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小田原城の梅満開♪&寄り道グルメ話(2013年2月23日)

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小田原は春~♪
いずれに~しても、春♪

今の歌「飛梅」の舞台は「大宰府」ですが、
こちらも2月に入ってから梅がいい塩梅となっております。

詳細は、小田原市観光協会のサイトに毎年掲載。
http://www.odawara-kankou.com/

見るなら2月のうちに、と思いたち、23日(晴れ)の日に、行ってみました。
小田原駅から商店街を歩いて行くと、10分ほどで公園内に。

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見える見える…桜の枝達と、元気に咲き誇る梅の花たち。
(寒桜もあって、それはみごとに咲いていました)

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目の周りに白い丸縁のシールを張ったのか?
と思うくらい鮮やかな目をした「メジロ」さんが、
美味しそうに梅の花をついばんでいました。

脱線しますが…

駅前にある梅干し屋さんで、人間が美味しそうに試食の梅干しを
ついばんでいた光景に似ています(いや、あれは酸っぱいから似てないか)

お城に入るまでの道すがらにある、
ういろう(外郎)の老舗・「ういろう本店」も行ってきました。
お城の中にあるかのような豪華な店構えが国道1号線沿いにあって、
中には豪華なういろうや和菓子、そして「ういろう」という薬も並んでいました。
ういろうというのは、最初は「薬」のことだったそうです…

梅干しと、ういろうの老舗のお店を堪能してからお城に入ると、
道筋としては便利ですが、そこで買い物をしてしまうと
梅観賞の時に荷物になるので、買い物のタイミングは気をつけましょう。

観賞が終わったら、小田原駅から箱根登山鉄道に乗って風祭という駅へ行くと、
駅直結で「鈴廣かまぼこ」の博物館とかまぼこの里に行けます。
これもまた、おすすめです。

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ともあれ、天守閣まで登って春の小田原を堪能してきました。
梅が終わっても、3月下旬くらいから桜が見ごろ。
しばらくは小田原の春が楽しそうです。

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「遺体 明日への10日間」-被災地外&取材する立場から感じたこと

震災からもうすぐ2年―。

「こういう時しか、伝える機会がない」
というムードになりつつある東京のマスメディアと、

「別に2年という節目は、関係ない。
被災地は今でも毎日横たわる問題と戦っている」
という被災地の方々とのギャップに、

どことなく複雑な思いを抱えながら、
あと2週間で迎えるであろう震災2年という瞬間。

仕事しながら考えに詰まるところがあったので、
どうしても観たいと上映開始の2月23日に観賞してきました。

「遺体 明日への十日間」

2年間テレビで延々流されていた津波や瓦礫、避難所の映像はなく、
逆にテレビ映像では一切流れなかった遺体安置所と
ご遺体、ご遺族、関係者だけでストーリーが描かれています。

それはテレビでは、カメラを入れることすらできなかった
閉ざしてきた情報、そして暗黙の了解で封印した風景。
だけどできることなら、被災地外の方にも"伝えてほしい現実"だった。
だから、今回の映画に感謝しています。

震災当日、私はテレビ局でまったく震災やニュースとは
関係ない番組の制作をしていて、3月いっぱい
「震災とは関係のない仕事をしていた人」でした。

その後、報道の仕事に就くようになり、
初めて被災地のひとつ・宮城県石巻市を訪れたのが4月の終わり。

だから、2年前の3月11日からの10日間、本当に現場でご遺体と面し、
自らも心身共に疲れ傷ついた方々がいらっしゃるということを、、、
私はまったく目にしていないし知らない、のです。

この光景を知らないがゆえに、その体験をしていないがゆえに、
今、取材にしても、ボランティアにしても、観光で訪れたとしても、
そこで被災地の方々と接する時、
私の言動やその聞き方が被災地の人を傷つけていないかと、
改めて不安にもさせられた映画でしたが、、、

それを知ったことは、本当に貴重なステップ。

そして、
「皆さんはこの光景と最初の10日間を過ごして、
それを経てこの今を生きているんだ」
と、少し心の中の「見えなかったもの」が見えた感触も覚えました。

私もあれから2年を過ごし、今は2年の節目というだけで、
この震災とまた向き合って仕事をしています。

もちろん、この映画を観たからといって、
わかったようなふりをする訳ではないけれど、
まったく見ないよりは、こうした現実を乗り越えて今も多くの人が、
強く、明るく、毎日を過ごしていることを、
少しでも心の中にとどめられるきっかけになったと思います。

この映画を実現できたのは、原作者の石井光太さんの
被災者に寄り添い続けた取材姿勢と、
監督の君塚良一さんはじめ制作者の熱い思い、
そして岩手県釜石市の人々などの協力あってこそ、でしょう。

ロケの舞台となった高崎市倉渕や湯河原、伊東なども感謝です。

私も、、、「やるっぺし」!


「遺体 明日への10日間」
http://www.reunion-movie.jp/

こちらは、石井光太さんの原作です。
遺体―震災、津波の果てに


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『ワーク・シフト』著者、リンダ・グラットン教授にお会いして…(いち30代の記録)

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

日本でビジネスマンを中心に話題となった『ワーク・シフト』 の著者で
ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン女史にお会いしました。

最初は、六本木のアカデミーヒルズでの講演会、
そして2回目は仕事で、インタビューをさせていただきました。

著書も「2025年の働き方はどうなる?」という視点で、
目から鱗がボロボロ~っと落ちまくるのですが、
改めてご本人の口から、著書に登場しない「日本」のことを伺うと、
著書の内容がより自分の中で咀嚼されていく感じでした。。

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驚くほどの技術革新とグローバル化、そして高齢化。
そんな未来の社会に変革が起こることを理解した上で、
「これからすべきこと」について貴重なご意見をいただきました。
※日本に置き換えた感想が「→」部分。

1.ゼネラリストよりもスペシャリストを目指す、手に職を付けるなど
→日本の企業は、会社が社員を「その会社の家族として"育てる"」
まさにゼネラリストを養成するようなものですね…

2.そんなスペシャリストが各々のスペシャルを結集させ
 世界中で「競争ではなく協力する」仕事をする。

→日本はゼネラリストが協力しあっている気がするけど、
世界と一緒に仕事をする上では、これじゃ駄目なんだろうな。

3.仕事の目的をお金や物でなく「やりがい」にする。
→最近、NPOの社会事業など「やりがい」を見出した仕事もあるけど、
実際はまだまだ給料や消費に翻弄されている気もしますね。
いや、私は社会人になった時から「やりがい」を求めてきて、
むしろお金ないから、お金増やすにはどうしたらいいかと考えていたけど…

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そして、グラットン教授。
「日本は、何を目指しているのか見えないし情報も少ないから分からない
(中国、インド、シンガポールなどはなんとなく分かるのに)」と言いつつ、
来日して、会った人達を通じて感じた日本の感想を語ってくれました。

それは、
1.暗い。40代のバリバリ・ビジネスマンが、
  「将来、どうしたらいいかわからない」と言っている。
2.英語が話せる若者が、他の国より少ない
  今のインターネット環境も、グローバル社会もそうだけど、
  共通言語である英語ができないと、世界の状況を把握できません。
3.日本の大人の女性がなぜか「可愛い」と言われたがる。
  (そういえば”美魔女”や”大人可愛い”とか、定着している)。
  イギリスで「Cute」は褒め言葉ではない。
4.長時間働きすぎる。
  メリハリつけて「よく働き、よく休む」をしないと、
  今後70代、80代まで働かなきゃいけない時に働けなくなる。

どれも耳の痛い話ばかりです。
3と4なんて併せれば、長時間働いて老化を早めている癖に
「若く見られたい」なんて、日本人、かなり謎に見たのでは…。

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でも、最後に全世代に向けて頂いたアドバイスに、
私は一番どきっとさせられ、考えさせられました。

まず、40代以上の人には、
「勉強を続けて下さい。そして、仕事に常にワクワクしてください」
20代で勉強が終わると思ったら間違いです、80代まで働くことになると
自覚した上で、時代に合わせて常に磨いてください
、ということです。

そして、30代以下の若者には、
「会社や政府の指示決定に従うのではなく、自分で決める人になりなさい」
もう子どもではなく、こうしたものと対等な関係たりうるようになれ

ということでした。

30代の自分として、まだまだ子供だなと思うことが多いです。
特に最近の仕事は、上司に翻弄されまくり、反省ばかりが残っていたので、
グラットン教授の言葉が重く感じられました。

あと、もう少し英語を話せるようになりたいです。
最近頭の中が「中国語を忘れてはいけない」ムードだったので、

外国語を話そうとすると先に脳味噌に中国語が出て来て、
「英語話そうとする→中国語が出てくる→引っ込める→英語を出そうとする」
と、他の人よりも時間のロスが発生していることを実感。

英語なら英語、中国語なら中国語、
が、びしっと出てくるようになりたいです。

「30代も勉強を続けなければ」
と、意を改めもさせられるグラットン教授の来日でした。

プレジデント社様、お世話になりました。

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

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春節がくれば思い出す…CCTVの”あのビル”は今

あれは、2009年の春節最後にあたる「元宵節」の夜だった。

http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2009/02/post-170b.html

お正月の最後を惜しむように、北京の街中では
各地で花火が上がり、そんな光景をビルの35階から
眺めていた時のこと…やたら明るく輝いているビル。

「あのビル、燃えてない?」

と気づいた時には、火はぐんぐん上に向かって燃え広がっていた。

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翌日見たビルは、全身が悲しいほど真っ黒に焦げ付いていた…

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・・・

そんな事件から1年経っても、ビルは放置されていた

原因は断定できないが、
保障や建て直すか復旧させるか、など金銭的な問題で、
道筋が建てられていなかったのだと思う。

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何より、茶色くさびて、一部朽ちかけていた鉄の部分が、
非常に気になっていた。

・・・

その後帰国したけれど、2011年に見た時、若干工事が始まっており、
建物を崩さないまま補修工事が行われていたことを気にしつつ…

4年後の今年、春節を迎える前に
今、北京に住んでいる人から話を聞いたところ、

「綺麗になりましたよ」

とのこと。

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燃え尽き、錆びついたこのビルを結果として崩さず、
綺麗にお色直しをしたようです

果たして、そのようなビルにどんな企業が入るのか、
はたまた本来の目的だったホテルとしても、
どんなお客さんが宿泊に来るのか、気になるところです。


春が来~ると思い出す、はるかな北京、遠い空♪

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