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インドから見る日本企業-チャンドラシェカル・ラトール氏に聞く

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インド・ムンバイ近郊のPune(プネー)という都市で
日本企業の進出支援を行っている
チャンドラシェカル・ラトール氏の勉強会に参加。

流暢な日本語による2時間の講演の中、
日本ではあまり知られていない「Pune」という町の説明、
どのような世界の企業がPuneにあるのか、を交えて
日本企業や日本人がインドへ来る上での文化の違い、
気を付けることなどまで詳細に話していただきました。

その中で印象に残ったのは、
「日本企業は、見学だけで進出に至らない企業が多い。
理由として、決断が遅く、かつ社内の反応や結論が曖昧」
との指摘。

これは進出事業に関わらず、日本企業風土の問題点であり、
要改善点であると改めて認識。週に1回の会議を重ねて、
細かい階段を一段一段丁寧に上っていく中、関心が薄れ、
風化してしまうケースも多々…

インドは、かつてより進出し易くなっているので積極的に来て欲しい、
見学へ来るからには、結論はハッキリ出してほしい、とのこと。
中国とまた違う異国でのビジネス話に、楽しい時間を過ごしました。


大きな地図で見る
Google Mapより抜粋。

プネー(Pune पुणे)は、デカン高原に位置する
インド・マハラシュトラ州で二番目に大きな都市。
インドでは8番目に人口が多く、500万近くいるとのこと。
植民地時代に付けられた英語名称「プーナ(Poona)」も
以前は公的な名称として併用されていたが、1999年に
現地マラーティー語での名称「プネー」が公式名称に。

世界中の工場に研究機関や大学、ソフトウェア開発区が
集積する一方で、宗教や歴史文化も残しているという、
中国で言うと…高原でないけど蘇州のようなイメージかな。

一度、行ってみたいです。

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カンボジアの子どもを救いたい…かものはしプロジェクト&安田菜津紀さんがトークショー

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『いくつもの壁にぶつかりながら~カンボジアの人身売買問題に挑む~』

をテーマに、カンボジアで性産業に売られてしまう子どもを減らす活動を
行い続ける日本のNPO「かものはしプロジェクト」の代表・村田早耶香さんと、
カンボジアをはじめ、世界中の子どもたちの笑顔を写真で伝え続ける
フォトジャーナリスト・安田菜津紀さんが、表参道のカフェ「C's fort」
トークショーを行いました。

会場を訪れた40人以上の人は、1時間半ほどの間、
20代の彼女たちが続ける現地での活動や、そこからにじみ出る数々の
エピソード、子どもたちの現状、悩みや葛藤、決意にも近い心意気に
すっかり引き込まれた様子。終了後も、2人の前に行列ができました。

かものはしプロジェクトの村田さんが、カンボジアで売られる子どもたちを
救いたいと考えるようになったのは、19歳の時。
大学の先生から聞いた、こうした子どもたちの話がきっかけとなり渡航、
そこで出会った6歳の少女が、実際に売春宿へ売られていた現状を知り、
以来10年間、この活動を続けてきました。

フォトジャーナリストの安田さんは、17歳の時に、日本と世界の子どもをつなぐ
NPO「国境なき子どもたち」の学生レポーターに選ばれカンボジアを訪れ、
そこで、実際に売られた経験からトラウマが残る子どもに出会ったことが、
「この子どもたちに出会ったことを、何かの形で伝えたい」という思いにつながり、
以来7年間、写真で子どもたちを伝え続けてきました。

このトークショーで、私が特に心に残ったキーワードは、
「続ける」「寄り添う」そして「伝える」ことへの意識、でした。

彼女たちは、まだ20代。なのに、この活動を長い間続けてきました。
「どう頑張っても変えられない現状、自分の無力さに辞めようと思ったこともある」
と正直に村田さん。こうした壁に何度もぶつかりながら、それでも辞めずに
続けたことを彼女は、「最初に見た6歳の少女を救いたい一心かもしれません」

それに安田さんも同調するように、
「私も、目の前で苦しんでいる子どもがいる時に、
『なんで自分は医者でもNPOでもなく、写真を撮るのだろう』と思います。
でも、最初に出会った子たちが忘れられないから、伝え続けてきました」

二人の中にある葛藤、そして克服し続けてきた一途な決意。
それがにじみ出ているのは、安田さんが写す子どもたちの写真。
貧困の中にありながら、笑顔の子どもたちが多いのは、安田さんが
シャッターを切るまで時間をかけ、心を通わせるまで向き合い続けるから。

そんな安田さんについて、村田さんは自身の活動と含めて一言。
「人には役割分担があると思う。NPOが支援を行う活動をするならば、
安田さんはそれを伝えてくれるという役割を果たしてくれている。
伝えないと何も始まらないですから、伝えてくれることに感謝しています」

そうなんですよね。みんながそれぞれの役割でひとつの活動に携わる、
それによって、目的が達成する。みんな集まって一つのチームですね。
各自の分野で力を合わせ、「カンボジアの子どもを救う」という目的に
向かって動き続ける2人に、共感と脱帽の思いでした。

でも、村田さんの活動そのものも、「伝える」ための手段のひとつですね。
彼女たちが実際に現地へ行き、現地の子どもたちに触れてくる。
そして、体験したことを日本へ持ち帰り、日本の人に伝えることが、
最終的には現地の子どもを救うことに繋がります。

こうしたトークショーひとつにおいても、
日本の人が、日本と縁が薄いカンボジアという国で起きていることを
みんなに知ってもらう意味でも、大きな意義があると思いました。

・・・

これは、東日本大震災の被災地にも似たものがあります。
お二人も、震災後からボランティアで被災地を訪れていて、
その体験談もお話してくださったので、追記すると・・・

被災者の方々が、「時間と共に、問題はそこに残っているのに
忘れられていくのではないか」という気持ちを抱き、
問題だけが被災地に残されていくことに虚無感を覚え始める中、
それでも定期的に足を運び、現地の人の気持ちに寄り添う。

この行為が、どれだけ現地の方々の心を楽にしていることでしょう。
「伝える」という行為は、ただ冷たいカメラを向けて無機質な質問を
投げることではなく、相手の心に寄り添い続けること
と、
二人のトークを通じて改めて実感しました。

私も、できるだけ自分の思いや選んだ道を信じ続けて、
いろんな立場で困っている人や解決に向けて努力する人を
伝え続けて行けるように、日々考えていきたいですね。

お二人と、コーディネートを務められたヤハギクニヒコさん、
ありがとうございました。

安田さんの新著です。


アジア×カメラ―「正解」のない旅へ

■ 安田菜津紀オフィシャルサイト  http://www.yasudanatsuki.com/
   2008年、TBS『情熱大陸』にも出演されたことがあります。
   
■ かものはしプロジェクトサイト   http://www.kamonohashi-project.net/

ちなみに会場は、おしゃれな表参道のデリカフェ「C's fort」
雑穀米に健康によいお惣菜を3種類合わせても、都内で嬉しい500円(夜)
講演後、おいしくいただきました♪

■ お店紹介 「C's fort」
住所: 東京都港区北青山3-9-2 AQUA1F (表参道駅より徒歩5分)
電話: 03-6427-4600
サイト: http://csfort.fumotoya.com/

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北京再訪(雑記)その3―加油!!日本のお店in北京

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今回の宿は、迷うことなく
懐かしのディスカバリーユースホステルへ。

「北京で唯一日本語が通じる安宿・ディスカバリー」
http://discovery-youth-hostel.com/

オーナーは生粋の日本道産子・なんべんさん
北海道観光を推進する事務所も作られていたうえ、
今は夏休みとあってお客さんも満室状態。

スタッフ達が対応しきれないことに、すぐ駆け寄り、
堪能な中国語でテキパキと仕切り回り、お忙しそうでした・・・

そんな中に設けられた憩いの場「なんべんカフェ」は
常に中国語や英語やスペイン語?日本語など、
いろんな国の人が会話する声で満ちていました。

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そんな「なんべんカフェ」に置かれていた植物。
これは私が北京を去る時に置かせて頂いたもの。

おお!元気だったか…

前は思い切り伸ばしていた葉を切り取り、
あちこちの鉢植えに繁殖させておりました・・・

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我が家にいた頃の写真を発見!!)

ドミトリーを予約したのですが、今回の相部屋は全員中国人。
早寝(でも、遅起き…)の皆さんで、私が毎晩夜遊びして帰ると、
部屋は真っ暗、全員夢の中で、電気を付けずに寝支度をするも、
扉の開閉で起こしてしまい、申し訳ない気持ちに…

ちょい悪日本娘をお許しください。

そんなちょい悪日本娘、初日はここでチェックイン早々済ませると
すぐさま、拾いにくかったタクシーに飛び乗って
北京日本人学校のバスケットボールチームの元へ…
メンバーに預けていたバッシュを引き取ると、
そのバッシュを履いて、そのまま練習に参加(をい)。

終わると、いつもどおりに夕飯。そこに懐かしさは…ゼロ。
あっと言う間に一年前の感覚に戻ってました(汗)

そんなバスケットボールのメンバーで華僑のリン君が、
五道口にお店を始めたので陣中見舞いがてら訪問しました。

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その名も「2nd place」

白を基調とした清潔なデザイン。
このカフェ&バーを、普段の生活の「2nd」的な立場にしたいという
コンセプトの元、交流の場所として利用していただきたいとのこと。
貸切・イベントなど各種パーティーにも最適なスペースです。

【お店紹介】2nd place
住所:北京市海淀区華清嘉園7号1602C
携帯:15611952928
E-mail:2ndplace.beijing@gmail.com

震災復興コンサートや、読書会、などイベントも既に行われたそうです。
老舗の漫画喫茶『B3』の真上なので、
留学生や長く北京にいる人には分かりやすいと思います。

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窓からの景色は抜群です。

バスケットボールのメンバーでもう一人、
お店を開店した人がいたので、これまた陣中見舞いへ。

本人も「マイナーでしょ」というように、穴場のビル・万通中心に
3月から仮オープンした「本一」という日本料理店です。
以前は、Etower(数ロ馬ビル)に「吟」という居酒屋を営み、
それなりに繁盛していたのに、新しいステップを踏むためリニューアル。

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店主・Mさんにサヨリの一夜干しをいただき、お話。
中国という国のビジネスは、一攫千金をCatching Dreamとするきらいが
あるけど、Mさんは、儲けは次のステップにすぎないとの考え。
「金儲けが目的になっちゃうと、つまんないでしょ。
それよりも、毎日毎日お客さんにどう喜んでいただけるかを考るから、
明日も頑張ろう、そのまた明日も頑張ろう、って毎日思うよね」

これぞ日本の商売人の心。中国でそのスタイルを維持する姿勢に感服。
日本にいたら、当たり前といえば当たり前の話ですが、
これがなかなか難しいものです。新しいお店にも期待です。

【お店紹介】本一
住所:北京市朝陽区万通中心C座2階の飲食フロア
電話:010-5907-3568

そして、北京でどうしても食べたかった懐かしの味が、これ!

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『神奇的杏仁豆腐』
店長でカメラマンのRさんが2005年ごろに開発した、
他の人にはなかなか真似できない逸品です。

杏仁豆腐やパスタや珈琲を作るカメラマンのRさんですが、
ここ数年は舞台も作って人気を博しています。

2010年2月~3月に初公演をした「珈琲店的太太(珈琲店の奥さん)」は
2011年4月に再公演。これまた多くのお客さんを動員しました。
そして、新しいこともまた始めている模様…公開が楽しみです。

2010年に観に行った時のブログ
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2010/02/post-eafe.html

【お店紹介】Cafe il sole
住所:朝陽区麦子店36号龍宝大廈1F
電話:010-6592‐5141

・・・

皆さん、異国でお店を持つということは、相当の覚悟だったと思います。
それだけでも尊敬ですが…

日本の「おもてなしの心」を中国の人たちに伝え、
中国の人と仲良くなるきっかけになっていただき、
日本と中国をいい形で繋ぐ人たちになってくれています。

私も、日本では空気のように当たり前に受けていたサービス。
中国に来ると、改めて考えさせられます。
みなさん、これからも応援しています。

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北京再訪(雑記)その2―3年後の「鳥の巣」(2011年8月8日)

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3年後の8月8日ということで…「鳥の巣」に。
今更になって、鳥の巣の最寄駅という「奥体中心」駅が出来ていました…

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駅を降りると、可愛いネズミの着ぐるみがお出迎え。
どっかで見たことがあるような気がするけど…気のせいかな。

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五輪の時に活躍したボランティアさんは未だに健在でしたが、
今度は鳥の巣でプレイをする選手になっておられました。

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屋根にくっついていた聖火台が地上に移されていました。

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川の方から鳥の巣を見ると、蓮の花が綺麗でした。
この3年間で、蓮はぐんぐん成長していました。

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逆に、その3年間で、建物の端っこは徐々にくすんできていました。
この五輪タワー、エレベーターは動いていたけど上れるのかな…

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でも、「昔ながらの北京」も敷地内にはありました。
こちら、一つ北側の「オリンピック公園」駅前。

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腹出しルックも、昔から老若男の当たり前のファッション。
3歳くらいの子どもも既にこの格好で歩いていました…

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この日の夜、1年前に引き上げた時残してきた荷物を置かせて
貰っていたフリーペーパー記者の友人宅へ。
「書類の他に、何を預けていたっけ…」と思いながら書類袋を確認すると、
2008年8月8日の北京五輪開幕の新聞等、過去の新聞雑誌一式が!!

ちょうど3年後にこれを引き取ったのも、何かの縁ですね。
でも、2009年10月1日の国慶節の中国系新聞は、処分とさせていただきました…

なんだかんだ言って、3年の時の流れは感じざるを得ない、
鳥の巣再訪でした。

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変わりつつある場所もある北京ですが、
この日の朝、寄り道した天安門は何も変わっていませんでした。

1000年の歴史を持つような建物は、たった1年やそこらじゃ変わりませんね。

・・・

今回の北京再訪、1年前に置いてきた荷物の引き取りが目的だったので、
毎日昼も夜も午後もアポイントで埋め尽くし、
ほとんど観光出来なかったのが、ちぃと残念でした。

と会った人達に言うと、気持ちいいくらい全員が全員に、
「もう、観光する必要ないじゃん!」と突っ込まれました(汗)

で、そのうち半分くらいから
「観光ったってあんた、今更どこ行きたいの?」と更に突っ込まれ、
真っ先に 「万里の長城」というとそれこそ…

「たった1年で、5000年分の歴史が変わるはずもない程
あんなに変わらない観光地行ってどうするのさ!!」

と、突っ込みが倍増しました(大汗)

(続く)

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北京再訪(雑記)その1―交通環境の変化には…

8月7日~10日まで、職場が夏休みムードに。
この雰囲気に便乗して、私も「忘れ物」を取りに…
北京へ行ってきました。昨年11月から9カ月ぶりです。

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つれづれなるままに、北京。

硯に向かいてそこはかとなく…

久しぶりの北京再訪は、何も変わっていなかったけど
何から書いていいのか分からないくらい、
いろんな出来事がありました。

まずは、お盆前だったのでチケット代も高いだろうと踏んで、
5年間の北京生活で溜まったマイレージを使うことにすると、
1か月前の時点で、既にマイレージ枠は「空席待ち」。

おおお!一時期は震災による自粛ムードで、
海外旅行なんて…と全日空席の状態が続いていたようですが、
北京は生活や仕事のために往来する人もいるし、
夏とあれば、むしろどんどん旅行に行ってもらいたい。
円高も、そんなムードに背中を押してくれたようですね!

…と、嬉しい悲鳴を上げつつも、自分はちょっと困った事態。

しかし、一つ残っていました。それが…「ビジネスクラス」
そのために消費するマイルは多いけど、もらった!!
生まれて初めて、ビジネスクラスに乗ることになりました。

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「ただいま眼下には、天橋立が見えます」
と、機長がアナウンスするので、たぶんこれだろうとパチリ(右端)。

ビジネスクラスは、搭乗前にラウンジが使える上、
座席もゆったりしたリクライニング。テーブル2か所(と、思う)。
スリッパやアイマスクのサービスが付いて、エアバスのため
エコノミー席では見られなかった映画も、しっかり個人用スクリーンで
観賞自由。西原理恵子さんの『毎日かあさん』に泣いてきました。

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機内食は、でかいステーキが♪
横のお膳も、職人さんが丁寧に作ってくれた感じです。
肉は硬かったけど、満腹になるまでいただきました。

・・・・

晴天のもと、3時間半のフライトで順調に北京空港へ。

早速、中国銀行のカウンターに座り、
その横から割り込んで登場した闇両替さんに両替してもらう。
「偽札じゃないの?」「偽じゃないよ、確認してもらいな」
窓口の人、その札束を取って偽札検査機にかけ、一言「大丈夫」

おおおー!なんで捕まらないんだ!?
というかなんで窓口の人、闇両替に協力するか?

という疑問を残しながらも、警備員も全く捕まえる気配なし。
シロの闇両替は、街中の銀行にも必ずいます。ここんところ変わってない…
闇さんのレートは、究極の円高で1万円=800元の大台に乗っていました。

大金をつかんだ?けど、どうせなら公共交通機関で行こう、と思い、
快機(モノレール、とでもいいましょうか…)で街中へ。
普通に券売機に100元札を入れると、エラー表示。
しょうがないので、25元ぴったりを差し込むと、今度は「故障」の表示。

切符…出ず。金も…出ず。

早速、中国の洗礼を受けました。
駅員さんに言うと、「下りる駅に電話しておくから、名前は?」
名前を告げると、聞きなれない名前だったらしく「あぁ?」
仕方ないので領収書をもらって「故障のため、切符出ず」と書いて乗車。

三元橋駅で降り、改札口で駅員に事情を話すと、あっさり通してくれた。

これも、中国。

こうして、あっという間の北京滞在4日間が始まった。

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北京の地下鉄は、路線がやたら増えていたけど、残念ながら郊外。
都心部を横断する地下鉄は、まだまだ先になりそうでした。

それどころか…唯一の横断路線・1号線がひどい人混み!

平日の10時に乗っても、ギュウギュウ詰め、
夕方はホームに並んでから3本くらい見過ごさないと乗れない始末。

※写真は国貿駅の10号線から1号線へ乗り換える導線。
日本と違って、乗換えまでの距離が遠いことと、なぜか導線の
通路を規制しているので、ここでも苦痛の時間を強いられます。

運転は荒いので、急発進、急停車するたびに乗客は大騒ぎ。
日本の電車だと、子どもがちょっと騒ごうもんなら周囲から睨まれ、
親が気まずい思いをしながら「静かにしなさい!」と叱ることを余儀なくされ
辛い思いをしますが、ここでは大人も騒ぐので没問題です。

地下鉄の激混みには、タクシーの減少も原因にあるそうです。

タクシーが減ったのは、
1.ガソリン代の高騰 2.駐車場代の高騰
により、マイカーを使う人がタクシー利用に切り替えたため需要が増えたこと

そして、
3.規制が厳しくなった 4.ガソリン代が高くて儲けにならない
理由により、タクシー業者の廃業が増えた、という事情もあるようです。

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9日は、下班時間に突然のスコール!

雷と雨がやまない中、バス停でタクシーを待つも1台も来ず、
こうした時はバスも来ず、バス停付近は人で溢れていました。

※奥にそびえたつのは、燃えちゃったCCTV北ビル。
やっぱり噂どおり、骨組みを残したまま改修工事を始めたようです…

でも、上に政策あれば下に対策あり。

タクシーが捕まらない時は、「報酬付きヒッチハイク」作戦がありました。
夜、友人とタクシーを待っていた時も全然捕まらず、
マイカーを走らせている人に交渉し、同じ方向だったことで、
ちょっと御礼を出す感じで運んでもらったのでした。
※白タクではないようでした・・・

なんだかんだ言って、
北京の人たちは、強かに、逞しく、生きております。

(続く)

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