« 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"1 | Main | 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"3 »

中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"2

中国海南島にて、戦時日本軍に性的暴力を受けた"アポ"
訪ねる"今の日本の若者達"に同行した道中記。
※詳細は『ハイナンNET』 http://hainannet.org/

2日目がスタート。
本番は、これからかもしれません。

12月28日 三亜に泊まっていた宿をチェックアウトし、
バスターミナルから再び「保亭黎族苗族自治県」へ。

保亭の街中から、バイクタクシーに乗って、更に山奥へ。
「ここからは歩きます」という辺りで降りると、村の入口が賑やか。

どうやら結婚式のようです。集会所らしき所に村人の皆さんが
一同に会し、盛り上がっているところを歩く日本人。
当然ながら、村の若い男性陣が「ヒューヒュー!!」と騒ぎます。

奥まったところに、この日会うアポの家がありました。
「アポー!!」久しぶりの再会に喜び合う彼女達とアポ。

Img_6740

結婚式の流れでしょうか。着いた時にも、家族の人たちが
式場から持ってきた料理をどんどんテーブルに置いてくれます。
「結婚式のお祝いを分けてもらうって意味でね」 いいのかな・・・?

昨日お会いした2人のアポよりも、元気なご様子。
一緒に食事を取りながら、黎族の言葉を教えてくれました。

「おいしい!」 は 「マンタイ!」 →タイ、にアクセント。
「ありがとう!」 は 「リャーティヤー!」 →平板。

気が付くと、家族だか家族じゃないのかわからない人達も
どんどん家に入ってきて、結婚式のお祝いと私達が来たお祝い、
一緒にやってくれちゃった感じ。いや、純粋に結婚式を祝ってください。

Img_6769

家族がなかなか離してくれず、若い衆も絡んでくるのですが、
そろそろ次のアポの家を訪問しないと、日が沈むんでないかい?

後ろ髪を引かれるような気持ちでお暇すると、若い衆の皆さんが
知人のワゴンをチャーターして、次のアポの家を告げてくれました。

皆さんのおもてなしに、感謝。

私たちと荷物を乗せたワゴン車は、軽快に村をスタートしました。

ところが、次のアポの家は、想定以上にわかりにくい。
あっち行って、引き返し、こっち行って、引き返し、
歩いている人に道を尋ねて、わからないと言われ・・・

迷った

何度も来ている彼女達が持参した住所のメモも、
「保亭県○○鎮○○村」でおしまい

ワゴンの運転手さんが何度も、依頼した
若い衆の方に電話をかけて引き返しを繰り返し探す羽目に。

2時間後。

やっと記憶のある風景にたどり着き、
「これ以上は車では無理」という辺りでワゴンの運転手さんに
御礼を行って、下車することに。

Img_6789

ね、無理でしょ。

この山道を歩く20代日本女子。
一人はデニムにスニーカーという山道スタイルだけど、
もう一人は、東京の渋谷を歩いていそうなワンピースにヒール。

「ワンピースはまだしも、そのヒールはきつくない?」
「うーん、でも、これしか持ってこなかったんだよね」
とはいえ彼女は、既に5回も6回もここに来ていて慣れたもの。

ある意味、このくらいの大物?でないと、
中国という大陸は渡り歩けないかもしれない(海南島ですが)。

崖を越え、川を越え、奥まったところまで行くと、
途中で追い抜いたバイクの人が、アポの家族に伝えていたらしく
家族の人が手前で待ってくれていました(村のコミュニティって狭い)

すっかり日が暮れてたどり着いたので、そのまま夕飯。
家に着くや否や、夕飯を食べる部屋に通されて、
娘さん夫婦と乾杯!そういえば、さっきも今回も茶碗にビールが・・・

Img_6799

娘さん夫婦が普通語を話せるので、いろいろとお喋り。
こうして色んな人が集まって盛り上がっているところに、
突然、2人の若い兄ちゃんが部屋に入ってきました。

「え!!!!???」

なんと、昼に訪ねたアポの家にいた兄ちゃんじゃないですか!!

「いやあ、結構迷っていたみたいだから、心配して来たんだよ」

心配だからって、この夜道を、あの劣悪な道路を、
バイクで2人乗りして2時間かけて来てくれたのですか・・・?

「30分だったよ」

あ・・・道に迷わなければそのくらいだったのですね。

「こうして皆さんに迷惑をかけながら、アポの家を廻っています」
片や中国人としては、こうした親切が当たり前の所もあるけど、
日本人にはない親切に、感謝を覚えずにはいられません。

普通に入ってきて、普通に円卓に座り、家族の人も
普通にビールを注いで乾杯。この大らかさも面白いですね。

結局兄ちゃんたちは9時ごろにお暇。
私たちは、1部屋借りて3人で1つのベットで就寝。
電気も少ない、トイレもレンガを積んだだけ、風呂は当然、ない。

そんな所でも、動物は歩き回り、人は普通に生きている。
不思議な夜を過ごしました。

Img_6805

朝食をご馳走になってから、9時にさよなら。
家族の人がバイクを出してくれて、崖を登り、川を越え、
一歩踏み外したら・・・という所を抜け、街角まで送ってくれました。

12月30日

この日は順調に行けば、昼前に次のアポの家について、
また別のアポの家に泊まって、
31日は三亜バスターミナルに戻って海南島北端の海口へ―。

という予定を立てての行動。

だったのだけど、保亭の街に着く頃Lちゃんにハプニング!
「貴重品の入ったバッグを、さっきのアポの家に忘れた」

既に何度もこのアポの家に行っているZちゃんが、
再びバイクを拾って取りに戻ることになったのだけど、
日本の東京とは事情が違う。同じ村なのに往復で2時間。

でも、忘れた場所がアポの家だったのは幸い。
忘れたことも知られずに、ベッドに残っていたようです。

気を取り直して、保亭のバスターミナルから長距離バスに乗り、
この日訪れる予定は、お隣の「陵水黎族自治県」。

Img_6831

海南島で一番高い山、5本指の形をした「五指山」の南を走り、
市場で降りて、再び車の入れない場所から山道へ。

椰子の木の群生を越えて、次のアポの家に辿り着いたら、
時は既に午後2時。

Img_6836

イヌの鳴き声に気づいた娘さんが顔を出してくれるや否や、
歓迎の挨拶と同時に即効で私たちの荷物を・・・寝室に

「い、いや、今日は次のアポの家に泊まるんだけど・・」

という言葉を言う前に、娘さんはそこから昼食作りを開始。
既に昼食なのか夕飯なのか、わからなくなっていましたが。

Img_6905

家の周りには、椰子の木がいっぱい生えています
アポも、どこからか落っこっていた椰子の実を拾って戻り、

Img_6863

アポ自ら、斧で椰子の実を割り始めました。その力のすごいこと!!

「あ、アポ!! 危ないから私やるよ!」

私達が交替に斧で割り始めますが・・・アポの方が上手でした。
結果として、アポがそこら辺にいた近所の男衆を呼んで、
割ってもらいました。こういうことを頼めるのも、村のコミュニティか。

Img_6873

椰子の実を食べ終えてから、昼食が出来上がったのでご馳走に。

食べ終わると、時既に4時。するとアポ、
「買出しに行くよ!付いておいで!」
という仕草を見せ、私たちを連れて近所の商店へ。
この時点で、今晩の宿泊はここに決定です。

Img_6927

予定は得てして狂うのが中国。SちゃんとAちゃんで、
次のアポの家族に、訪問が明日になる旨連絡を入れ、
海口へ行くタイミングなどを打ち合わせです。

「5日間もあれば、7人のアポを訪ねることなんて余裕でしょ」

とは、行かないのが中国の農村です。

移動手段の不便さや時間もさることながら、
こうして訪れる度に、アポや家族から手厚く歓迎してくれるのです。

Img_6963

出来立てのおいしい手料理をいただきました。
なぜかやっぱり、茶碗にはビールが注がれています。

夕飯になると、さっきまでは娘さんしかいなかったはずの家に、
色んな人がやってきて、大賑わいで食事が始まりました。
「アポの娘さんの旦那さんのお姉さん」とか、色んな人がお喋り。

結婚式を村一同で挙げる話からもわかるかもしれませんが・・
海南島の村はアポの家族はじめ、親戚から何から、
生まれた時から結婚した後も同じ村の近所に住んでいるのです

それが逆に、日本軍の性的暴力を受けたアポたちには
辛い思いを与えている一面もあるのだそうです。
戦争が終わって日本軍から開放されたあとも、
アポは村の人達から「日本軍に協力した女たち」と囁かれ、
戦後も文化大革命でも批判された。でも、引っ越す場所もなかった、と。

でも、中国は基本的に長老・お年寄りは大事にします。
今こうしてみると、家族や親戚はアポを大事にするし、
アポを訪ねに来た私たちをもてなしてくれます。そして、
アポを柱に、家族や村のコミュニティがまとまっている感じ。

食事が終わると、食べに来た親戚や村の人は退散。
再び、アポの家は静寂に包まれたのでした。

↓ここをポチッと押してくれたら、ますますEmmyに気合が入ります
にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ  

|

« 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"1 | Main | 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"3 »

日中関係ニュース」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91857/47255514

Listed below are links to weblogs that reference 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"2:

« 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"1 | Main | 中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"3 »