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夏・長崎から~戦後70年の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」

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8月9日。夏、長崎から。
原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の会場にいます。

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長崎の宿は一杯だったため、前晩は佐賀県に一泊し、
8時に長崎の浦上駅着、先に爆心地を訪れました。

Nagasaki

当然ですが席の大半は遺族席で、
後ろの方にわずかに設けられた一般席は、
私が到着した8時30分過ぎには満席。
10時30に近づき、入場制限もかかったようです。

その頃には埋まった遺族席はもちろん、
一般席も高齢の方が多くを占めていますが、どちらの席にも
入り混じるように若い人が少なくなかった印象です。

10時35分、被爆者の合唱「もう二度と」で式典開始。
11時02分、黙とう。

その後、長崎市長の「平和宣言」。
途中で大きな拍手が2回起こりました。

続いて、被爆者代表の「平和への誓い」
今年挨拶をされた谷口稜曄さん(86)は、
70年前の8月9日、16歳で、郵便配達中に被爆。
背中に大やけどを負い、1年9カ月うつ伏せの生活を余儀なくされ、
いまも時折痛みを覚えるといいます。
その時に出来た胸の床ずれで、今でも肺活量は人の半分以下とか。

リンクの記事に写真があります。画像のインパクトは大きいです。
http://www.asahi.com/special/npr/OSK201005080038.html

そうした中、体験談を伝え続けてくださったことに、
私たちは感謝の念を抱くことを禁じ得ません。
こちらも、途中で大きな拍手が2回起こりました。

ただ、2人に拍手が起こったのは、
今の政府が進めている法案をけん制し批判した時で、
正直、私の心中は複雑でした。

私が子どもの頃は、広島・長崎の平和祈念式典は、
ただただ戦争のない平和を願い誓う場所だったはず、、、
ですが、ここ数年の平和宣言には、
政府へのお願いも込めたけん制・批判が入るようになりました。

長崎市長・被爆者が政府に訴え、遺族席から拍手が起こる…。
市長も被爆者の方も、政府と対立するための式典ではないことは
重々承知の上でしょう。それでも言わざるを得ない、
言わなければ、また原爆を落とされる戦争が再来するかもしれない。

そんな危機感を覚える戦後70年。
必死な姿勢が伺えて、なんで苦しい目に遭ってきた人たちが
先のことも案じ続けなければならないのかと、考えてしまいました。

黙とうの時には鐘の音で消されていたためか、
静かに市長の平和宣言を聞いていた頃から
公園外の「安保反対!」と叫ぶ声が目立ったのも微妙な気持ちでした。
その声、このタイミングで、この人に叫ぶものじゃない、と。

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in August Nine 1945

この街が燃え尽きた70年前のあの日のことを
「忘れてはいけない」と改めて想うと共に、
「なぜ、こんなことが起こってしまったか」
という戦争のメカニズムを紐解き、今後どうするかを考えていくこと。

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これも、戦争を知らない世代が増えていくこれから、
必要になっていくのではと、感じさせられました。

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伝え続けるマスコミの皆さんも、お疲れ様です。

平成27年長崎平和宣言(11カ国の言語に翻訳されています)
http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p027408.html

被爆者代表・谷口稜曄さんの「平和への誓い」
http://www.huffingtonpost.jp/2015/08/09/atomic-bomb-peace_n_7963110.html?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

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