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北海道上富良野町で発見!?-我が家の家系図

今日は、まったくもって個人的な、自己満足のエントリーです。
でも、他の“迷える”家系の方々にとっても参考になるかもしれません。

・・・

我が家には、家系図がありませんでした。

父も伯父も、若くして亡くなった彼らの祖父(私の曽祖父)が、
どこで何をしていたのかを知らずに育ったから、です。

そんなある日―

私の元に、姉から1通のメールで、
「なんか、うちの父親が“Httpなんとかっていうページを探してほしい”
って、なんか興奮しているんだけどわかる?」とSOSが届きました。
※父はこの時、インターネットを触ったことがありませんでした。

で、話を聞いていくと、驚くことに―

伯父が、ネットサーフィンで自分の家系にまつわりそうなキーワードを
色々調べている時に、曽祖父の存命中の詳細を、
なんと上富良野町役場のサイトで見つけたというのです!

そのサイトには、自分の父(私の祖父)の名前が記載されており、
父達の祖父、私の曽祖父にあたる人物のことが詳細に描かれていました。

そんな訳で、私が一時帰国中の7月、
伯父が体調を崩し入院→自宅療養中というのでお見舞いに訪ね、
「我が家の家系図」をテーマにワイワイと盛り上がりました。

話が進んで行った時、伯父はおもむろに、

ドバドバーーーーッ!!
と、大量の資料を広げ始めました。資料、というより史料でした。

Img_49092

サイトの文面を読み進めるうちに、
とことん調べたくなってきたらしい、部類の調べ物好きの伯父。

なんでも、このサイトを見つけたあとで、
曾祖父の長男の息子さん一家
(つまり、父たちの従兄の子供の家族?)を「はじめまして」状態で訪ね

資料をいただいてきたらしいのです。旭川まで飛んで行ったようで・・・すごい。

そんな、父・伯父一家で騒然となったサイトが、こちら。
北海道上富良野町のホームページ:「富良野村時代の村医の足跡」
http://www.town.kamifurano.hokkaido.jp/hp/saguru/1613nakamura.htm

以下、サイトから内容をかいつまんで紹介。

明治維新以降、新たな土地に夢を求めて海を越えた移民が、
村や町を次々と興し始めた北海道開拓時代。

自治体として機能を果たし、人口が増える中で、
「村民を診てくれる村のお医者さん」が求められた。

そこに白羽の矢が立ったのは、遠くは石川県能登の當目村、
金沢大学医学部を卒業し、名頭(地主)の息子でありながら
地元で開業医を開いていた曽祖父・政一氏だった。

開業医を務めながら地主、村長娘の婿、などの肩書きを持つことに
苦悩を感じた政一氏は、新天地を求めて医院を閉じ海を渡った。

北海道に到着後、月形村、滝川村で医者を務め、
明治38年(1905年)、富良野村へ入り初の医院を開業した。
これが、上富良野町(当時・富良野村)の郷土史に、
政一氏の記録が残された所以となったのである。

北海道新聞1998年7月10日の記事にも、
「富良野医療史に新事実」として、大きく掲載されていた。

Img_4942
(右が、その北海道新聞で曾祖父のことが書かれたスクープ(?))
左は、私の祖父が樺太で届け出た婚姻届。)

家系図すらなかった我が家の先祖が、
まさかまさか、こうした役場の郷土資料の中に残されて、
実名で新聞にも載っていたとは、本当に驚きの新事実!

しかし、ここに「戦争」の陰が忍んで来る。

政一の四男で私の祖父・秀雄は跡を継ぐわけでもないため、
戦争ムードが広がる昭和のはじめ、樺太へ渡って仕事を始める。
そこで結婚、父の姉(つまり私の伯母)が樺太で産まれました。

伯父(S12生まれ)と父(S20生まれ)は札幌生まれなので、
おそらく戦争が終わる前に、祖父は引き揚げてきたということになります。
が、樺太にわたっていた間に、情報過疎になってしまったのか、

サイト上では、私の祖父の記載は、
「札幌北辰病院勤務」で終わっているのです。

曾祖父の話が、父や伯父のところまで届いていなかったということは、
翻せば、このサイトにも、祖父の情報が載せられなかったというですね。

・・・

「家系図」で、自分の立ち位置を考える。

自分の家のルーツ、家系がどんな風に生きてきたのかを知ると、
今の自分が社会の中でどんな位置に立つのがふさわしく、
今後どういう風に社会に貢献できるのかを考える、いいきっかけになりました。

そして、それを辿るのが、
今ではインターネットで可能になったのですね。

父も伯父も、曾祖父について知っていたことは、
子供の頃、交流のあった叔父さんや叔母さんから聞いた
「おじいさんはお医者さんだった」ということだけだそうです。

伯父はその情報だけで、ネットで曾祖父の詳細を見事に発見したのです。

しかしこのサイトの中に書かれている、
曾祖父の子供たち(要するに私の祖父・大伯父のこと)の就職先は、
郵便局に病院にと、かなりのインテリ。さすが医者の子供。

そんな血を引いている私は…

ま、まったく関係ない仕事をしているのだけど、
いつか、初めて村で開業医となった曾祖父のように、
今までにないことを始めるかもしれない、です(期待)。

そういえば、わが父。
先日、母校の甲子園の県予選を一緒に観にいった帰り道に、
こんなことを話していました。

「高校の時、本当は野球部に入ろうと思ったんだけど、
先生から「卓球部を作ってくれ」って言われてさあ。
あれがなければ野球部に入っていたんだよなあ・・・」。

父、卓球はめちゃめちゃ上手です。
かつ、会社に入ってから、そこの野球チームにも入り、
念願の野球もやっていました。

その後、結局自分で事業を立ち上げ、
65歳の今も(2009年現在)順調に仕事をしています。

やはり、新しいことを始める血は争えないようです。
私こそ、60歳以上でも仕事をしなければならない時代に突入するのだから、
今から人生設計をちゃんとかんがえなければ!

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上富良野、といえばラベンダーよラベンダー
http://www.kamifurano.jp/
2006年7月撮影の力作!!

我が家のルーツを探る、という名目で行ってみますか北海道!

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