モザンビークで頑張るプラ子ちゃんに会いました@東京

1月10日。
モザンビークで女性や子供の自立支援をする「プラ子ちゃん」の
一時帰国に合わせ、チャリティパーティーが開催されました。

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あれは8年前の2007年ー。
中国時代からの友人のよーこさんからmixiかメールで、
「すごく良い話だから、読んで!」と紹介されたブログがきっかけでした。

「プラ子旅するーまだアフリカです: http://purako.jugem.jp/

…一気に引き込まれました。

遠いモザンビークの、しかも首都からも遠く離れた北部の村で、
貧困や強盗、病気や社会情勢、内戦の余波…などなど、
日本では想像つかない状況の中で、そこに生きる
女性や子供を支援するプラ子ちゃんの、ストレートな体験記。

以来、日本ではよーこさん方がアクションを起こし、
彼女を、“ゆるく”支援するチームが出来ました。

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ゆるく楽しみながら、その集まりに参加する人たちから、
プラ子ちゃんへの寄付を募ろう、というものですが、
中には100万以上の寄付が集まるものもあるからすごい!

私も、時間があり次第参加させて頂いています。たとえば…

ぷらっとお散歩会@秋川渓谷(20キロ、ひたすら歩きました^^;)
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2012/10/7-in-83d1.html

チャリティパーティー(メンタリストのDaigoさんも来ました)
http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2013/10/post-bc27.html

幹部の皆さんが企画する楽しいイベントに参加して、
楽しく寄付をしながら、この活動を通じた知り合いも増えて、
そのきっかけをくださったプラ子ちゃんご本人に
いつかお会いしたいと思うこと8年。そして今日、、、

ついに、お会いする日がやってきました!

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9年前に旅に出てから初めての帰国とあって、
支援してきた人たちも皆さん、初めてのご対面なんですね。
会場には、100人以上の人が集まりました。

トークセッションでは、
両脇を固めた主催の面々や会場にいる人たちが、
プラ子ちゃんに率直な質問を投げまくっています。

華奢で可愛らしいお姿は、ブログなどで拝見していたのですが、
柔らかい(?)話し方の中に秘めた内容の濃さ、強さ、優しさ、
信念を通す姿勢などは、実際にお会いして改めて実感。

でも、上記のとおりモザンビークの農村は危険がいっぱい。
そこに住みながらの支援は、自身の身にも案じるものはないのか
と思うのですが、彼女は「運、ですね…」と、素朴な回答。

そして、「また、モザンビークに帰る」というプラ子ちゃんに、
「なぜ?」と尋ねると、これまた一言…。

「もう少し続けたら、もう少し良くなる気がするから」。

もう少し続けたら、もう少し良くなる、だから、
もう少し続けてみる、さらに良くなる、だからまだ続ける…
小さなことの積み重ね…これ、世界共通なんですよね。

また、モザンビークのこと、そこの人達のこと、お伺いしたいです〜。
今後もまた、ゆるく応援させて頂きます。

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モザンビーク料理の「マターパ」美味しかったです。
ポルトガル領時代にやってきて、定着したそうですが、、
そういえば、日本に「モザンビーク・レストラン」て、ないのかな、、

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プラ子ちゃんが、旅の励みにと携えたという1冊の本。
犬も歩けば英語にあたる

そのプラ子ちゃんも、赤裸々なアフリカでの体験記を本にしました。
なんにもないけどやってみた

どちらも、私は心打たれまくりです。

 

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日本で「翠玉白菜」を見た!~台北国立故宮博物院展観覧~

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上野の東京国立博物館で、6月24日~7月7日まで展示された
「台北国立故宮博物院」の翠玉白菜を見に行ってきました。
開催初日から話題で、「●時間待ち」と言われていたのですが、
“午後になると短くなる”とのネット情報を頼りに午後3時ごろ到着。

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並び始めには「90分待ち」と出ていたのですが、
結果は、50分ちょっとでご対面。
長い通路の突きあたりにそれはありました(写真撮影は禁止)

透き通った白&緑の1つの翡翠を「白菜&止まる昆虫」。
作り上げた「俏色」の技法にうっとりです。

実は10年前に、台湾へ行った時、故宮博物院を訪ねていて、
絶対見たはずなのですが…この時の記憶がなく(汗)。
その分、今回調べながらこの作品に集中して見られたことは、
勉強になってよかったかもしれません。

数日前、職場の上司にこの話をした時、あまり関心なさそうだった中、
「そもそも、なんで“白菜”にしたの?」
という意表をついた質問が飛んできたのですが、その理由もわかりました。

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「昔から中国では、白菜は純潔、バッタは多産を意味する。
バッタが白菜を食べるのは、生命力であり子孫繁栄を意味する。
清の光緒帝に嫁いだ瑾妃の嫁入り道具だった(朝日新聞要約)」そうです。
私もすっきりしました。関心ないかもしれないけど報告します。

その他にも、200点に及ぶ「玉の彫刻」や「刺繍の掛け軸」など、
鮮やかな“栄光と欲望の象徴”…いや、その技法や腕前が、
長い歴史を通じて「これでもか!」ってほど展示されていて、
中国5000年の歴史に改めて感慨を覚えました。

これは皆周知の話ですが、
故宮博物院の数々の秘宝は、元々北京の紫禁城にありました。
それが、日中戦争で日本の侵略が進むにつれ、避難のため
別の場所に移していたのです。そして、大戦後に起きた中国の内戦
国共戦争で敗れた蒋介石が今度は台湾へ持って行ってしまったのです。

中国大陸の人にとっては、苦い話かもしれませんが、
一部の中国人有識者は、こういう見解も示しているそうです。
「中国ではその後文化大革命が起きた。もし紫禁城に残っていたら、
宝は一切合財奪われ、変な所に売られたり壊されたりしたかもしれない。
有る意味、台湾に持って行ってくれたことはよかったのかも」。

複雑な事情はあれど、北京から最初に秘宝が出ていく
きっかけとなった日本に、こうしてやってきた皮肉に、
何とも複雑な気持ちも残すのでした。

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「白菜見た記念土産」も購入。1番人気は耳掻き700円。
しかし、裏についた台湾ドルの値段は100NT(350円くらい。
ま、日本で見た記念ということで…。

そして、日本オリジナルであろうお菓子の「はくサブレー」。
はて、どっかで聞いたことがある…

「はとサブレー」のパロディか(≧∇≦)

このほか展示されていなかったけど、同じ技法の「肉形石」を
もじった「豚の角煮」やカレー、ラーメンなども売っていて、
日本人の商売根性、中国に負けじ!と手を叩いてしまいました。

白菜は7月7日までですが、その他の展示は東京で9月15日まで。
九州などにも行くそうです。長い間、台湾の現地はどうなるのだろう…

【台北 国立故宮博物院展 開催概要】
■会 期:東京_2014年6月24日(火) ~ 2014年9月15日(月・祝)
      九州_2014年10月7日(火)~ 2014年11月30日(日)
※九州では、あの角煮…ではなく“肉形石”が登場するそうです。

■会 場:東京国立博物館 平成館、本館 特別5室[「翠玉白菜」展示期間のみ]
 上野公園内(JR上野駅公園改札出て目の前から公園に入り歩いてしばらく)

■開館時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
 *ただし、土・日・祝休日は18:00まで開館。

■観覧料金:一般1600円(1400円/1300円)、大学生1200円(1000円/900円)、
 高校生700円(600円/500円) 中学生以下無料

■ホームページ:
 http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1647


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3年後の被災地:宮城県南三陸を訪問(2014年5月)

5月5日~6日、1年2カ月ぶりに被災地を訪ねました。
今回は「一度被災地をこの目で見たい」と、
震災直後から言い続けていた両親を連れて。

しかし、実際には両親が「見たい」という以上に、
私自身が「見てもらいたい」と思っていたことや、
被災地の方々から「見てもらってほしい」という声に応えたい

という気持ちの方が勝っていたのかもしれません。

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両親を案内する場として選んだ被災地は、宮城県南三陸町
選定理由としては、
津波の被害を受け多くの人が犠牲になった「防災庁舎」が、
当時のままの姿で残っている他、周辺の風景が、
今もなお震災直後からあまり変わっていないということ。

「さんさん商店街」など、被災地を見に来る人が、
気軽に訪れて、そこを応援できる手段があること。

そして、宿泊先に選んだ「ホテル観洋」の存在でした。
宣伝ではありませんが、観洋は色々な工夫をしています。

●仙台駅から無料の送迎バスが出ているので移動に便利。
●そのバスを利用して、被災地を廻る「語り部バス」が毎朝走り、
 初めて被災地を訪ねる人が状況を掴みやすい。
●観洋自身も被災しているので、被災記録などが掲載されたり
 パンフレットになっていて宿泊客と共有している。
●やっぱり旅として来ている以上、温泉と料理と休息は必須。

60代の両親が初めて被災地を訪れる旅…。
出来る限り負担を軽くして、短時間で多く吸収してもらいたいと思うと、
「南三陸」で「ホテル観洋」がベストポジションだったのです。

ちょっと値段は高いけど、元気なシニア世代や家族づれなどで、
ちょっとでも被災地に関心を抱いているのだけれども、
「でも体力が…」という方には、お勧めのコースかもしれません。

5月5日。
仙台駅前から直行バスに乗って、およそ2時間で現地へ到着。

チェックイン後、ちょっと一服し、タクシーを呼んでまず向かったのは、

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町を一望できる見晴らしのいいところ。
津波で流された地域を俯瞰すると、今も更地のままでした。
復旧がなかなか進まない様子を見せられた感じです。

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そして、その下にある「さんさん商店街」へ。
※5月6日まで、モアイ博覧会が開かれていました…。

雨にも関わらず、それなりにお客さんが訪れていました。
ボランティアで訪れる人も、観光で訪れる人も、
南三陸へ来た記念に、とここへ立ち寄り、
応援グッズや各店舗の商品を買っていくようになっています。
(もちろん、地元の人向けのお店も揃う商店街ですが)

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宿泊した夜はちょうど祝日だったからか、偶然
仙台在住のジャズバンドがボランティアで演奏に来ていたので
楽しく聞かせていただきました。
リーダーのサックス奏者・安田智彦さんは、震災後、
被災各地を廻って演奏をして皆の心をいやしている他、
外へも出かけて、被災地の状況を語っているそうです。

両親も、生のジャズ演奏を楽しみ、中にはテキーラに合わせて
華麗なダンスを繰り広げるお客さんもいて、会場は盛り上がり。
きっとジャズというジャンルは私より上の世代の方々に
受け入れられた音楽なんだろうな…ということを実感です。

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翌日。
8時45分から1時間ほど、「語り部バス」に乗車しました。
「1名からでも行います」という語り部バスですが、
この日は大型バスが3台も出動!

ガイドをしてくれたのは、震災当日もホテルに勤務していて
ホテルの窓から、津波の様を見ていたという従業員さんです。

「震災で、私の家も土台を除いて流されました。
そんな津波が家々を流す様、そして引き潮で海の底が見え、
その光景は、忘れることができません」
今も延々続く風景に目を奪われながらしんみり聞き入りました。

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1年2か月ぶりの防災庁舎。

まずは、バスを降りて祈りを捧げました。
1年前よりも、折り鶴や仏さんの数が増えていて、
周辺には入れないようなロープが張られていましたが、
建物そのものはやや老朽が進んだかな…と思う程度で、
1年前と同じ姿をとどめていました。

しかし、この防災庁舎は、今、宮城県の方で保存について
議論が交わされているとのことでした。
津波の恐ろしさを語る手段として残していくべきという意見、
一方ここで犠牲になった方の遺族や費用の問題から、
取り壊すべきだとする意見が対峙しているとのこと。

私としては、現地の方々の判断次第なのですが…

一日前に、さんさん商店街からホテルへ戻る時に乗った
タクシーの運転手さんが、私たちの
「もう一人の語り部」としてこう話していました。

「南三陸は、ずっと昔にチリ地震でも津波被害を受けてます。
その頃から、どこまで波が到達したのかをしめす看板が、
ずっと建てられているんですが、それを見ながら暮らしていた
お年寄り達が真っ先に亡くなったんです

何十年も住んでいるけど、津波なんて大丈夫だよって」

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つまり、看板なんてものは見ても風景になってしまい、
怖さなんて実感できない。それよりも、あの防災庁舎を
見る事で、常にあの津波の恐ろしさを実感できる。

だから残すべきだ、と運転手さんは主張したのです。

その意見が、
ひょっとすると被災地の人の実感する本音かもしれません…

語り部バスのガイドさんも、サックス奏者の安田さんも、
タクシーの運転手さんも揃って言ったのは、
「ここで見たことを、帰ったらぜひ皆さんに話してください。
被災地は、まだこんな状況だったんだよって」

初めて被災地を目の当たりにした60代の両親は、
この2日間のことを、明日からどんな風に友人たちに話すかな…
父は「ウミネコに癒されたよ~」とのことでしたが(ま、いいか)

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そんな思いで、南三陸を後にしました。

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「伝える」と言えば、南三陸へ行く前の4月29日、
渋谷で、東日本大震災から被災地の姿を撮り続けてきた
カメラマン・渋谷淳志さん、佐藤慧さん、安田菜津紀さんの写真展
へ行ってきました。

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会場で、安田さん・佐藤さんにお会いし情報を伺ったのですが、
月に一度のペースで岩手県陸前高田市など被災地を訪れている
お二人からも、興味深いお話を聞きました。

「東北にずっといる人は、外の感覚がわからない。
 外にずっといる人は東北の感覚がわからない。
 頻繁に被災地を訪れる被災地外の自分たちだからこそ、
 掴みとれる客観的な感覚があるのかもしれない」

その意見、正に的を射ていると感じました。

東北へ行くと、関東など被災地外との感覚の格差を感じます。
東北のテレビ番組は毎日のように震災に関するニュースを流し
河北新報などの地方紙も、今でも一面に震災関連を載せる日が
少なくありません。

でも東北から外に出ると、本当に震災報道は少なくなりました。
3周年の3月には少し増えたけど、今はNHKくらいが定期的に
特集を組んでいることと、福島の原発に関する話題くらいかと。

東北にいる人は、常に震災が今もそばにあるのですが、
東北以外の人には既に過去の話と化しつつあるのです。

そのギャップを埋め、上手にバランスの取れた情報を
掴み続けるためには、結局「人の足」しかないんですね。

両親のように初めてでもいいし1回でもいいかもしれません。
「百聞は一見に如かず」と言います。
一度でもいいので、機会を得られる人は、今のうちに
被災地を訪ねて、伝える側に回るか、自分たちの生活に
落とし込むなどのアクションを取られることをお勧めします。

私も出来るのであれば年に1回と言わず、もう少し東北へ行く
頻度を増やしたいという思いを禁じ得ないゴールデンウィークでした。

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モザンビークの“プラ子ちゃん”を総理大臣が紹介!!

たまにこのブログでも紹介する、
モザンビークで、女性の自立支援に頑張る
元渋谷109の店員 “プラ子ちゃん”こと栗山さやかさん。

先日、アフリカを訪問した安倍総理大臣が、
アフリカ最後の訪問国・エチオピアで14日、
総括のスピーチを行い、彼女のことを取り上げました!

【ご参考:政府インターネットテレビ】
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg9153.html

(リンク動画、15分30秒~くらいから登場します)。

【演説の全文は、こちらです】
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/0114speech.html

海外の話題については、マスコミが伝える時は、
大企業の進出やビジネスの視点が定番で、
プラ子ちゃんのように個人で活動を行う人については
なかなか取りあげられないのが現状です。

そうした中、国家を支える人が彼女の仕事に気づき、
注目してくれたことは、素直に嬉しいと思います。

プラ子ちゃんの活躍、これからも期待します!

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pencilプラ子ちゃん紹介部分を引用pencil

ここからは、アフリカにとってと同様、
日本にとっても、成長を続けるため最も大切な課題をお話します。
女性の力を、いかに活用できるか、です。
日本経済は、女性が輝きながら働くこと抜きに、成長できません。
「アベノミクス」は、「ウィメノミクス」を抜きには、成功しない。
日本にとって女性の活用は、ラクシュアリーなどでなく、ネセシティです。

同じことは、アフリカの将来について言えるのではないでしょうか。
生活を切り盛りし、将来を予測して、リスクをマネージしてきたのは、
アフリカにあっては、もっぱら母であり、妻である、女性だったと聞き及びます。
女性に知識を与え、潜在能力を開花させ、その地位を向上させることは、
アフリカ社会、アフリカ産業の発展・高度化に、まっすぐつながる道だと信じます。

つとにこのことを実践している、日本の若い女性がいました。
モザンビークの貧しく衛生状態の悪い街で、女性たちに、
生きて行くうえで必須の知識を伝える栗山さやかさんです。
「ありがとう、みんな」という意味の、「アシャンテママ」という名前の
NPOを、栗山さんはたった1人で始めました。

彼女が開く、保健や妊娠についての講習会に出た女性は、1回につき、
1つスタンプをもらえます。20個貯まると、例えば蚊帳一張りと交換できる。
もしかすると、東京で、女性ファッション店に勤めていたとき、
似た手法を目にしていたのかもしれません。

日本政府は、栗山さんがたった一人で続ける仕事に、負けてはいられません。

女性に十分な教育と研修、農業技術習得の機会を与え、
村落コミュニティの意思決定に、参画できる手助けをしたいと思います。
女子生徒の就学率を、増やす一助になりたいと思います。
助産師や、看護師を増やして、妊娠から出産、子育て、栄養管理まで、
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジを広めたい。そして、
日本が進めてきた「人間の安全保障」の精神を、伝えていきたいと思います。

アフリカ女性が輝くとき、アフリカは、必ずや、光り輝きます。
その一助となることが、私たちにとって、
アフリカ外交の眼目なのだと、強調したいと思います。

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こちらはプラ子ちゃんのブログです。
http://purako.jugem.jp/ 

一度ブログを読んで、

この本を手にとって、

なんにもないけどやってみた――
 プラ子のアフリカボランティア日記 (岩波ジュニア新書)


想像して頂けると幸いです。

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「とかち東京クラブ」の総会へ行ってきました!

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(上富良野の秋~♪9月末撮影)

私、本家は北海道札幌(&十勝岳山系の上富良野が本来の地)ですが、
昨年から、東京に住む「北海道十勝地方」に縁のある方々の集まり、
「とかち東京クラブ」に参加させていただいています。
https://www.facebook.com/tokachi.tokyo

Tokachi

そして、先週23日は、銀座で開催された「とかち東京クラブ」の総会へ。
会合を通じて、ふるさと・とかちの話題で盛り上がりましょう!
という、郷土愛たっぷりの総会です。会場には、100人近くの方がいらしてました。

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そんな会場には、とかちの野菜を販売するマルシェが登場し、
食事では、帯広名物?の「インディアンカレー」も堪能しました。
素朴な味がおいしかったです♪

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今年は、ビンゴゲームも、一工夫。20近くのチームに分かれ、
「とかち19市町村のうち、16市町村を選んで埋めて下さい」。
十勝に縁のある人がチームにいたけど、それでも16埋めるのは四苦八苦でした。
※せっかく選んだ「忠類村」が、合併で消滅していたり。。。

そうして作ったビンゴカード。自治体名クイズの回答で埋めていきます。
結果は…なんと我がチームが1番ビンゴでした!
優勝商品の「東京ディズニーランドペア招待券」は、ジャンケン勝負で、
私より新婚さんの方がゲット。私は映画券をいただきました。

札幌(&十勝岳山系の上富良野の出自)ですが、
お誘いいただいて、とかちの方々の懐の広さに感服してります。

会場には、「本人は十勝の人ではないけど、家族が十勝」、
「友人が十勝」「十勝に数年住んでいた」「転勤で十勝にいた」など、
さまざまな形で十勝にご縁のある方も多くいました。

マルシェで購入した「とかちポワロー」。 初めて見た野菜ですが、
群馬名産の「下仁田ネギ」より太くて短くてインパクトあります!

「煮込むと、普通のねぎよりも玉ねぎのように溶けます」
というお話を聞きつつも、やっぱりこの太さは「ナベでしょ!」。
と、次の日は早速・・・。

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ナベ料理。

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案の定、溶け込んでいました…が、おいしくいただきました。

熱々の鍋をハフハフ食べながら、寒さを堪能できる
冬も悪くはないな、と感じる北海道回帰の週末でした。

PS:鍋の写真撮影に協力してくれた旦那さん(十勝とは無縁)が、
  鍋つかみの手袋をはいていたにも関わらず、蓋を取った瞬間に蒸気でやけど。
  鍋の威力はすごいです…写真を撮る時は気をつけましょう。

ここで、「十勝」について備忘録。
昔、某北海道ローカル番組では、
「十勝二十番勝負」なる企画があるほど(?)
十勝の市町村は20あると思っていたのですが、
上記のとおり合併があって、現在(2013年11月)は19だそうです。

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とかち観光連盟のサイトに詳しそうです。
http://www.tokachibare.jp/what/index.html

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長野県小布施紀行:豪商+北斎=商売上手な川の町!?

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グンマーと言えば「ぐんまちゃん」、駅にショップが出来ています。

11月頭、3連休だったこともあって、
実家のあるグンマーに一時帰国していました。

前の日に、北関東甲信越地方は紅葉真っ盛り、
という話をニュースで見ていたので、
「おお、紅葉か、観に行きたいな・・・」と、
思っていたところ、両親から、ものの見事に、

「小布施に行こう」

というお誘い。小布施といえば長野、という知識だけで、
何の疑いもなく「紅葉が見られる!」と賛同。さっそく行ってきました。

70近い父親の運転する車で、高速を飛ばして
ギザギザガギガギの妙義山、富士山のような浅間山を越え、

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紅葉真っ盛りの軽井沢!!…も、通過。
軽井沢の近くにあるのかと思ったら、あっさりと、
小諸→上田→坂城→長野市まで通り過ぎ、須坂に突入してしまいました。

改めて地図を見ると・・・こんなに北部だったのですね。

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そんなこんなで、群馬から1時間半かけてやっとたどり着いた、
長野県の奥深くにある小布施町。着いてみると…
紅葉よりも観光客の方が多い、大繁盛の古都でした。

あまりに観光客が多いので、なんでなんで!?
と、この街の流れを探ってみました。すると、歴史は以下のとおり。

千曲川の舟運が発達した江戸時代には、今も安市に面影を残す定期的な六斎市がたち、北信濃の経済・文化の中心として栄えました。幕末には、葛飾北斎や小林一茶をはじめ多くの文人墨客が訪れ、地域文化に花を咲かせています。
参考(http://www.town.obuse.nagano.jp/soshiki/2/machigaiyou.html

なるほど、川の流れている所は、当時の交通の要所でもあり、ここも疑いなく
商売上手な豪商の多かった町として栄えていた、という訳ですね。

でも、年間 120万人の人が訪れるということから、、
立派な観光産業として成り立っている町という印象です。

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町の雰囲気は、なんだか江戸時代にタイムスリップしたような感覚と、
そこに現代風のお土産屋や和菓子店やワイン屋がずらり並んで、
ご先祖様は確かに商売上手だった…とと、楽しめる場所になっていました。

さて、そんな小布施に行ったら、必ず行け!
と言われそうなテーマパーク?が「北斎館」です。

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参考(http://www.e-obuse.com/shop/index.php/ho

日本人なら誰もが知る、浮世絵師・葛飾北斎の美術館です。
館内を歩いて知ったところによると、北斎さんがこの町で
新たな美術の創作活動を行ったのは、なんと80歳を過ぎたあと!?

当時の人で、80歳を過ぎてから、東京→小布施の道のりを
移動してくるのって、相当すごいことだったのではないでしょうか?

そんな北斎さんに無謀なお誘いをしたのが、小布施の豪商。
なんと北斎さんのために、アトリエまで作ってくれていたそうです。

江戸時代にここまでするなんて、想像できません・・・

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そして、小布施と言えばもうひとつの名物が…クリgolf 栗です。

町の至るところに、「栗おこわ」の店が建っていました。
そして私が訪れたのは、そんな小布施で最初に栗おこわを提供したというお店。

「竹風堂小布施本店」
http://www.e-obuse.com/shop/index.php/chi

店に行くと、なんと1時間待ち!! と言う訳で、まずは名前を書いておいて、
この1時間を利用して、北斎館を堪能してきたのでした。
狭い範囲に色々なお店や見どころがあったので、1時間あれば、
そこで時間をつぶせるし、有効に観光もできますね。

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さて、1時間待っていよいよご対面!!の、「栗おこわ定食」。
アップルワイン&ニジマスの姿にがついて、1575円でした。
おいしくいただきました。

帰りには、ワインと栗かのこ、そして大量に売っていたリンゴを購入して、
再び70近い父の運転で1時間半かけて群馬へ戻っていったのでした。

「地域活性化」「地元の経済貢献」など、色々な自治体が頑張っていますが、
小布施の町は、なんだか売り方が上手な気がしました。
それもまた、江戸時代のご先祖様からなる遺伝?いやいや皆さんの頑張りです。

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ちなみに、紅葉もそれなりに綺麗でした。
それがまた、観光客を増やしていた原因かも・・・。

他にも、群馬県内を横断していろいろ回って充実した3日間でした。
が、せっかく母校が学園祭シーズンだったのに、
そこは観に行くことができなかったので、来年、来年。

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日本に生まれてきただけで…(“プラ子ちゃん”について、続き)

昨日の続き―

日本人って、本当に難しいな、と思うことがよくある。
私も含め、海外の国々と接した時に、
「私はたまたま、日本に生まれ育ったから」という言葉を使う人が多い。
正直、この国に生まれ、この国の国籍を持っているだけで、
色んな意味で「得している」ことって多いのは、事実だと思う。

日本に住んでいる以上、よほどのことがなければ、
毎日、苦しむこともないし、若くして死と直面するような劣悪な環境に
さらされることもない。産まれてくる子供は普通に育てられるし、
強盗、殺人、エイズと隣り合わせになることも、まずはない。

で、それが当たり前だと思って生きている。逆に、
最高のサービスを受けられる国だけに、ちょっとした
不手際で、不満や文句が飛んでくるくらいの国になっている。

昨日のパーティーに参加して、
モザンビークで日本人一人で活動するプラ子ちゃんのことを考え、
ブログを読み、本を読む。

彼女がいるモザンビークは、私にとって未知の国で、
そんな未知の国に横たわっている光景、想像できるだろうか?
と、自問自答する。

そこには、命の危険にさらされながら暮らす子供がいて、
強盗やレイプを平気でする人がウヨウヨいる村の女性が住む家には、
ドアをつけることもできない。

黒魔術などの土着した宗教が法律や人権概念を上回っている。
それが人を傷つけても善とみなされる社会を作っているなんて、
この宗教すら知らない日本人は、絶句するしかない。

パキスタンのイスラムの少女が、
学校に行く権利を訴えただけで、頭を銃で撃たれた話は
日本でも有名だけど、アフリカでも同じようだ。

そこで、そんな固定概念を変え、女性や子供に教育と、
ドアのつけられる家を提供しようと頑張るプラ子ちゃんの
努力はいくばくなものだろう。

だから、少しでも恵まれた所で、それが当たり前だと思って
生きてきた日本人の私としては、そのことへの感謝と、
同時に罪悪感も禁じ得ず、無関心ではいられないと思いました。

こういう書き込みであれ、
ちょっとでも、プラ子ちゃんのことを知った人は、
一度ブログを読んで、 http://purako.jugem.jp/

この本を手にとって、

なんにもないけどやってみた――
 プラ子のアフリカボランティア日記 (岩波ジュニア新書)


想像して頂けると幸いです。

Plako Plakochan

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『プラ子ちゃんのチャリティパーティー』に参加して・・・

『モザンビークで活動するプラ子ちゃんのためのチャリティパーティー』
に、参加しました。

アフリカのモザンビーク、しかも首都からかなり遠い村で、
学校に行けない子供や母親含む女性の自立支援活動をする
NPOを立ち上げた元渋谷109のガングロギャル・プラ子ちゃん
応援する「ファンドレイジング(寄付・募金)パーティー」です。
主役のプラ子ちゃんはモザンビークにいるため、手紙での参加でした。

パーティーの経緯は、発起人のよーこさんのブログで。
こういう考えの方、本当に素適です。
http://blog.sakanoue.com/archives/51808491.html

プラ子ちゃんへの募金や応援を目的に参加した人が多いので、
集まった100人近い人の中には、1人だけで参加した人もいっぱい。
それを「1人にはさせないよ!」と、司会のよーこさんが宣言、
私も、少なくとも5人以上の初対面の方と話をしたと思います。

さて今回のパーティー、普通に参加費払ってそれを募金に充てて…
というだけでない、サプライズたっぷりのものでした。

それは、ゲスト。

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まずは「活弁」(活動弁士:サイレント映画のアテレコ士)の
坂本頼光(らいこう、本名よりみつ)さん

日本に8人しかいないという貴重なお方によるお披露目。
表現できませんが大爆笑でした。

そして、歌手・Ray Yamada(山田玲)さんの素適なライブ。

このお二人だけでも、かなりお得な気分だったのですが、
最後にスペシャルゲストが登場。
それはなんと、メンタリストのDaiGoさん

メンタリスト、ってどういう事をする方なのかな?
と、これまでもテレビで見ていて不思議に思っていたのですが、
昨日の数分で、それとなく理解がすすみました。

人のメンタル・心を、どこまでも上手に誘導し、
それをミスターマリックのごとく、「見えます」というんです

(フォークも曲げていました…)

そうは言っても、私は自他共に認める「あまのじゃく」
そう簡単に見透かされるものか!と、挑戦しました。

お題は、
「ここに6色のマジックがあります。好きな色を一つ選んでください。
 目を隠しても、当ててみせましょう」
というもの。

簡単にあてられるものか、と思いながら、
先に、二言・三言言葉を交わしてから、1色のペンを選びました。
DaiGoさん、その時に目を隠しています。
なのに、私が選んだペンの色を、
「うーん・・・」とか言いながら当てちゃったんです

く、悔しい!!おそらく、あまのじゃくな私の言動を読んで、
「あ、この子はあまのじゃくだな、じゃ、こう考えるな…
 なら、こう言えばいいか」
てな感じで誘導したのでしょう。

結局、4人挑戦して、全員当てられてしまいました。

あまりに悔しかったので、
「次回こそ当たらないようにします!」と言ったら、
「やればやるほど分かり易くなります」と軽く返されました。
あ、これ、またも誘導されているのか…と、焦りました(;^_^A

DaiGoさん、勉強になりました。

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司会のよーこさんと。
あえてあまり写りよくないのを選んでいます…ご容赦を。

何はともあれ、楽しく寄付して、楽しく過ごせるパーティーでした。
こうしたイベントを通じてみなさんとも繋がれて、
地球の反対側で頑張るプラ子ちゃんともささやかながら繋がれると思うと、
本当に「人って面白いなあ」という思いがひしひし。

そして今日、プラ子ちゃんのブログを読むと、
すでに昨日のパーティーのことが書かれていて、これまた
ネットが地球の距離を縮めていることも実感するのでした。

プラ子ちゃんのブログ プラ子旅する――まだアフリカです。


なんにもないけどやってみた――
 プラ子のアフリカボランティア日記 (岩波ジュニア新書)


いつか、モザンビークまで応援に行きたいです。

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「大群馬(グンマー)展」~東京のど真ん中・渋谷ヒカリエで開催!

ここ数年、日本のある県が変わった注目を集めています。
今日はそれを確認しに、東京の真ん中・渋谷という街を訪れました。

渋谷ヒカリエの8階には初めて行ったのですが、
アートギャラリーやイベントスペースが並んでいて、
ちょっとしたイベントや展示会、ミニギャラリーなど、
若手の未来を後押ししてくれそうなスペースになっていてビックリ。

白いキャンパスがいくつも並んでいるみたいで。。。
なんだか、ワクワクする空間でした。

そして、そんな片隅に置かれていた一つのキャンパスには、
こんな異質な?作品が描かれていました。

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その名も 「大群馬(グンマー)展」

グンマー・・・?

群馬県は、気が付いたころから何故か「グンマー」という
ニックネームがつくようになり、ネット上でいわゆる「ネタ」にされています。
ネタ、というのは、皆が会話を楽しむための「ネタ」というのでしょうか。

たとえば、もとより群馬県はさしたる特徴がないことから
日本の中でも知名度が低く、それがゆえにのネット上では
「群馬県=どんな土地かわからない=未開の地」とされ、
群馬県庁が藁ぶき屋根だったり、群馬県民がアフリカの原住民だったり、
隣の栃木県民と槍を持って県境で戦争をしているとか言われ放題、
どこかから引っ張ってきたような写真付きで笑いのネタにされているのです。
※Twitterなどで「グンマー」で検索するとわかるかもしれません。

そんなグンマー…もとい群馬ですが、群馬県民にとっては愛しき故郷。
群馬県出身のクリエイターの皆さんが結集して、こうした揶揄も
自分たちのネタにして、今回の群馬展を開かれたようです。

※主催者の方に伺うと、
『群馬のおきて グンマーを楽しむための52のおきて』
という本を出版したから」だそうですが…。

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35㎡ほどの空間に、所狭しと群馬にちなんだアート作品の数々。
結構、人が訪れていて、更に空間をせまく感じさせたのですが、
まるで昔の煥乎堂(かんこどう)を彷彿させる懐かしさでした。

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群馬県にまつわる「だるま」「下仁田ネギ」などをモチーフにした
諸々の作品や「新・上毛カルタ」まで・・・
(主催者曰く「従来の上毛かるたは情報が古いので、平成版・上毛カルタ
ある群馬県民が作った」とのことです。
でも、やっぱり従来のかるたに親しんだ身にはしっくりこないかも…。

唐突で、個人的な話ですが、
そもそも私は根っからの群馬県民ではありません。

幼少4年を前橋、中学・高校・大学を高崎で過ごしたとはいえ、
生まれは岩手、両親の故郷は北海道であるがゆえに、
ちょっと古い体質が抜けない群馬では10年経ってもよそ者意識が抜けず。

極めつけは、大学4年の就職試験で受けた
群馬県某社最終面接での、最初の質問…それは「両親の出生地は?」

その瞬間、(さよならぐんま)が脳裏をよぎりました。(当然、落ちました)。

当初はあまり誇れなかった群馬県ですが、去ること10数年。
両親やきょうだいが未だ群馬にいることに加え、
あまりにも全国からネタにされ、ぐんまちゃんブームFaviconが起こり、
昨年は母校が久しぶりに甲子園に出場するなど、
あれほど避けていた群馬県に、再び向き合う機会が増えました。

すると自然と思いがかわり、至った結論が、
「特徴ないのが群馬の特徴でいいんでないかい?」
→語尾、北海道弁ですが。

焼きまんじゅうもネギもこんにゃくもキャベツも水沢うどんも空っ風も、
だるまも雷も新島襄も堀越二郎も富岡製糸も日本一高い夏の気温
も、
本当に小さなものですが、そんな小ネタで楽しみましょうよ、ということ。

今回の大群馬展も、そんな人たちの結晶なのかもしれませんね。

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展示会で販売されていた
『群馬のおきて グンマーを楽しむための52のおきて』

読んでみると、中身はほとんど、
「群馬県民には常識だけど、県外の人には一向にわからない」
というネタでびっしりでした。

まず、
『おきて01 贈り物ならやっぱり「スズラン」 
そう来ますか~!?と一瞬でオオウケ。

群馬県では知らない人はいないほどの有名デパートで、
確かに高級感&ブランド感があるのです。
が、そんなスズランが賑わうのは「北海道展」など他県の
イベントが開催される時
・・・という悲しいオチに泣けました。

書籍を購入した時に、「旅がらす」と群馬県の風景「生写真」を
おまけでいただきました。生写真に写っている風景を、
どこかのタイミングで探しに行きたいと思います。

日本全国絵ハガキの旅、みたいに・・・
とと、これは北海道のローカル番組の企画だ。

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最後に、この展示会は、各ブログなどのネットに掲載されていた

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『群馬のおきて~グンマーを楽しむための52のおきて~』
出版記念グループ展  「大群馬(グンマー)展」

日時:8月31日(土)~9月1日(日) 12:00~19:00

出展者:
北村ヂン(ライター&イラストレーター・群馬県前橋市出身)
乙幡啓子(工作家・雑貨企画製作業・ライター・群馬県桐生市出身)
よしだともふみ(テクノ手芸部・群馬県高崎市出身)
吉田俊明(トゥギャッター代表・群馬県太田市出身)
とみこはん(消しゴム版画家・群馬県渋川市出身)
『ゾンビデオ』の村上賢司監督、
「ぐんまのやぼう」のRucKyGAMESさんも出展。

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というお知らせを観て行ったのですが…
ご覧のとおり場所が書いていなかったので、探すのに一苦労しました。
「ヒカリエ」まではわかったけど、ヒカリエのどこ?ヒカリエまで行って、
受付のお姉さんに聞いても、お姉さんがイベント表チェックするまで知らなかったり…。
その辺の「ゆるさFavicon」も群馬らしいというかなんというか…。

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歌舞伎座に行ってきた…頑張れ「ぐんまちゃん家(ち)」

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2013年4月2日。
リニューアルした東京銀座の歌舞伎座がオープンしました。
初代創建から120年余、五代目となる歌舞伎座は、
バックにオフィスビルを携え、地下鉄とも直結させた現代風の建物に。

そんな歌舞伎座の前、なぜか消火栓のところに…

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なんと、この歌舞伎座の向かいには、
群馬県のアンテナショップ・ゆるキャラ・ぐんまちゃんの
名前を入れた「ぐんまちゃん家(ち)」があるのです!

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歌舞伎座で買い物をしてきた方々が、寄り道してくだされば…
という「ぐんまちゃん家」スタッフの思惑が見事に的中!

歌舞伎座の買い物袋を持った方々が、
群馬名物・横川駅の「峠の釜めし」を見にきておりました。
※あっという間に売り切れていました。

そこへ・・・

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じゃじゃーん!
歌舞伎座オープンをお祝いして、
ぐんまちゃんも「かみしも姿」で登場だよ!

これって便乗?いえいえ、歌舞伎座との立派な"コラボ"です。

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さっそく、ぐんまちゃんが歌舞伎役者よろしく?呼びかけます。

Gunmakabuki

すると、さらに人がやってきた!
みなさん、全国ゆるキャラグランプリで第3位に輝いた
ぐんまちゃんのかみしも姿をカメラに収めようと、
スマホやアイパッド、一眼レフを向けておりました。

サインを求めるファン?もいて、大盛り上がりでした。

そんなぐんまちゃん家、
たくさんの群馬県に関するお土産やぐんまちゃんグッズを販売。
2日~7日は、500円以上買い物をした人に、
「歌舞伎座オープン記念・特別グッズ」もプレゼントしてくれたので、
群馬県らしいお土産をひとつこうにゅうしてみました。

それは・・・

群馬といえば、養蚕業!

「繭と生糸は日本一」
「銘仙織り出す伊勢崎市」
「桐生は日本の機(はた)どころ」
「日本で最初の富岡製糸」
「県都前橋糸の市(まち)」
※全部、上毛カルタです。

と言われるように、お蚕様に関する名産物、
そして、お土産はたくさんあります。

で、その内、お菓子にも出てくるのではないかな…
と待ち望んでいたのですが、
なんと!本当に出てきた新商品?が!!

それが、こちら!

「オカイコチョコレート」

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リアルです・・・

味は普通の抹茶&ホワイトチョコレートでした。

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そんな「ぐんまちゃん家(ち)」ですが(?)
歌舞伎座ブームが去っても、長くこの場所で活躍してくれることを願っています。

がんばれ、ぐんまちゃん!

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サービス精神は嬉しいけど、
近づきすぎだよ、ぐんまちゃん・・・

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情報:ぐんま総合情報センター「ぐんまちゃん家(ち)」

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住所:〒104-0061 東京都中央区銀座5-13-19
    デュ-プレックス銀座タワ-5/13 1・2階
交通:地下鉄日比谷線「東銀座」駅・4番出口出てすぐ    
営業時間:10:00~19:00 年中無休
http://www.kikaku.pref.gunma.jp/g-info/blog.php

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