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中国海南島にて-戦時日本の被害者"アポ"と、今の日本の"若者達"1

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12月28日
三亜の中心部とも言われるバスターミナル。
火車の駅の方が郊外で、バスが中心部にあるあたりでも、
この島の交通手段はバスが主流であることを感じます。

「保亭黎族苗族自治県」行きのバスチケットを購入。
海に背を向けて、山をどんどん登って行きます。

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向かうところは、海南島で生まれ育った「アポ」の家。
「アポ」とは、海南島の現地の言葉で「お婆ちゃん」を指します。
ここで訪れる「アポ」は、70年前の戦争時代に海南島へ
上陸してきた日本軍によって受けた性暴力被害について、
日本政府を相手どって裁判を起こしています。

その時、日本でアポの滞在を支援した10代~30代が、
実際にアポの家を定期的に訪れて、交流しているのです。

詳細は、彼女達の作るサイトに詳しく書いてあります。
『ハイナンNET』 http://hainannet.org/

今回は、そのうちの3人が海南島入り。私はくっついて、
彼女達自身が住所も満足にないアポの家をどのように
訪ねるか、取材させていただきました。

これから1月1日までの5日間、海南島を駆け巡ります。
何度もここに来ている彼女達でさえ、予測困難の移動。
どんな道中になるのでしょうか・・・

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三亜を出たバスは、無事に保亭の中心地へ到着。
南国らしく、サイドカー付きのバイクタクシーばかりです。
北京がこれだったら、全員凍えています。逆に、
北京のような箱型だったら、ここでは暑くて耐えられません。

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これに2人ずつ分乗してたどり着いたのは・・・病院。
前日、先にアポの家族に携帯で行く旨を伝えたところ、
なんとアポが入院しているとの返事が来たのでお見舞いです。

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質素で、日本だったら厚生省から指摘を受けそうな病室。
最初にお会いしたアポは、4人部屋の奥に寝ていました。

アポが横になっているベットに駆けつける3人。

「アポ・・・」ふいに、そのうちのZちゃんが涙。

アポの娘さんをはじめ、病室にいた人たちが明るく談笑し、
「明日退院するんだよ」と言ってくれたのでほっとしたけど、
毎年アポに会いにくるZちゃんには、感じるものがあったようです。

病院だったので、滞在時間もそこそこに失礼させていただき、
バスでちょっと戻り、山中で一度下車。

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そこへ時たまフラ~っと来る幌車の荷台に乗せてもらって、
更に山奥へ。幌車も入れない辺りで止めてもらい、あとは徒歩。

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周辺に人工的なものが何もない、
ありのままの自然が一面に広がっています。

この小さな村の家に、次のアポが住んでいました。

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薬やシップなどのお土産を渡す3人に、ふと涙を流し始めるアポ。
そういえば、最初のアポには娘さんがついていたけど、
今回のアポは家族が顔を出すでもなく、どこか寂しそうです。

しかも、農作業の途中で腕や体を痛めたらしいのですが、
このお年で、重労働の農作業を一人で・・・?

今、ここにいるアポの姿からは、やはり昔、
日本軍の侵略と性的暴力で負った傷を考えずにいられません。

アポたちは70年前、まだ未成年だった10代の頃、
平穏に農作業をしていたところを日本軍から「慰安婦」として
突然徴収され
、牢屋のような収容所に入れられて、
一日何人もの日本軍に強姦される地獄の毎日を送りました。

未発達の体の中についた深い傷は、その後アポたちから
「順調に子供を産む」という権利を奪いました。
訪問したアポたちは確かに、昔の人にしてはお子さんが
1人、2人くらいしかいないという方ばかりです。

今回のアポも、このためにお子さんに恵まれず、
養子を取ったものの縁薄く、普段はお一人なのだとか・・・

こんな老後に誰がした!?

戦後、日本軍以外でアポが日本人に接したのは、
裁判を通じて知り合った彼女達が初めて。
なので最初は、戦後に生まれた彼女達に対しても、
「あなたはいい人だけど、日本人。会うのが辛い」
と、会うことを拒絶されたそうです。

それでも、野を越え山を越え、何度もアポを訪れる
彼女達の姿に、次第に信頼を寄せるようになり、
今では感謝の涙を流すアポ。

「また来るね」と言って家を後にしたときも、
私たちの姿が見えなくなるまで、
ずーーーーっと玄関先で手を振り続けてくれました。

街中のバスターミナルに戻ると、その先には海が見えます。

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恐らく、もうビーチを見ることはできないだろうと言うことで、
この日は海辺の海鮮料理店で夕飯。ちょっと高かった。

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どんな場所でも、ライトアップされていても、
椰子の木は海南島の至る所で生えているようでした。

同じ海南島なのに、アポたちの暮らす場所とは全然違う。
このコテコテ中国セレブが集まるリゾートに、ちょっと複雑。

海は大好きな私ですが、ここでリゾート気分を味わうのは
難しいような気がしたのは、言うまでもありません。

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Posted by: jade | September 24, 2011 at 07:01 PM

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