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吾妻峡は沈むのか?!~八ッ場ダムで“最後の”紅葉を堪能

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2014年11月9日。
曇り時々雨、という天気でしたが、
18日で道路が永久に通行止め&水没するというので、
八ッ場ダムに沈む国道145号線に沿ってドライブなど。

『群馬県のホームページ』
http://www.pref.gunma.jp/06/h2800043.html

東吾妻町側から、段々と八ッ場ダムに沈んで
ダム湖になる方面へ向かっていきます。
まず最初は、東吾妻町の道の駅からスタート。

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上毛カルタの「や」の札。
『や:耶馬渓しのぐ吾妻峡』

Image_2

たぶん、札の景色もこの辺りかと、、
紅葉で、まさに絶景でした。

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こちらの計画地図によると、
いわゆる「吾妻渓谷」はダムの対象外らしいので、
「や」の札は辛うじて残りそうですが、
良く見ると思いきりダムの放水範囲にあたるため、
水量変化による影響は少なからず受けることでしょう。

結果として、
『や:八ッ場に沈む吾妻峡』
にならなければいいのですが。

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18日で封鎖される国道145号線に沿って、車は長野原町へ。

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紅葉が綺麗ですが…工事現場に変わりつつあります。

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長野原町に入った町境付近。
この辺りは、ちょうどダムになるようです。

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この看板も・・・そしてこの温泉街も水の底です。

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9月下旬に廃駅となった『川原湯温泉』駅。ここも沈みます。
看板はすべてはずされ、バス停の表示だけが、
そこが「川原湯温泉駅だったよ」と語っています。

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駅の上には、既に新しい道路が出来ています。
駅舎も、ホームも、看板?も、いつかは水の底です。

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そして、車は800年の歴史ある川原湯温泉の
温泉街をくねくねと抜けて、新しい道路と駅を通り、

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大橋脇にある『道の駅・八ッ場ふるさと館』へ。
紅葉シーズン&日曜日ということもあり、
多くの人で賑わっていました。

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館内には、昭和22年から始まったダム建設を巡る、
地元の人たちと政府(町・県・都・国)の戦いの歴史年表が。

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しかし年表は、建設が決定した2006年(平成18年)で終了しています。
このあと民主党が2009年に政権を握って、
公約どおり工事中止を決定するのですが、
年表にはその記載がいっさいなし。
政権交代は「時既に遅し」だったと暗に語っているようです。

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政治については詳しくないし、この選挙区の人間でもないし、
ダム建設の急先鋒?だった東京都知事とも無縁なので
何も言うことはできない私ですが、現地の人にとっても
この話はかなり限定的だったとか。

この街ではない、ちょっと離れた選挙区内の住民によると、
まさに長い間、戦い続けてきたのは、水に沈む対象となる
八ッ場地域の川原湯温泉周辺(川原湯・川原畑・林)に留まり、
長野原町内でさえ別の地域の人たちは「よそ者」という、
かなり限定的な範囲に留まっていたそうです。

「地元は賛成と反対で真っ二つになって長らく反目しあい、
反対派の地元民は最終決定と共によそに引っ越してしまいました」。

「自分の家と隣の家が賛成派と反対派に分かれたり、
親子で賛成派と反対派に分かれたりして…」。

「地元民の人は語り尽くしただろうし、
よそ者(長野原町内でも)は触れたがらなかったりします。
様々な葛藤もあったであろうデリケートな問題だから」。

こういうところに、地方の人的な構造問題もありそうです。
現地では苦しい光景を嫌というほど見せられ今に至るのに、
ちょっと離れただけでも、それはまったく他人事だったという…。

まして私たちもっと遠く離れた「よそ者」は、
それこそ民主党が建設中止を訴えた時に初めて知った、
という人も少なくないのではないでしょうか。若い世代は特に。

1947年(昭和22年)、台風による大被害をきっかけに、
治水も目的としてダム建設の構想が始まってから70年近く。
地元住民たちの暮らしや絆を砕いてまでも、
作る決定をした人々は、この未来図をどう描いていたのかな…。

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できれば、この美しい風景は残してもらいたかった。

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これも、「よそ者のエゴ」なのでしょうか。

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ちなみに写真は、沈んでしまう集落を上から見た風景。
来年からは、下からの紅葉を楽しむことは出来ず、
上から観る風景も工事が進んで変わっていき、
ここの家々も、温泉街も、田畑も動物も水の底になります。

それでも、この場所を楽しみ、人々の暮らしに負担を与えず
知恵を絞りながら、前向きになるしかないのかな…

と、しみじみ思った晩秋の群馬でした。
でも本当に、ダムって現地の人々にリスクを負わせてまで
本当に、今の時代に必要なものなのか?何のために?
これから計画されるダムがあったら、
もっと慎重に考えた方がいいかもしれませんね。

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少なくとも、『八ッ場ふるさと館』がこの記憶を残し続け、
ここを多くの人が訪れてにぎわうことで、
群馬で起きたこの歴史を知って貰えればと思うばかりです。

『道の駅・八ッ場ふるさと館』     
〒377-1309 群馬県吾妻郡長野原町大字林1567― 4
http://yambamichinoeki.com/?page_id=2

ダムと言えば、東京の奥多摩にも同じ歴史を持つ
「小河内(おごうち)村」がありました。
着工が始まったのは正に戦前でした。

奥多摩湖の紅葉と、ダムに沈んだ小河内村(2011年11月19日)
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2011/11/post-07ea.html

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