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第6回ロハスデザイン大賞2011・新宿御苑展~震災と中国~

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5月20日~22日の3日間、新宿御苑の中央広場で開催されている
ソトコト主催の「ロハスデザイン大賞新宿御苑展」に行ってきました。

・・・

ロハスとは、
健康と環境に配慮したライフスタイル(Lifestyles Of Health And Sustainability)
の略称です。
人間と自然が共存するための、持続可能な社会を創造するモノや考え方、
行動をロハスデザインといいます。(ロハスデザイン大賞のページより抜粋)

そんな「ロハス」を率先して提唱するヒト・モノ・コト(活動)に対し、
一般市民による投票で大賞を選ぼうというのがこの「ロハスデザイン大賞」

1月から投票は始まっていたのですが、その最終審査・投票の場で、
来場者が実際にノミネートに触れ、その場で投票用紙を入れていくのが
「ロハスデザイン大賞・新宿御苑展」です。今年でもう6回目なんですね…。

・・・

2006年末― 
『ソトコト』中国語版を発行することになった北京でこの雑誌に出会ってから、
ロハスデザイン大賞新宿御苑展の話は聞いてきたのですが、
この季節は常に中国にいて、実際に足を運んだことはなかったので、

行ってみました。

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地下鉄丸ノ内線新宿御苑駅から5分の「新宿門」から、200円払って入場。
(実際、地下鉄の駅からは「大木戸門」へ行った方が近かったです)

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更に広場へ向かってトコトコ歩いて行くこと5分・・・新緑が気持ちいい。

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そして・・・広い緑の広場半分ほどを使った会場に到着!!

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「モノ」部門にノミネートされたロハスグッズの展示。
TBS『夢の扉+』に登場した能作の「曲がる食器」まで!!
太陽光発電に廃油で動く車など、登場してきそうなアイテムがずらり。

「ヒト」部門では、私が取材させていただいた
NPOフローレンス代表の駒崎弘樹さんもノミネートされていました。

夢の扉も『ロハスな番組』としてノミネートされれば良かったのに…。

・・・

震災の影響を受けて、今年は「震災」「節電」「エネルギー」
まつわるテーマが増えていました。
「持続的な社会を提唱する」活動なども「ロハス」の対象なので、
いくつか災害復興活動を行うNPOなどのテントが並んでました。

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ゴールデンウィークなどで終わらない
「持続的な災害復興活動」もまた「ロハス」なんです。

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そのひとつ、NPO「みんつな」のテント。
カメラマンが集まるこのNPOは、
「撮影」「写真」などを使った災害復興支援も行っています。

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そして、「ロハスデザイン大賞・ヒト部門」にノミネートされている
みんつなメンバー・安田菜津紀さんの写真は売上が募金に・・・
壊滅した陸前高田市の7万本の松原。しかしその中でたった1本だけ、
津波に耐え少し傾きながらも残ったそうです。それがこの「希望の松」。

「希望はある、この震災を耐え抜こう」
と、後ろの太陽もメッセージを伝えてくれたようです。

震災というキーワードは、
今年のロハスデザイン大賞のシンボルにもなりそうです。

・・・

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そして、私が携わった「中国のロハス(中国楽活)」もありました!
今年1月、銀座にオープンした「BAMAロハスカフェ」。すごい行列。

実際に行ったことがあるので、懐かしの味を楽しみに行ってみました。
・・・けど、現地で味わった味は一つもありませんでした・・・

【巴馬(バーマー)県紀行】
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2010/01/--1c01.html

巴馬県は、街中にも「楽活(ロハス)」の文字が躍るほど、
中国で唯一…と言っていいほどの「ロハス」の村。

水は綺麗、郊外の森林に佇む村は桃源郷のごとくひっそりとし、
お年寄りが時代の変化など関係ないかのような日常を営んでいました。

・・当然、そこにあったものは「水・お茶」「米・野菜」。

メニューに出ていた「ホイコーロー」「エビチリ」は名物ではないけれど、
ともあれ「中国楽活」は、日本人に知っていただくことが先、
親しんでもらえる手段としての中華料理、味はおいしかったしOKでしょう。

ちなみに、ここでノミネートされているのは、モノ部門で「火麻油」
世界的に有名な長寿の村で、長寿の秘薬として
食されている「火麻(ひま)」と呼ばれる麻の実。
不老長寿成分でもある「カンナビシンA」を大量に含んでいるそうです。

・・・

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ステージイベントに、ラジオJ-WAVEの公開放送スタジオなど
イベントも盛りだくさん。紹介作品やテントをじっくり廻ると
開催日程3日間を費やす勢いの「ロハスデザイン大賞・新宿御苑展」でした。

皆さんが投じた投票の結果発表は6月5日。
実際に見て回ったどの作品が大賞を取るか、楽しみです。

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台湾素食で健康体に@錦糸町『苓々菜館~It's Vegitable(イッツベジタブル)』

JR錦糸町駅の北口を出て東へ、ガード下の横断歩道を渡り、
ガード下の並びを歩いて行くと「緑色の看板」に大きく、

「It's Vegitable」

と書かれた看板が見えてきます。

そのお店こそまさに野菜だけで作られた台湾素食レストラン
素食とは、日本語でいわゆる「精進料理」です。

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味や食感を肉や魚のようにしているけど、実はすべて野菜で作られています。

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こちらはおなじみの「回鍋肉(ホイコーロー)」

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四川料理で定番の「辣子鶏丁(ラ―ツジ―ティン)」 辛い!

住んでいた北京にも同じような素食レストランは一杯ありましたが、
デザインは肉料理の「フェイク」だってことが、すぐに分かりました。
※それも楽しめましたが…

それに比べると、ここのお料理はかなりリアル度が高いです。
食感はもとより、味で言えば本当の料理と間違えるくらい。

お店のオーナーは日本人ですが、
中華料理の高級レストランに20年務めたコックさん。

「その間に体重が100キロになってしまったんですよ。
それで、このままじゃ危ないと思って始めたのがこのお店です」

と、スリムな体で笑うおしゃべり好きなお方。
この店を始めてから20キロの減量に成功したそうです。

「やはり肉に偏った食生活では、体に負荷が大きいんですよ」

日本に帰ってから、運動不足で食生活も偏りがちな自分…
たまにはこのお店に足を運んで、健康な体を作ろうと心に誓うのでした。

ちなみに、北京で体験した「素食レストラン」
静思素食 http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2008/04/post_5b52.html
慈来素食 http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2009/06/28-59de.html
叙香斎素食 http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2009/11/post-8f3f.html

・・・

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お店情報:『苓々菜館~It's Vegitable(イッツベジタブル)』
住所:東京都墨田区錦糸4-1-9
TEL:03-3625-1245
アクセス: JR錦糸町駅北口から線路沿いに東へ徒歩2~3分
営業時間: ランチ 11時30分~14時。ディナー 17時~21時30分
定休日 毎週月曜日

健康な体を作るためにも、たまにはIt's Vegitable!!

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追悼:上原美優さん「24歳の自殺」

24歳。

この年齢は、人生においてどういう位置にあるのだろうか…

3月に仕事でご一緒した上原美優さんが、突然天国へ旅立たれました。
お会いした時は、天真爛漫で、周りを明るくする感じで、
可愛い笑顔と元気に頑張る姿勢が印象的でした。

まさか、それからわずか2ヶ月後に、
彼女が自ら命を絶つことなんて、想像もできませんでした…

24歳。

平均年齢が70歳以上の日本人にとって、
この年齢はあまりにも早すぎる。と、思う。

社会人として、まだ上り坂を上っているところで、
だけど、まだ学生を続けている人はかなり少数で、
中には結婚もして子供も産んでいる人が出始めて、
だけど、まだ世界中を旅していても、留学していても、
学生も仕事もしていなくても、進路を180度変えても、
社会的には大目に見てもらえる。

だけどその分、本人としては、
「これからどうしよう」という悩みも共存している。

・・・

私が24歳の時は…、希望通りの仕事に就いて、
仕事は忙しくいっぱい叱られたけれど、まっすぐ進んでいた。

けれど、そんな日を過ごしていったある日、
「仕事は充実しているけれど、この先もこれでいいのか」と悩み始めた。
社会の空気、職場の空気、目の前の空気を読んで流れに従って頑張っていれば、
この業界で、この仕事の技術を身につけて安定していたかもしれない。

そんなジレンマと闘いながら2年が過ぎた時、
悩んでもしょうがないので、私は一旦方向を変える道を選んだ。
これも24歳の「若気の至り」だったのだろうけど。

死ぬほど悩むまでには至らなかった。

・・・

きっと彼女は人一倍「悩みすぎた」たのでしょう。その結果、
苦しくて、苦しくて、この世から逃げたくなったのでしょう。

今は順調なんだけど、この先この順調は続くのか、
この道を変えるなら今じゃないか、
この歳になって、どんどん同年代が結婚していくのに、
このまま、この世に生きていてもしょうがない…

24歳。

人生の中で「これから」であり「変化の時期」であり
「悩む時期」であるのは、日本人に共通することではないでしょうか。

でも、やっぱり勿体ないです。

生きていれば、たとえ24歳が苦しくても、
明るい25歳が待っていたかもしれないし、
立派な34歳が待っていたかもしれないのに、
死んでしまえば、それでこの世で経験できることは終わりなんです。
※まあ私は36歳になっても、相変わらずですが。

7日で死んでしまう蝉がいる中で、8日目まで生きる蝉は、
他の蝉より1日分、いろんな世界を知ることができる。
と、 映画『八日目の蝉』 のセリフにありました。

本当に残念な、24年の短い人生に合掌。
上原美優さん ブログに恋の悩み

上原美優さんのブログ(閉鎖されるかも…)
http://ueharamiyu.fc.yahoo.co.jp/

以前、仕事でかかわった「自殺」に、
X-JAPANのhideさんのケースもありました。
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2008/02/hide_2a02.html

この時は「自殺ではなく病気だ」という声があがりましたが、
命を絶たせたものは、結果として自分であり、私は自殺だと思います。

お金がなくて、飢えで死ぬこともあるし、
事故や震災、病気で死ぬこともあるかもしれないけれど、
自分で自分の命を絶つことだけは、やめましょう。

考え込む前に、人に話をして、
その場所にいることが苦しいなら、堂々と逃げましょう。

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「DASH村」の動物たち―伊香保グリーン牧場に避難中

「被災地」の話から、今度は「避難地」の話です。

以下、読売新聞より抜粋―
日本テレビ系の人気番組「ザ!鉄腕!DASH!!」で、
アイドルグループ・TOKIOが農作業や山村生活を体験する
「DASH村」(福島県浪江町)で飼われていたヤギのザビエルなど動物6匹が、
福島第一原発事故の影響で群馬県渋川市の「伊香保グリーン牧場」に避難し、
人気者になっている。(2011年5月5日)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110503-OYT1T00103.htm

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という話がやってきたのは、当然…群馬県にある実家から。
毎週「DASH」を見ている母と姉から来た情報に、動物大好きな姪も乗り気、
父の車で、家族揃ってヤギ君やヒツジ君に会いに行ってきました。

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園内には、遅咲きの「榛名雲海桜」が満開。
石巻に続いて、5月の桜が楽しめました。

そして・・・いましたいました。

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ヤギのザビエル君。黒い体と白いおひげが特徴です。
みんなが、彼の元に集まって撮影大会でした。

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わが母も、エサを片手に「ほら、こっち向いて~」と携帯をかざすも、
なぜかザビエルは私の方を見ていた・・・

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ヒツジ君。
でも、ヒツジはどれがどれだかわからなかった・・・
牧羊犬のショーまで含めると、園内には何百頭というヒツジが
いるので、区別がつけられません。
事前にどこにいるか調べておけばよかったのだけど。

・・・

そういうしている間に、DASH村の動物たち見学はおしまい。

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園内には、たくさん動物がいて、姪6歳がおおはしゃぎ。
動物以上にあちこち走り回るので、
家族全員、動物よりも姪を追っかけるのに精いっぱいでした。

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最後にウサギをなでていたら、雨が降ってきたので終了です~…

・・・

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伊香保グリーン牧場の近くにある、
お気に入りの雑貨屋「地球屋」へも寄り道したら、
震災復興イベントとチャリティが行われていました。

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私の中では「日本一」だと思っている、名物の「吊るし雛」
ちなみに、伊豆稲取温泉でも見たことありますが、ここもすごかったです。

起源は江戸時代とされていて細工物一つ一つに長寿や健康などを願う意味があり、
女の子が生まれたお祝いとして届けられ、桃の節句に飾ったと云われています。
(地球屋の「吊るし雛」参照 http://www.t-v.jp/bizyutu-pr/

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DASH村の動物たちも、グリーン牧場で健康に過ごし、
早くDASH村に帰れる日が来ますように…
と願いを込めて、小さな吊るし雛を購入して帰りました。

伊香保グリーン牧場 http://www.greenbokujo.co.jp/
地球屋(行ったのは榛東村)  http://www.chikyuya.co.jp/

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石巻にのぼれ!「こいのぼり」―石巻市役所訪問と被災障害者の話

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宮城県出身の漫画家・石ノ森章太郎氏に肖って、
石巻駅舎・駅前通り・市役所の前と、かの有名な仮面ライダーさんたちが並んでいる。

市役所の中へ入ると、1階部分に水が入ってきたことが伺える。
ほとんどの役所機能は2階~4階で行われているが、
エレベーターは当然動かないので、階段で上がっていく。すると・・・

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踊り場に、こいのぼり!! そういえば、5月5日は「こどもの日」だった。
阪神淡路大震災を経験した兵庫県の皆さんからの贈り物だそうです。

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こちらは2階のエレベーター前にあった、寄せ書き。
福岡県の高校生(左)と、南米の皆様から(右)。

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4階メディアセンター手前にあるプレスルーム内に設置されているのが
ラジオ石巻」(76.4MHZ)。
震災後、災害状況を中心にお伝えしており、石巻市内の被災者にとって
一番重宝されているメディア・・・だと思います。
明友館の避難所の方々は、このラジオ石巻をずっと流していました。

・・・

実は今回の石巻行き、呼びかけは08年の北京パラリンピックで出会った
「パラフォト」の代表・佐々木さんが行いました。
佐々木さんはお父さんが石巻のご出身で、親戚が避難所にいるなどの縁、
彼女は毎週のように石巻へ足を運び、刻々と情報を伝えています。

佐々木さんのブログ「知り・知らせる」。

そして、パラフォトの本体が「障害者スポーツの取材」なので、
石巻市内の被災障害者についても、この市役所にある障害福祉課で取材。

私が行った時は、担当の方が不在で話を聞くことはできなかったのですが、
佐々木さんが以前聞いたところによると、やはり義足の調整・車椅子不足、
医療器具を中心に困っている障害者の方も多いそうです

しかし、今は健常者でさえ物資が足りない状況で、
「障害者のためだけの支援」にまで手が回らないのが現状。

そういえば、東京のテレビ局などで流しているニュースも、
連日ボランティアの話は上がっていても、障害者の話はなかなか出てこない。

もとより、障害者はなかなか注目を受けられない立場にありますね・・・
全国自治体の障害福祉課の方や、障害者支援団体さん、
一般のボランティア志望の方も、障害者支援を行う方は少ない所から、
少しでも気にかけ、行動してもらえると嬉しいです。

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旧北上川の中州にある「石ノ森章太郎記念館」にも、こいのぼりがずらり!!

中州は津波で壊滅。記念館も形は残ったものの浸水の被害を受けて、
かの名作展示物がどうなっているか気になるところです・・・。

石ノ森先生の漫画は、未来を描いたものも多く、子供たちに夢を与えました。
一刻も早く、復活して街を元気にしてもらえると嬉しいです。

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「奇跡の避難所」を訪問―宮城県石巻市の「明友館」

石巻市に100箇所ほどある避難所(5月4日現在)。
(参照:東日本大震災(地震、津波)、被害状況専門サイトhttp://ranasite.net/?p=1422

避難所には市が指定する、学校体育館などが多いけれど、
歩行が困難な高齢者などが遠い指定避難所まで行くのは困難。
そこで、辛うじて近所にある公共施設に集まり指定外の避難所が作られました。

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そのひとつに、石巻市不動町の「明友館」がありました。
勤労者余暇活用(生涯学習に近い)センターだった場所で、
ここにも津波は流れてきて、1階部分は浸水。避難してきた
足の不自由な高齢者を、若者たちで2階に上げたところから
ここの「避難所活動」は始まったといいます。

「明友館避難所」のホームページ:http://www.meiyukan.com/
ホームページがある避難所も珍しいです…
追記:そして、今も活動を続けていることを発見!(2015年1月)

2階建てで、1階はスタッフルームと荷物倉庫。2階部分に
60人強の人たちで分けて暮らしているが(4月30日現在)
多い時には130人ほどが身を寄せたとか。

・・・

震災1カ月半が過ぎた今、
明友館は知る人の間で「奇跡の避難所」と呼ばれているんです。
その理由は何か…数多ある他の避難所と比較することは難しいので、
リーダー・千葉恵弘さんから聞いた話をそのまま整理します。
それだけでも、奇跡の理由は伺える気がしました。

●リーダー・千葉さんのネットワークで全国から支援物資

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明友館のリーダー・千葉恵弘さん

震災当時、明友館は指定避難所でなかったために
物資が届かず、食料もない状態。震災で使った冷蔵庫から
バナナと水を皆で分けた。3日後にやっとおにぎりが到着するまで、
それだけの食糧で全員無事だったことが救いでした。

震災当初、リーダーの千葉さんも、着の身着のまま家を出たとか。
「張り紙のひとつでもしてくれば、仲間が探しに来たんだけど、
それを忘れちゃったんで発見されたのが遅かったんだよね」

そう笑う千葉さんは、全国にネットワークを持つ顔の広い方。
全国の仲間が震災の報を受けて、「石巻の千葉さんは無事か!?」と
連絡をしていたらしい。当然携帯は繋がらず、数日後、
やっと連絡を取れた千葉さんが無事を伝え、物資がないと伝えるや否や、
全国の「仲間」が行政や支援団体を越えて、
「明友館の千葉さん」宛てに、直接生活物資を届け始めたのでした。

●全国から集まる支援物資を、更なる支援へ

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という訳で、私が訪れた時、
入口には自転車が並び、中には野菜や果物の箱が積まれ、
1階は3部屋ほどが「倉庫」と化するほど、支援物資があふれていました。

いや、溢れるくらいあっても、まだ足りないのかもしれないが…

なぜなら、全国の仲間が届けてくれた物資を、
千葉さんは、近所の個人宅で避難している人にも配っているからなんです
「最初は、この風貌だからすごい怪しまれた」と冗談を言いながら、
今は「STAFF」のゼッケンを付けて周辺の訪問を続けているといいます。

石巻市はボランティアの数も被災した自治体で最も多く、
食糧なども供給過剰が感じられた(少なくとも明友館では)ので、
千葉さんに、「食糧の足りない自治体は、まだあるのですか?」と
尋ねた時、千葉さんは、
「自治体、というよりも、個人宅への配給が届いていない」と答えられ。

行政の決まり・・・と言ってはなんだが、どうしても避難所に情報と
物資の供給が優先されてしまうらしい。そんな個人宅のケアまでが
千葉さんの仕事になっていることに、考えさせられました。

いや、私のこのエントリーを見て、
「うちの行政だって、個人宅までどんどん支援物資を届けていますよ!」
と反論される所があれば、是非その声をあげてほしいと願うばかりです。

そして、上の写真は1階の倉庫部屋の一つだが、
この部屋分を埋めるのは、すべて衣類だそうです。
(このほか、廊下にも衣類の段ボールが積まれていました)

全国から避難所に届けられる支援物資の中で、
衣類に関しては、阪神淡路大震災の時でも課題になっていたが、
使われないまま、倉庫に眠ったままになってしまうといいます。

理由は、サイズが合わない、中古品だから、
「さすがに困っていても、着ることができない」ということになる。
残念ながら、日本人には「潔癖」と「先進国」という運命が、
たとえどんな環境下にあろうとも染み込んでいるのでしょう。
※実際、自分が同じ立場になったら、同じ思いを抱くと思います。

そこで明友館では、中古衣料をそのまま破棄するよりも
「海外には、もっと困っている人がいるから」と、
海外への援助物質として再発送する事にしたとか。

早速先日、千葉さんの知人を経由してワゴン車一台分が、
新潟港から海外へ向けて送り出されていきました。

せっかくの善意を国内で使えないのは残念だが、
今は自分たちのことで一杯なはずの避難所が、
更に支援活動を行うということに、ただただ脱帽の思いでした・・・。

・・・

そしてそして(以下、5月6日追記)

「スペースがあるから、泊まって行っていいよ」

という千葉さんのお言葉に甘えて、石巻の1晩をお世話になりました。
広いスペースに、毛布と寝袋を出していただき、感謝です。

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夜のお弁当と朝のお弁当。
震災当時は3日間飢えに耐えた皆さんですが、
今は毎日、3食+おやつまで届くようになりました。
ちなみにリンゴは千葉さんの仲間から届けられた青森の「金星」…1400個とか。

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電気が通るようになってから、皆さん重宝している充電スペース。
携帯電話の充電器が一番多いのが、阪神淡路時代との大きな違い。
ドコモが充電コードを無料提供してくださったそうです。

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スタッフルーム
酒・煙草・珈琲・・・なんでも揃っているので、夜は宴会になります。

「酒は、地元の酒屋。酒というのはラベルが少し汚れただけで
価値を大きく落としちゃうんで、破棄するくらいなら…と安く譲ってもらった」

ちなみに、被災地の喫煙者にとって、煙草のない生活が辛かったそうです。
余談ですが、3月に福島県の南相馬市へ行った同行のカメラマンさん(喫煙者)は、
煙草を多く持って被災地の農家へ取材に行ったら、煙草1本と引き換えに
野菜やら食べ物をたくさんいただいてしまったとか・・・

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東北の朝晩は、まだストーブが必要です(4月30日~5月1日)
「灯油は、届けられるようになった・・・今は300リットルあるかな」
これも千葉さんのネットワークなのだろうか・・・

明友館にいる方も、家族や友人を亡くしている方々は多いけど、
それを忘れるかのように笑顔で、にぎやかに談笑し夜を過ごす。
被災地の底力を、この避難所で教えていただいたような気分でした。

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震災の傷と花見と…宮城県石巻市で「お花見プロジェクト」

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宮城県石巻市の中心部から徒歩20分の所にある「日和山(ひよりやま)」
市街を一望できる山頂の広場で5月1日、桜満開と共に
「お花見プロジェクトcherryblossom」が開催されました。

プロジェクトを企画したのは、行政でもNGOなどの組織でもない、
石巻市出身で東京都在住の会社員・雁部智博さん。

「石巻は負けないぞ!前向いてるぞ!被災地から全国に元気を発信しましょう!」
そんな主旨の元、インターネットで呼びかけを始めたところ、
「そうだ、いつまでも落ち込んでいてもしょうがない!」という
賛同の声が重なると同時に、一部からは・・・

「花見はいいけど、あの場所でやることは反対です」という声も。

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反対意見は、日和山の位置。

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日和山は、360度のパノラマで市を一望できる場所にあり、
当然ながら海も見え、その手前には無残な光景が広がっています。

そんな光景を見下ろしながら、酒を飲んで花見を楽しむ気分になれない、
というのです。

しかし、この場所は昔から石巻市の人々にとって花見の名所。
春といえば花見、花見といえば日和山。
というほどの場所なのです、と石巻で生まれ育った雁部さん。

そして、実際に被災された方の
「いつまでも、落ち込んでいてもしょうがない。
復興できる人から、前を向いて歩こう」
という言葉に背中を押され、
実行することを決意したのでした。

・・・

そして迎えた当日。朝の天気は・・・雨。

心配そうに天を仰ぐ雁部さんと、手伝いに参加してくれた人は、
会場に並ぶ36本の地酒・平孝酒造の「日高見」を横目に、
「この瓶が全部空いてくれればいいんですけどね・・・」
祈るようにつぶやく。少人数で開始の乾杯をし、
傘やカッパの様相で酒を楽しむことに。

この雨がやんでくれれば・・・全員がそう祈っていると、
なんと10時半・・・奇跡的に(?)雲の切れ間からお天道様が登場。

当日、午後から40%に上がるといわれていた雨の予報。
皆の願いが見事にお天道様を通じて覆ってくれたのである。

折りたたんでいたブルーシートを一気に広げ、本格的に花見スタート!!

最初はまばらだった参加者も、雁部さんが来場者の集まる展望台で
呼びかけを行ったことで、徐々に集まりだした。一時は50人以上、
延べ人数では数百人の人が、ブルーシートに集まってくれた。

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そして11時過ぎ。
集合写真を撮ろうと準備をしていると、サプライズゲストが登場した・・・

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なんと、八代亜紀さんである。

熊本県八代(やつしろ)市出身の八代亜紀さん。
ここの名産であるタタミを1万枚、石巻市に寄贈され、
慰問も兼ねて日和山で歌を歌いに訪れていたという。

「頑張って!」
エールを送る八代さんを囲んでの記念写真。
参加者はもちろん、主催者までが驚き、感動していました。

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そして、震災の起きた2時46分、黙祷を捧げて花見は終了。

会場に来た人は、石巻市民をはじめ、ボランティア、
親戚が石巻という方、地震に関する仕事に従事する方など・・・
石巻市の方に話を聞いた限りでは、日和山で花見をする
光景を見たのは、今年初めてだったと話し、
この日、ここで花見が出来たことには、ほとんどの方が

「良かった」「やっぱり、いつまでも暗くしてもしょうがない」
「おじいちゃんが亡くなったけど、天国からこの桜を見てくれれば・・」

と、花見ができたことを前向きに捉えていました。

雁部さんの思い切った行動に、
お天道様が味方し、八代亜紀さんが応援され、
プロジェクトは無事に成功を収めたと言ってよいでしょう。

この花見が、石巻の復興を促進するよう願うばかりです。

・・・

会場には、被災された食品会社の方々も参加されました。

石巻に本社を持つ高砂長寿味噌さん木の屋石巻水産さん

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高砂長寿味噌さんは、松島に残った工場で生産を再開するも、
販売場所がなく、せっかくの製品は未だサンプル提供状態。

木の屋さんは、缶詰工場が津波で壊滅したが、
その中で従業員総出になって缶詰を掘り起こし、
ラベルのない状態で配布・もしくは破格の値段で提供。

「缶詰の保存能力はすごいです」と、木村さんが仰るとおり、
中身は見事に遜色ない。そんな中身を利用した新製品の開発に
努めているという。

被災した会社の皆さんに、販売先と復興のための支援が
できる場所を提供できる方がいましたら、ぜひご連絡ください。

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崩れた大地にも、また花は開く・・・頑張れ石巻!!

・・・

以下、石巻市の状況です・・・

石巻市は人口16万人の、宮城県で仙台に次ぐ大規模都市。
旧北上川が海に注ぐ地点にある港湾都市で、
主な産業は漁業とそれに付随する水産物加工業、
それに金華山などの観光業や、酒蔵など酒造、食品業など・・・
旧北上川の中洲には漫画家・石ノ森章太郎氏の記念館があり、
駅や駅前には仮面ライダーなどのフィギュアが並んでいる。

そんな石巻を、3月11日の津波が一瞬で呑みこんだ。

5月1日時点での死者数は2879人、行方不明者2770人、
未だに市内の避難所で生活する人の数も1万人を超えている。
震災を受けた自治体の中でもっとも被災者の多い都市となった。

参照:東日本大震災(地震、津波)、被害状況専門サイト
http://ranasite.net/?p=1422

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