で、
朝食をもらって待機すること2時間。

バンコク時間の10時に、再びフライト。

結局、デリーに着いたのは、インド時間で13時だった。。。

。。。

幸い、予約していたバラナシ行きの夜行列車には間に合ったが、
前の晩に予約した宿を逃したことで、落ち着いてベットで寝たい
という欲望に駆られた、痛いスタートだったわけである。

というわけで、おそらくこんな備忘録は、
日本に住んでいる人より中国など旧正月圏内に住んでいる人に
限られるような話で、しかもインドへ行く人にしか役に立たないが、

今度デリーへ行くときは、こんなことで霧を回避したいものである。

【無事に、デリーへ"一発で"上陸するための備忘録】
1.昼間に到着する便を選ぶこと(旅先で会った人の成功例)
2.デリー行きよりも、
  霧の少ないバラナシ行きにすること(バラナシの人の話)
3.行く時期をずらすこと(地球の歩き方より)

こんなことを念頭に置きながらフライトを選ぶことにします。

。。。

しかし、2度目の上陸も、昼にかかわらず霧が濃かった。
眼下に見えるものは・・・雲。
パイロット達は、何度となく、霧を乗り越え、
旋回を繰り返しながらゆっくりゆっくりと着陸した。

すると、着陸した途端。

機内中で拍手が起こった!!

まあ、真っ先に手を叩いたのは私だが(汗)

これには、感動した!!
インドの皆さん、お熱いですね。

窓から見えたデリーの景色にも、ひとしおの感動をおぼえた。

だから、ま、、、この遅れはチャラでもいいかな?
旅の最初に厄落としをしたと思えば(-_-)

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ0.5:英語のウォーミングアップ

1月17日 AM10:55

NARITA

飛行機は、遅延もなく無事に成田空港を飛び立った。
タイ・バンコク空港に着くのは、7時間後のPM3:00(時差-2時間)
バンコク空港で4時間待機し、続いてデリーへ向けてフライト。

順調に行けば、PM10:55にはデリーの地を踏んでいることになる。

今回のインド旅行で、私が目的としていたもののひとつに、
「できるだけ、英語を話してくる」ことがあった。

中国に3年以上住んでいると、
私の「外国語脳みそ」は中国語がメインになってしまい、
日本語でない言葉を話そうとすると、中国語が出てきてしまう。

それと同時に、英語脳みその退化を痛感

これでは、まずい。

何がまずいかっていうと、
中国に住んでいるかぎり何もまずいことはないのだけど・・・

例えば将来、中国以外の国に住む場合(あるかはわからないけど)
やっぱり、第一言語として活躍するのは英語だろう。
英語でビジネスをする機会もあるかもしれない。
(実際、北京に住んでいると、ごくたまーにだけど、ある)

その時に備え、突然英語が必要になるときに
ポッと英語が話せた方がいいと思ったまでなのである。

・・・

で、そんな私だったのだが、バンコク行きの機内を、
ありがたい方と過ごすことになった。

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富士山が眼下に見え始めると、隣に座った
窓際の女性が大喜びで写真を撮り始めた。

「Very Beautiful!」

「Oh! do you came to Japan at the first time?」
(日本へ来たのは初めてですか?)

これで合っているのかはわからなかったが、
英語で話しかけてみた。
すると、彼女はすんなりと聞き取ってくれて、

「Yes」

それが嬉しくなって、つい色々と話を続けてしまった。

彼女はインド人で大学卒業後にロンドンに留学、
現在は科学雑誌では世界的に有名な「Nature」の記者。

今はニューデリー支局で働いており、
日本にはその国際会議にインド代表で来たとのこと。

そのおかげか、英語が綺麗で、ゆっくり話してくれて、
私の(恐らくめちゃめちゃな)英語をじっくり聞いて応えてくれた。

いつの間にか、ガイドブックを取り出して、
行く予定のデリー・バラナシ・アグラーのお勧め観光地と、
購入予定のインド民族衣装であるパンジャビー・ドレスの値段
お勧め料理のメニューなどを全部丹念に聞いてしまったり、

彼女が今回の日本の出張で箱根や東京都内を観光して
感動したことに加えて、こんな話まで・・

「今度来るときは、広島と長崎に行きたい」
「どうしてですか?」
「生物を専攻していたので、原爆で汚染された広島の
植物が今、どんな状況なのかを知りたいの」
「Oh!私の専攻は国際関係論、特に戦争なんです。
だから私も広島には興味があって2回行ったことがあります。
今は綺麗な街ですよ」

盛り上がってしまったのである。

そのお陰かはわからないけど、この先のインド国内では
英語を話すことに慣れるのが早くなり、
インド人の話す流暢な英語がほとんど聞き取れた、
という喜ばしい成果につながった。旅行会話程度、だけど・・・

デリーへ向かう前に、いいウォーミングアップになった。

・・・

でも、このウォーミングアップがあったのは、
やはり「中国」、いわゆる「日本でない国」に住んでいることだったろう。

まず根本的に、「日本語でない言葉を話すこと」
がそれほど苦痛でなくなっていたこと。

そして、中国語の語順と、英語の語順が似ていること

さらに、中国国内でも、ごおくたまーに、だけど欧米人や韓国人と
北京で英語のコミュニケーションを取らざるを得ない時もあったから
(以前、北京の英語スクールを取材したら、中国人の受付に英語で応対されたし)

この3つが大きかった。

中国に住んでいたことに、少なからず感謝はしたのである。

・・・

いよいよ気合を入れてデリー入り!

という私だが、デリーは簡単にその門を開いてくれなかった。

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【インド紀行】在中国日本人、インドの旅路でスッタモンダ0:中国在住日本人のインドビザ取得に関する備忘録

※ここで記す私のインド紀行は、ちょっとマイナー。
海外に住んでいる日本人が、インドへ行く場合という、
日本に住んでいる一般の方々にはいらぬ業を伝授します。

・・・

「北京に住んでいる」ということが、
「インドへ行く」、ただそれだけで、
こんなにスッタモンダするとは思わなかった。。。

それは、旅立ち前から始まった。

インドのビザですが、ビザ申請センターによると、
申請したその日に受け取ることはできないそうです。つまり、
17日出発の場合、15日に申請して、16日にビザを取得しないとだめです。

「ということで、北京のインド大使館でとって頂けないでしょうか。」

と、購入を決めた格安航空券会社に言われたのだ。。。

インドへ行くためには、どんな目的であれビザが必要なのだが、
以前は、その日の朝に申請したら、夕方には取得できていたのだ。

しかも、最初にインド行きを決めた12月末に問い合わせた
大手航空券会社の○I○で、そのように説明があったばかり。

なのに、、、

2007年11月に、その原則は覆されていた。

というではないか!こらぁ!○○S!日本人だったら適当な回答するな!

といいたいが、中国生活ではこのくらい不確実な情報はウヨウヨしているし、
裏を取る前に(というか、裏を取る術がわからないのでそれに従うことになる)
その情報を真に受けてしまうことだって多々ある。

今回のことも、大きく構え、
「おや、びっくり。ではなんとかしましょう」
と開き直って、まずは北京でビザを取得できるか検討してみることに。

・・・

なぜ、北京でビザを取得できるかをまず検討したのかというと、
予め、中国から日本へ帰る航空券を15日で予約していたからだった。

そして、インドへはさっさと旅立ちたかったので、17日の航空券をゲット。

これが前調べの結果、16日中に申請・取得ができれば、
15日に帰ってもギリギリセーフだと思っていたのだ・・・

と、いうことで、この話を聞いたのは1月3日。
ネットによると、北京のインド大使館で申請すれば1週間で取得できる。

まだ、間に合うだろう、と、
北京のインド大使館・・というかそこまでの
語学力がないので、北京で日本語の通じる旅行代理店に相談。

1.日本から旅立つインド旅行でも、中国でビザを取得することは可能か。
2.その時に必要な書類は何か。

の2点について質問すると、まず、
「日本発のインド旅行でも、中国でビザを取得することは可能です。」
とのこと。

お!できるんですね!

「はい。ただ、その場合、就業証明と就職許可証とあれとこれと・・・
の書類を集めてください。申請期間は、1週間くらいかかります」

ぐぐ・・・

就職証明は会社で勝手に作ってもらえる(と、踏んだ)が、
就業許可証って、Zビザ(就業ビザ)を取得した場合に張られるあれですね。

つまり、私の今のFビザでは改めて取らなければならないんですよね。

脳裏に浮かぶは、かつてZビザを取った時の、
あの長くて面倒だった数ヶ月間の日々。。

・・・集めている時間、没有!!
私は即座に判断した。

帰国日を一日早める。

っていうか、これしかない!

ああ、せっかくならこの面倒を色々克服して、
北京でインドビザを取得してその武勇伝でもブログに書ければ
これから、中国→インドで旅しようとする人への参考になったのに
(って、いるかはわからないけど)

日本行きのチケットを予約している会社に電話して、14日のフライトに変更。
キャンセル・変更料500元。
その代わり、12月に予約した時と比べて、
燃料サーチャージ料が300元安かった。200元の被害?で助かった。

・・・

さて、14日。日本へ帰国。
台湾料理屋で、いつもお世話になっている先輩へ
別れの挨拶・・・じゃなくて、決起宴会を開いてもらう。

15日の朝。早速、インドビザ申請センターへ

丸の内線・茗荷谷駅から降りて、池袋方面へ歩くこと5分。

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ありました。わかりやすいです。
隣のカレー屋も、行ってみたいですね・・・

10時過ぎに行くと、結構人が集まっていました。

用意したものは、パスポート・写真(パスポートサイズ)と、
その場にあった申請書への記入、+申請代1910円

申請書には、普通に名前やパスポートNO.
住所、連絡先、目的、と職業を記載する項目が・・・

「職業」・・・中国で働いています。
と言わないように、何故か気を遣う。
いかにも日本に住んでいる人、を装った方が申請が楽そうだから。

というわけで記入したのは・・「フリーランス」、住所は実家。

入口で引っ張っておいた番号札の順番がきたので受付へ。
ドキドキ・・・受付窓口は、ニコリともしないインド人のお姉さん。

緊張しながら書類を渡すものの、その後で、
「必要とするビザの種類」が空欄だったこと、
「申請日の日付」を書く欄も書き忘れたことに気づく。

「わ!書類に不備があった!ビザが下りない!!」

と、慌てて受付へ戻り、「あの、日付を書き忘れて・・・」

すると、お姉さんは一言。「書いた」

「あ、すみません・・・」

書類は、既に他の人の書類と一緒に積まれていた。。。

・・・

申請を終え、念のためにお別れの挨拶・・・
じゃなくて中国から引き上げた荷物を置きに、一泊だけ実家へ戻る。

両親からは開口一番、

「あんた、8年前にシンガポールへ行った時は
ぼったくりにあったんでしょ
。気をつけなさいよ」

という苦い思い出を即効口に出され、

「インドはテロがあるから、気をつけなさいよ」

と私が中国へ渡った2005年の反日デモで
日本のマスコミが騒いでいたときと同じことを繰り返されながらも、
明日東京へ戻る新幹線代を餞別に貰いました。謝謝!!

翌日再び東京へ。

「17時30分~18時の間に取りにきてください」

とのことだったので、定刻どおりに行くと、
既に受け渡しが始まっていた(適当やな・・)

フリーランスでも、無事に受け取れるかな。ドキドキ・・・

と、思っていたら、なんのことはない。
すんなりもらえました!!

パスポートの1ページに、大きくインドビザ!!!

しかも、空欄にしていたビザの種類は、半年間のマルチ
これで半年以内にはまたインドへ行ける!

行くかはわからないけど。

もし、中国で申請していたら、今頃はまだ
書類集めに東奔西走だったんだろうな。。。

というわけで、

教訓:
インドビザの取得は、日本で取得するのが一番楽!!

・・・

17日。早朝。

成田空港から、いざデリーへ!

と、まずはタイのバンコクを経由するところだが、
まさかこの道のりから、幸先の悪いスタートを切ろうとは・・

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「無銭」じゃない「無線」LAN in 成田空港

飛行機は北京も日本も晴天の中、無事成田空港へ。

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河北省の山脈も、アルプス越しの富士山も見られました。

で、昨晩できなかった連絡や調べ物などをしようと、
今成田空港で無線LANをつないでいます。

・・・で、初めて知ったのですが・・・

日本の無線LANは「無銭」ではなく、有料なのですね。
HOTSPOTという言葉すら、実は昨日知りました(汗)

なぜなら、ワタクシがノートPCでどこでもネットが
できるように、と無線LANカードを購入したのは、
前回日本から北京へ戻ってくるときの成田空港だったので。

最初に使用したのが、北京なんです。

北京で普段無線LANを使うときは、和飲輪飲などのお店で
「無銭」で使用している。無線LANというものは無料で
使えるものと思い込んでいました。

Net

成田空港で使われているのは、BIZPORTALというサービス。
成田空港内と一部都内でのみ使えて、24時間で500円だとか。

高いなぁ・・・

日本にも、「無銭LAN」の場所、あれば教えてください。

おまけ:

飛行機で無料配布していた「環球時報」を読むと、
「オバマ大統領就任式を見に、500万人がワシントンへ」
という記事がトップに・・・

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行かなくて正解だったかもしれません。
アメリカの政界に、世界中の人が注目していますね。

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明日から日本+その先の海外へ

今回は、ビザ&仕事&春節の関係で長めの日本です。

「せっかくなので、日本発の格安海外旅行でも行こう!」
と、年末から世界中の地図とにらめっこを始めていた私。

まず考えたのが、アメリカ合衆国。

1月20日に、
アメリカではじめての黒人大統領が誕生します。

そんなタイミングで、

「オバマ大統領のふるさと、シカゴへ行こう!」

と思い立ったのですが、シカゴ在住15年の某方から

「自殺行為」

と言われ、一発で辞めました。

「体感温度はアラスカよりも寒い」
「車がないと、街中の移動は寒くてできない」
「タクシー代だけで、飛行機代くらいかかる」
「ワインを流すと、液体がそのまま凍る」

「できるだけお勧めしません」

できるだけ、というより・・・

100%、ダメ!

という回答ではないですかぁ、よーこさんっ!!

ならばちょっと南下して、NY&ワシントンDCはどうかな?
と今度は元NY&北京駐在員のMさん(札幌出身)に聞くと、

北京や札幌と変わらないくらいだから、大丈夫だよ」

との返事。
それでは、NY→フロリダの鉄道旅なんてのもいいかな。

と、思っていた矢先・・・

時は12月22日。
ちょうど、映画交流会で「六ヶ所村ラプソディー」を鑑賞。

映像に流れたのは、最果ての地・青森の
吹きすさぶ雪と、夏でも寒そうな空の色。

しかも会場は暖房がなく、
北京の寒い冷気に晒されながらブルブル震えて見る状態。

やっぱり・・・
「とことん、暖かい国へ行こう!」

と思い直したのでした(へタレ)

そんな私が最終的に選んだのは、

「タイ・バンコク経由」で「インド」
日程は、1月17日~24日までの1週間。

インドは、11月にムンバイでテロが発生したところ。
バンコクは、これまた11月に空港封鎖事件が発生したところ。

すなわち・・・

別にニュースを追いかけているわけじゃないのに、
気がつけばオバマ大統領の就任式よろしくの
歴史的史実に巡り合ってしまいました。

これって、何の縁なのでしょうか・・・

ひとまず、世界を揺るがすイベントがある(あった)所は、
周囲の反対意見もいただくし、
やっぱり用心しなければなりません。

前職の会社の人が、10年以上前にデリーで作った
「シゲタトラベル」にインド国内旅行を按配してもらい、

防犯は中国国内旅行以上に固め、
目をギラギラさせて行ってきます。

旅先でも、できるだけ無事であることを発信していきますが、
もし、24日以降も何の音沙汰もなかったら、少しは気に掛けてください。

>北京の皆様
2月まで北京におりません。暖かくなる頃に帰って参ります。

>日本の皆様
2月まで日本におります。温かく迎えてやってください。

それにしても・・・
今まで荷造りをしていたのですが、
気が付くと家中のモノを整理していました(^^;

妙に、家の中が片付いているので、帰ってくるとき気持ちいいかも(笑)

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ネットでも予約できるのに!?まだ続く「春運」騒動

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大望路近くの「火車票」(列車の切符)売場。
毎年、春節前に見られる帰省ラッシュ「春運」
準備の光景なのですが、やはりすごい行列!!

並ぶだけでも、良くなったって?なんもなんも・・・南無・・・
※でも、軍人さんは優先なので割り込みするそうです。これまた南無・・・

中国の飛行機は、ネットで帰るようになったのですが、
火車の切符はまだまだ
・発車駅の街で
・数日前から
・駅、もしくは切符売り場で買わないといけない。

という超アナログ不便極まりないやり方が定番。
なので、こんな行列ができてしまって、
会社もおやすみ、学校もサボり、躍起になってチケットを求めます。

それくらい、中国人は春節の帰省が大事なのです。

でも、最近ではこうした「火車票」は、ネットでも購入できるようになったのです。

【網上訂火車票】
http://www.huoche123.com/main/yu,ding,huo,che,piao.html

Huochewang

これを利用すれば、あの不便な行列に並ばなくて済む!

世の中便利になったものですが・・・

まだ、知名度は低い模様。
というのも、春節で帰る労働者の大半が「打工」という
地方からの出稼ぎ労働者。いわゆる短期バイト系。

こうした人たちは、まだパソコンを使う人は少ない。
くわえて、情報伝達が徹底されていない。
駅に行って、はじめてこのことに気づくなんぞ、もったいない。

しかも、ちょっと今試してみたけど、やっぱり混雑時には
あまり役に立たないかもしれない・・・というのが感想。
乗りたい列車に連絡先、届け先、注文内容を入力してボタン!

これで、売り切れていたり、不備があったら即効でやり直し。
この「売り切れ」だって、ひょっとするとこのサイト限定枚数なのか?
と、疑ってしまいかねない。

やはり、火車の切符はじかに実物を手にしないと安心できないかも・・

まだ、ネットというインフラが定着するまでには、
もう少し時間がかかるかもしれません。

とはいえ、
数年前に比べるとかなり便利になったと思います。
飛行機は、もはやネットでどの区間でも購入できるし、
バスだって、購入できる。ホテル予約も簡単。

もはや、火車だけが古い歴史と共に動きにくい巨大な遺物と
なってしまっていくのでしょうか。

そうならないように、、、

和諧号を増やそう!

あれだけ、往復でチケットを帰るので、
ひとまず帰りの足を押さえるのは簡単です。

と、言うわけでまた旅へのいざないが聞こえてくるのでした。

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第9回北京ブロガー交流会 『Be-Bloggers9.0』開催!

北京で、ブログを通して情報発信している人の集まり、
「北京ブロガー交流会 Be-Bloggers」の会が半年ぶりに開催。

北京のブロガーといえば、老若男女学生社会人主婦・・・
あらゆる立場の方々がいて、でも皆好奇心があって話が大好き。
今回も、会場には某企業の駐在員や北京で会社を経営している人、
留学生、主婦、メディア関係者ら総勢34人余りが集まりました。

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会場は、最近の定番・大望路の現代城にある 「和飲輪飲」でした。
エレベーターを降りると、こんなイラスト付きの看板がお出迎え。

中に入ると、すでに人でいっぱい!!
ど、どうやって集めたの~!!?

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ビュッフェ形式で、一人50元。
店長でブロガーメンバーの蔡くんによる良心会計です。謝謝!

久しぶり&幹事交替の第1回目ということで、本来の1回目より参加している
Xiaomiさんより、Be-Bloggers発足の経緯について説明がありました。

このブロガー会が発足したのは、2005年5月。
何があったかというと・・・北京、上海などでの反日デモ。
テレビなどのマスコミでは、街中の惨状が伝えられ、中国に対するイメージは悪化。

そんな時、実際中に住んでいた人たちは、というとテレビとは違う風景の中、
中国人と遊んでいたり、逆に中国人から心配してもらったり、と
決して日本の皆さんがテレビでみたものとは違っていた、ということです。

こういうことを、ブログなど自分達のメディアで伝えたい。
そのために、どうすればいいのか、みんなで情報交換をしたい。
と、いうことから集まったのがはじまりだったそうです。

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今回、ちょっと趣向が違ったのは、クイズゲーム!
北京のブログを全般に読んでないと難しい「北京ブロガークイズ」もありましたが、
一般問題の○×クイズなどもあり、盛り上がりました。

うー・・・世界で一番ブログを書く言語で多いのは「日本語」なんて、
日本語ユーザーなんて、世界で1億ほどしかいないのに不思議だ。。。

チームを組んでのクイズだったのですが、
同じグループにいたのが、普段はアメリカに留学中という巳波さん
現在、冬休みを利用して1ヶ月だけの短期中国語研修に来ているのだとか。
そんな短期間の滞在で、どうやってこのブロガー会のことを知ったの・・?

と、聞くと、

「中国語留学を考えた時に、じゃんすさんのブログ
地球村学校の記事を見つけたので、
読むようになったらこの会のことが載っていたんです」

ここでもブログが大活躍!!

じゃんすさんは、前回までの北京ブロガー会幹事。
帰国されても北京のことを気に掛けていただいて、感謝です。

そして、最後に今回の会を発起したみどりさんから御挨拶。
わざわざ原稿を書き下ろしてくるあたり、さすが書道家!!

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「本日、久しぶりのブロガー会を実現することができたのも、
ひとえに私のおかげであり・・・」

お茶目なみどりさん、ありがとうございました!!

これからは、みどりさんを会長に、幹事は持ち回りとなる予定。
私にお鉢が廻ってくるまで、私は北京にいるのだろうか・・・

【Be-Bloggers9.0 参加者サイト】 (順不同、コピペさせていただきました)

「北京ガア子の朝陽区な日々」ガア子さん http://plaza.rakuten.co.jp/chinadego/
「北京のジウ。トホホな日々。」ジウさん http://plaza.rakuten.co.jp/beijingjiu/
「Emmy Broad Band Cast」KOMA http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/  
「丁未堂画室」丁未堂さん http://blogs.yahoo.co.jp/teibido
「中国さんさんぽ」ソウコさん http://blogs.yahoo.co.jp/souko_otokozawa
「奈良人 in CT」巳波さん http://yusukeminami.blog58.fc2.com/
「北京の足音」ひろちゃいなさん http://blogs.yahoo.co.jp/hirochina55
「DIARY IN BEIJING」Tammyさん http://blogs.yahoo.co.jp/tamami122013
「日々海量北京報」あんどぅさん http://blog.livedoor.jp/beijingando2007/
「mayusaya@北京ヒルズ2」mayusayaさん http://plaza.rakuten.co.jp/mayusaya888/
「マダムと力宏な日々」陸太太さん http://plaza.rakuten.co.jp/timtimbeijing/
「北京いつも上天気」Xiongmao07さん http://plaza.rakuten.co.jp/beijingxiongmao/
「北京メディアウォッチ」しゃおりんさん http://pekin-media.jugem.jp
「北京逍遥」多田さん http://dongxiang24.spaces.live.com/ 
「ゴジラが北京に来る夜に」ゴジラ@北京さん http://plaza.rakuten.co.jp/ngodzilla21
「脳天気の北京deあれこれ」doramiさん http://myhome.cururu.jp/doorami/blog
「Chai ( Fei Fei )'s Blog」ちゃいさん http://blog.360.yahoo.com/chaichai6
「北京で起業、五年目の日記」平田さん http://www.blog-grandslam.com/
「ENTERO独立革命記」ガミさん http://entero.jp/

幹事
「みどりの果敢な北京生活」みどり http://blogs.yahoo.co.jp/yorinotorimidori
「北京五彩繽紛」xiaomiさん http://plaza.rakuten.co.jp/xiaomi/
「週刊中国的生活」ともこさん http://weeklychinalife.blog103.fc2.com/

会場
「和飲輪飲」蔡さん http://wainwain.blog108.fc2.com/

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北京で、人生初の『ホストクラブ』を体験!!・・・??

1月10日

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北京市内のあるビルの一角にできた、ホストクラブへ行ってきました。
初☆ホストクラブ!もちろん、日本でも行ったことありません。

でもこのホストクラブ、なんだか普通のクラブとちょっと違うみたい・・。

編集の仕事をひと段落させて、10時ごろお店に行くと、
友人のTちゃんたち3名が扉の前をウロウロ。

「怖くて、扉が開けられないよ~」
え?なぜにホストクラブの扉が怖くて開けられない・・・
そこで、私が扉を開けて見ると・・・・こ、これは!!

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北京でおなじみの某社マネージャーS氏をはじめ、
日本人の顔見知りばかりがずらり並んで、「いらっしゃいませ!!」

そう、ここは20人の”自称”北京在住日本人ホストが作った、
一晩だけのホストクラブ。その名も「Romeo」なのです。
皆さん、ホスト暦2時間というベテラン!!・・・とは程遠い方々。

4人でテーブルへ案内され、座っていると、
またまたホスト?の皆さんがずらーーーり。

「好きなキャストを指名してください」

と、和○輪○のてんちょ・・・もとい、源氏名コタローさんがリード
ちなみにこの店のナンバーワンホストだとか。

なので、私と一緒に入店した中国人友人が、
「じゃ、コタローさんがいい!」ということでコタローさんが席へ。

で、私は・・・というと、みんな知っている顔ばかりなので、
あえて初めてお会いする方を指名。源氏名はヒカルさん
本業はハリきゅう。。。もとい、人を治療面で癒すホストだそうです。
ずらり並ぶと、他3人のホストは・・・友人でした。

後は、クラブと同じ感覚。でもこちらがお客さんなので、
「一杯いただいていいですかぁ?」と聞くのは男性。
ホストクラブ「Romeo」の即席マニュアルによると、一行目には
「お客様は、女王様です」と書かれていたそうな。あは。

普段の飲み友達が、この晩だけは女王様と家来の異空間。

でも、なかった気がする。。。

普通に飲んでしゃべって、というだけならまだしも
お客さんたち、何故か嬉々としてカメラを構えていたり
ホストがお客さんにタバコの火をつけて貰ったり
他の席に座っているお客さんも知り合いで談笑しちゃったり
中にはとあるホストの奥さんも来てしまい、
「絶対指名しない!」という契約を交わしていたり、と、
やっぱりここのホストクラブはちょっと違う気がするんだけど・・・

2時間飲んでしゃべって、一人150元。
これに一本別料金で300元のシャンパンと、
ホストの飲み代で、〆て4人で1020元(13000円くらい)。
一人あたり、250元(3000円ちょい)で楽しめるホストクラブでした。
普通のホストクラブだったら、こんな値段で飲めません。

楽しかったので、また行きたいと思います。
またあれば、だけど・・・

こういうイベントに参加しながらよく感じるのは、
北京の日本人社会って、泉京鹿さんが翻訳された
『兄弟』の舞台・我らが劉鎮みたいだな・・・ってこと。

狭い社会の中で、身内で面白い企画を打ち出しあって、
でもその人数が決してグループ程度ではなくある程度の
人数揃ってしまって、皆で楽しんでしまおう、という大胆なことが実現する。
このノリのよさに、妙な楽しさを感じている自分が怖いです。

ちなみに、
この話を前の日に聞いたコタ・・・もとい、和飲輪飲の店長から、
「おしゃれしていったほうがいいよ」と言われたので、
結構頑張ってドレスアップしましたが、いかがでしょうか・・・

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ホストクラブ『Romeo』 所在地・一晩限りなので非公開

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第9回 北京ブロガー交流会『Be-Bloggers 9.0』開催のお知らせ in 中国北京

北京へ帰ってきたら、書こうと思っていたのですが・・・
今日が締め切り日になってしまいました!(汗)

・・・

7月以来のご無沙汰です。
というより、前幹事のきたむー君が帰国してから、
新たに会合を開こう、という人が出てこなかったのですが(私含め)

今回、主婦ライター?ブロガーの我らが姉御!みどりさんが、
「私、やるよ」と、ご本人のブログに書いてから本当に動き出しました。

みどりさん、感謝!!

という訳で、
第9回 北京ブロガー交流会『Be-Bloggers 9.0』開催のお知らせです。

古くから北京にいらっしゃる方はもちろんのこと、新しいメンバーも、
学生も社会人も主婦も、職業肩書き問わずに和気あいあいとした集い。
初めての方も気兼ねなく参加できるオフ会です。

色んな立場の、でもブログを書くだけに好奇心旺盛な人が集まる会だから
私の変な話も嬉しそうに聞いてくれるし、
皆さんの話題豊富な北京暮らしの知恵や社会の話など
有意義な時間をすごせます。

私は北京へ来て以来、かなりな確率で参加してきましたが、
今回も、たった8日しかいない1月の北京で、タイミング良く
開いてくださいました!ので、参加します。

申込が本日正午までとなっているので、このブログを見た
ご興味ある方は急いでお申し込み下さい。

━━━【要項】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

―第9回北京ブロガー交流会  (Be-Bloggers9.0) 新年会―

■【趣旨】
 北京でブログを書いている人たちがリアルの世界で一堂に会し
 顔と顔をつき合わせて交流する機会を創る。

■【日時】 2009年1月11日(日)午前11時30分開始

■【会場】 「カフェ・ラウンジバー和飲輪飲(わいんわいん)」
 (現代城A座35階3512 地下鉄大望路駅南側) TEL:85894383

■【会費】 大人50元/子ども30元(立食形式。ビュッフェ)

■【資格】 ブログを書いている方、mixiの日記でもOK!
      ブロガーに会ってみたい、ブログに関心のある方   

■【申込み先】 beblogbj@gmail.com 

■【締め切り】 1月9日正午

 当日参加者一覧を配布する都合、申込みの際、以下を書いてください。
 ・ブログの場合
   「ハンドルネーム」「ブログ名」「ブログのURL」
 ・mixiの場合
   「ハンドルネーム」
 差し支えない範囲で「簡単な自己紹介」

「自分が出した本がある」、「私はアーティストだ」という特技(?)をお持ちの方は、
その証拠物件(?)をお持ちください。みんなの前で展示&紹介する計画あり。

━━━【要項終わり】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

お会いできる時を楽しみにしています!

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という訳で、今年の目標-その2-

2日前の日記に書いた、

日本の人にも中国の人にも認めてもらえる番組を
ひとつでも多く作ること。

元旦と2日は、四川省の被災地を訪問しました。
そして、今、ビデオをせこせこと編集中です。

被災地の皆さんは、復興に向けて頑張っていますが、
そんな中、家の建て直しが進む一方で、
崩れた状態で放置された建物も多数残されており、
テントを張ったり、崩れた所を見た目だけ綺麗にして、
営業を再開しているお店も見かけました。

建物が崩れただけで、いつもと同じ生活をしているように見える
中国の人の強さ・タフさを感じると共に、

え、これ、やばくない?という思いも・・・

まだこの状態で、建て直しもせずに営業して、
崩れてまた犠牲となる方が出てきたら・・・
専門家の方の意見を仰ぎ、メディアは伝え、
世界の人々から関心の目を背けてはいけない、
という思いを新たにしました。

でも、もう一方で、
「メディアの役割」
についての思いを複雑にさせたことも本心の中にあります。

昨年6月に「四川省へ行く」と言ったときと、今回。

周囲の反応は(すみません、自分はそう感じたことも事実です)
「あ、そうなんだ」と、さらっと流された感じがします。

そして、今回は四川省を中心に、中国7省を廻ったのですが、
出会う中国人に地震の話をしても、「ふーん」で終わり。

地震直後の、あの情熱はどこへ行ったのでしょうか。

そんな中、自分が作った番組は皆にとって
「必要な情報なのかどうか」というジレンマも覚えますが、

現場を見ると、あの風景は伝えなければならない。
という気持ちに揺るぎはないかもしれません。

まずは、番組を作った後でまた振り返ります。

皆さんの声も聞かせてください。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。

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という訳で、今年の目標-その1-

中国34省(自治区・行政区・直轄市)全省踏破。

残した省は、

雲南省、海南省、広西壮族自治区、
青海省、チベット自治区、新疆ウイグル自治区

・・・かなり無謀なカードばかり残しました。

これを踏破するためには、10日レベルの長期休暇を
2回に分けて取得し、3省ずつ歩く方法を採ると思います。

【コース1】中国南部(雲南省、海南省、広西壮族自治区)プラン
1日目 北京→まず広州辺りへ飛行機で飛ぶ。
2日目 夜行火車で海南島。1日過ごす。
3日目 海口から夜行船で広西壮族自治区の北海へ。
4日目 火車に乗って、南寧で途中下車し、雲南省の昆明へ。
5日目 時間がなければここで北京へ戻る。
・・・時間があれば、世界遺産の麗江くらい行きたい。

【コース2】中国西部(青海省、チベット自治区、新疆ウイグル自治区)プラン
1日目 北京→ラサへ飛行機で飛ぶ。1日過ごす。
2日目 夜行火車で青海省の西寧へ。
3日目 西寧に着く時点で夜になりそうなので、一泊。
4日目 飛行機で新疆ウイグル自治区のウルムチへ。
5日目 時間がなければここで北京へ戻る。
・・・時間があれば、ウルムチから北京方面への火車に乗って
どんぶらこ~、どんぶらこ~、と東へ東へ。
オアシスのトルファン、世界遺産の敦煌、最西の長城は見たい。

すると、10日はかかると思います。

年に2回も、こういうことをする時間とお金があるのでしょうか。

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一年の計は元旦にあり

私の2009年は、夜明け前の朝5時から始まりました。

成都のユースホステルで寝ていると、いきなり携帯に電話が。
電話の主は、去年の元旦にも泰山で出演したニッポン放送。

主「連絡が行っていなかったようですが・・・今から特番に出てください
私「ふあ?」

ここのユースは日本人の女性が経営しており、
元旦の日にお雑煮と巻き寿司を振舞ってくれるのですが、
そんなお雑煮をもぐもぐ食べながら、成都リポートしました。

この一年もまたスッタモンダすることを示唆するかのようです。

「一年の計は元旦にあり」

は中国の古典、

「一年之計在于春、一日之計在于晨」

を原拠とするそうです。

一年の計画は年明け一番の新年に、
一日の計画は夜明け一番の朝に決めましょう。

という訳で、計画を立ててきちんと動ける一年にしたいです。

ま、年明け一番の新年の、夜明け一番の前の朝に、
スタートを切って動き出したとはいえ、
いきなりのラジオ出演では計画も何もないけど(汗)

でも、元旦から成都にいたことは、少なからず意味があります。
今年もこんな一年にしたいな、という思いも込めて。

・・・

上海に住むミュージシャンの川島蹴太さんと、1月1日に
四川大地震の被災地・綿竹を、翌2日に都江堰を訪れました。
都江堰出身の川島さんの友人に、なかなか行けない農村の
彼の実家まで連れて行ってもらったのですが、農村の人々は
半壊状態の自宅を、自分達で修理していました。

被災地の人は仮設住宅に移っていましたが、街中には
崩れた建物がそのまま残され、その前や中に改修を待たずに
営業している店が。そして市場は日常に戻っていました。

こうした風景を見ると、人々の逞しさを実感すると同時に、
私のような弱っちい未熟な人間が「伝える」ということは、
果たして皆さんの役に立つのか、なんて自問自答が残りました。

でも、ここからひとつの目標が生まれました。

「伝え得るだけの器の人間になる」

これまでも、色々なことを伝えるために行動してきたけど、
今年は、中国や世界のあらゆる情勢を、日本の人にも
現地の人にも認めてもらえるようなレポートができるように、
人間として強く、大きくなることからはじめます。

ところで、そのための細かい「計画」は?

というと・・・

細かいの、苦手なんですよね・・・ 

だめじゃん!

大きなことができる人間は、細心の気配りができる人間
とも言われるので、まずはここから頑張ります。


テトラプルトラップ川島蹴太の近況が知りたくなった8(中国編)
http://ameblo.jp/tetrapletrap
※中国でご覧になる皆様は、以下URLをご利用下さい。
http://unpassed.com/index.php

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【謹賀新年】とりあえず、無事生還しました

無事、無事故無違反無傷無病無盗難無災難で
9日間の旅を終え帰って参りました。

今年もよろしくお願いいたします。

・・・

では早すぎるので、少々補足です。

今回の旅では、中国中南部の
暗記省、厚生省、コナン省、琥珀省、視線省、奇襲省、公正中案自治区、竿灯省

の8省(自治区)を廻り、うち未踏地の6つを踏破、
これで29省(自治区・行政区・直轄市)達成と相成る予定。

・・・だったのですが、

最後の最後、貴陽から広州へ向かう夜行列車で
公正中案自治区を通過(&途中下車)すると見越していたのに、
このK66次、なんと北側のコナン省を廻って、
広州へ南下するルートだったことが、乗った後に判明!!

残念ながら、1自治区踏破ならず!
今回で通算28という結果に終わりました。

まあ、観光地にしっかり立ち寄らなくては行った意味もない。
今度は有名観光地・桂林あたりを旅して、この自治区を踏破したいです。

今年の目標が、またひとつ増えました。

この決意表明を、新年の挨拶に代えさせていただきます。

・・・

最後に、

この9日間でお会いした皆さん、大変お世話になりました。
旅路に花を添えるのは、やはり出会った皆さんの存在です。

PS.旅疲れで、漢字の変換ミスがちょっとあります。
  すみません・・・ご容赦を。

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